第20話 学園祭という舞台
学園祭当日
多摩女子大学のキャンパスは、朝から賑やかな空気に包まれていた。
模擬店の匂い、軽音楽部の音、笑い声。学園祭特有の、少し浮かれた雰囲気。
僕は、ぽんぽこ♡トリオの三人と一緒に、会場の楽屋に向かっていた。
「わぁ、すごい人!」
ふたばが目を輝かせる。
「緊張するね」
理沙が、少しだけ息を吸った。
片桐さんは、静かに前を見ていた。その横顔は、いつもより少しだけ緊張しているように見えた。
楽屋に入ると、衣装と化粧道具が並んでいた。
「じゃあ、準備始めましょう」
片桐さんが、リーダーとして声をかける。
三人が衣装に着替え始める。僕は外で待機していた。
しばらくして、扉が開く。
そこには、完璧に仕上がったぽんぽこ♡トリオがいた。
衣装に着替え、耳と尻尾を出した三人は、本当にアイドルだった。
「どう?」
片桐さんが、少しだけ照れたように聞く。
「……最高です」
僕の言葉に、三人が笑顔を見せた。
ステージ袖で片桐さんが、深く息を吸った。
「……行こう」
ふたばが、ぎゅっと拳を握る。
理沙が、静かに頷いた。
僕は、三人の背中を見送った。
「頑張ってください」
片桐さんが振り返って、小さく笑った。
「見ててね」
その一言が、胸に響いた。
照明が落ち、会場が暗闇に沈む。
ざわめきが静まり、期待が空気を震わせた。
学園祭のステージはキャンパスにあるホールで、前回の《森ノ音》よりも大きい。観客も多い。一般の学生も、狸サポーターたちも、そして狸腹鼓保存会のメンバーたちも、客席に座っていた。
木村先輩の姿も、後方に見える。
入場のSEが流れ始め、3人はステージに順に入っていく、狸らしく楽しそうに跳ねながら入場していくが、狸が森の中ではしゃいでいる姿が連想されるように、あえて照明を落として、暗闇の中を跳ねていくというスタイルを取っている。
これは、僕の提案で、メンバーにも好評だった。
そして、スポットライトが三人を照らした瞬間――
会場が、どよめいた。
ふわりと現れた狸の耳と尻尾。
「うわ、すごい……!」
「本物みたい!」
「めっちゃ可愛い!」
観客の声が、ステージに届く。
片桐さんが、マイクを口に寄せ、一曲目の歌いだしを観客に魅せつける。
片桐さんの歌声が、会場を包み込む。その声は、前回よりも力強く、そして優しかった。
ふたばが、笑顔で踊る。その動きはまだ少しぎこちないけれど、観客を笑顔にする力があった。
理沙が、ブレない軸でステップを刻む。その存在感は、圧倒的だった。
二曲目、三曲目。
ぽんぽこ♡トリオは、完璧だった。
MC中、ふたばが無邪気に喋り、理沙が冷静にフォローし、片桐さんがリーダーとして場を回す。
その姿は、本物のアイドルだった。
最後の曲が始まる。
『明日も笑えるように』
この曲は、腹鼓ブラザーズが作ってくれた、ぽんぽこ♡トリオの最新曲。
片桐さんが、歌い出す。
その歌声は、会場の隅々まで届いた。
そして、サビ。
三人が、腹を叩く。
ぽん、ぽん、ぽん。
観客が、リズムにあわせて手拍子を始めた。
ぽんぽこ、ぽんぽこ。
会場全体が、一つのリズムになっていく。
狸サポーターたちも、腹鼓保存会のメンバーたちも、みんなが腹を叩いている。
その光景を見て、片桐さんの目が、少しだけ潤んだ。
でも、彼女は笑顔を絶やさなかった。
歌い続けた。
踊り続けた
僕は、袖からその光景を見ていた。
胸の中で、何かが溢れそうになった。
片桐さんたちの夢が、叶っている。
この瞬間、確かに叶っている。
曲が終わり、照明が落ちる。
一瞬の静寂の後、割れるような拍手と歓声。
「ぽんぽこ♡トリオ!」
「最高!」
「また来てね!」
三人が、深々とお辞儀をする。
その姿を見て、僕の目頭が熱くなった。
ぽんぽこぽん。
胸の中で、心臓が鳴り続けていた。
観客は手を叩き、声援を送り、ぽんぽこ♡トリオの歌で会場は大いに盛り上がった。
片桐さんの歌声は、会場全体を包み込むように響き、ふたばの笑顔は観客を癒し、理沙のダンスは圧倒的な存在感を放っていた。
僕は、袖から三人を見守っていた。
胸の中で、ぽんぽこぽんと心臓が鳴り続けていた。
ステージが終わって、楽屋に戻る。
三人は汗を拭きながら、興奮した様子で話していた。
「すごかったね!」
「お客さん、めっちゃ盛り上がってた!」
「片桐さんの歌、鳥肌立った!」
僕も、笑顔で頷いた。
「本当に、最高でしたよ」
「ありがとう、清水くん」
片桐さんが、少しだけ照れたように笑った。
しばらくして、理沙が先に学園祭ちょっと回ってみたいと外に出た。
片桐さんも、トイレに行くと言って楽屋を出た。
楽屋には、ふたばと僕だけが残った。
ふたばは、鏡の前で耳と尻尾をしまいながら、ふと僕の方を見た。
「ねえ、清水くん」
「うん?」
「清水くんって……好きな人とか、いるの?」
僕の心臓が、ドクンと跳ねた。
「え……」
「もしかして、片桐さん?」
ふたばは、少しだけ不安そうな目で僕を見ていた。
僕は、少しだけ息を吸った。
「……僕は、マネージャーです」
なぜか敬語になってしまった。
「え?」
「マネージャーなので、アイドルにそんな感情は抱けません」
その言葉が、自分の口から出たことに、僕自身が驚いていた。
ふたばは、少しだけ目を伏せた。
「……そっか」
その声は、少しだけ寂しそうだった。
「ふたばちゃんは、なんでこんなこと聞いたの?」
「ううん、なんとなく……」
ふたばは、少しだけ笑った。
「清水くんが、片桐さんのこと好きなのかなって思って」
「そんなことないよ」
僕は、笑顔を作った。
でも、その笑顔が、どれだけ嘘くさいか、自分でもわかっていた。
ふたばは、少しだけ元気のない顔で頷いた。
「……そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ」
楽屋が沈黙に包まれた。
その沈黙の中、楽屋の外で、誰かの足音が聞こえたような気がした。
その後、片桐さんが楽屋に戻ってきた。
「お疲れ様」
いつもの笑顔。
でも、その目は、少しだけ遠かった。
僕は、違和感を感じた。
でも、何も言えなかった。
学園祭が終わって、夜。
僕は一人で帰り道を歩いていた。
(僕は、マネージャーなので、アイドルにそんな感情は抱けません)
自分で言った言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
それは、本当なのか。
それとも、ただの言い訳なのか。
月を見上げた。
いつもの、静かな光。
でも、今夜の月は、少しだけ寂しく見えた。
胸の中で、ぽんぽこぽんと心臓が鳴った。
僕の中の僕たちは、まだ静かだった。




