第22話 狸イベント
「清水くん、ちょっといいか?」
練習が終わった後、腹鼓ブラザーズのリーダーが僕を呼び止めた。
「はい」
「来週、狸と狸サポーター向けのイベントをやることになった。ぽんぽこ♡トリオに出演してもらいたいんや」
「狸向けのイベント……ですか?」
「そう。うちのバンドと、ポコレンジャーズと、ぽんぼこ♡トリオの合同イベント。狸の文化を盛り上げるための特別なライブや」
リーダーは、少しだけ真剣な顔をした。
「狸たちも、最近の若い世代は人間社会に溶け込みすぎて、狸としてのアイデンティティが薄れてきてる。だから、こういうイベントで、狸達を一致団結させて狸の文化を守っていきたいんや」
その言葉に、僕は少しだけ胸が熱くなった。
「……わかりました。片桐さんたちに伝えます」
「頼んだで」
リーダーは、僕の肩を叩いた。
翌日、狸狸亭の二階。
僕は、三人にイベントのことを伝えた。
「狸向けのイベント……」
片桐さんが、少しだけ目を細めた。
「いいね!狸の人たちに見てもらえるなんて、嬉しい!」
ふたばが、久しぶりに少しだけ明るい声を出した。でも、その笑顔は、やはりどこか無理をしているように見えた。
「……頑張りましょう」
理沙が、静かに頷いた。
片桐さんは、少しだけ息を吸った。
「じゃあ、練習しよう。狸の人たちに、ちゃんとした姿を見せないと」
その言葉は、いつもより少しだけ力が入っていた。
イベント当日。
会場は、狸狸亭の近くにある小さなホールだった。客席には、人間の姿をした狸たちがたくさん座っている。狸サポーターたちも、ちらほらと見える。
木村先輩も、最前列に座っていた。
「おお、清水!頑張れよ!」
先輩が手を振る。僕も、小さく手を振り返した。
客席の狸たちは、期待に満ちた顔をしていた。腹鼓ブラザーズとポコレンジャーズの演目を楽しみ、拍手を送り、笑顔を見せている。
そして――
ぽんぽこ♡トリオの出番が来た。
照明が落ち、入場SEが流れ始める。
三人が、ステージに現れた。耳と尻尾を出した姿は、いつも通り可愛らしい。
客席から、温かい拍手が起こった。
片桐さんが、歌い始める。
でも――
その歌声は、いつもより少しだけ震えていた。
ふたばが、ステップを踏む。
でも――
タイミングが、ずれた。
理沙が、フォローしようとする。
でも――
三人の動きが、揃わない。バラバラだ。
客席の空気が、少しずつ変わっていく。期待から、不安へ。そして、失望へ。
サビで、三人が腹を叩く。
ぽん、ぽん、ぽん。
でも、その音は、いつもより小さく、力がなく、リズムも全く合っていない。
客席から、小さなため息が漏れた。
「……どうしたんや」
「前はもっと良かったのに」
「なんか、バラバラやな」
そんな声が、僕の耳に届いた。
片桐さんの表情が、一瞬だけ曇った。でも、すぐに笑顔を作って歌い続ける。
ふたばは、必死にステップを合わせようとしているけれど、足が思うように動かない。
理沙は、冷静に踊り続けているけれど、その目は少しだけ不安そうだった。
曲が終わり、照明が落ちる。
拍手はあった。
でも、それは義務的な、温度の低い拍手だった。
楽屋に戻ると、三人は黙り込んでいた。
片桐さんは、椅子に座ったまま、膝に手を置いている。
ふたばは、壁に背中を預けて、床を見つめている。
理沙は、窓の外を見ていた。
僕は、何も言えなかった。言葉が、見つからなかった。
しばらくして、腹鼓ブラザーズのリーダーが楽屋に来た。
「……お疲れさん」
その声は、いつもより少しだけ重かった。
「すまん。今日は、ちょっと……調子が出んかったな」
「……すみません」
片桐さんが、小さく謝った。
「いや、謝らんでええ。でもな、狸たちも期待してたんや。お前らなら、もっとできるって、みんな信じてたんや」
その言葉が、三人の胸に刺さった。
リーダーは、少しだけ優しい目で三人を見た。
「……何かあったんやろ?話したくなったら、いつでも言ってくれ」
そう言って、楽屋を出て行った。
沈黙が、楽屋を包んだ。
片桐さんは、俯いたまま動かない。
ふたばは、膝を抱えて座り込んでいた。
理沙は、静かに息を吐いた。
「……ねえ」
理沙が、口を開いた。
「ちょっと、四人で話し合わない?」
その言葉に、片桐さんとふたばが顔を上げた。
「このままじゃ、ダメだよ。今日のライブ、最悪だった」
理沙の言葉は、厳しかった。でも、その目には優しさがあった。
「……うん」
片桐さんが、小さく頷いた。
「……うん」
ふたばも、頷いた。
僕も、頷いた。
その夜、狸狸亭の二階。
提灯の灯りだけが、部屋を照らしていた。
四人は、ちゃぶ台を囲んで座った。
沈黙が、しばらく続いた。
そして理沙が、口を開いた。
「……何があったの?二人とも、学園祭が終わってから、おかしいよ」
その言葉が、静かな部屋に響いた。
片桐さんは、俯いたまま何も言わない。
ふたばは、膝に手を置いて、少しだけ震えていた。
僕は、ノートを握りしめていた。
そしてふたばが、震える声で言った。
「……もう、やだ」
その言葉が、部屋の空気を変えた。
最悪の空気の中、話し合いが、始まろうとしていた。




