第19話 騒がない僕たち
学園祭前日。
気持ちの整理がつかないまま、日々は過ぎていった。
練習は順調に進み、ぽんぽこ♡トリオの完成度は日に日に上がっている。片桐さんはいつも通りリーダーとして振る舞い、ふたばは相変わらず無邪気で、理沙は冷静に場を支えている。
僕も、マネージャーとしてやるべきことをこなしていた。
でも、僕の中の「僕たち」は、すっかり身を潜めていた。
あの騒がしかった脳内会議は、今はもう開かれない。恋愛企画課も、現実主義課も、妄想課も。誰も声を上げなくなった。
僕の中の僕たちも、騒ぐ余裕もなくなってしまったようだ。
夕方、僕は久しぶりにサークル棟へ足を向けた。
狸腹鼓保存会。ここから全てが始まった場所。
扉を開けると、見慣れた光景が広がっていた。腹を出して輪になった先輩たちが、静かにリズムを刻んでいる。
ぽん、ぽん、ぽんぽこぽん。
「おっ、清水!久々じゃないか!」
木村先輩が腹を張りながら笑った。
「お疲れ様です。ちょっと、頭を整理したくて」
「ほう。アイドルの準備で忙しいのに、よく来たな」
僕も輪に入り、パーカーをめくる。呼吸を整え、手を腹へ。
「ポン」
一発。久しぶりの感触。
「おお、音が重いぞ。何か抱え込んでるな」
先輩が笑う。
周囲でリズムが生まれる。ぽん、ぽん、ぽんぽこぽん。
胸の奥の迷いも、一緒に波打つ気がした。
しばらく叩き続けるうちに、少しだけ気持ちが軽くなっていく。やっぱりここは、僕の原点なのかもしれない。
休憩時間、木村先輩がペットボトルのお茶を投げてよこした。
「明日、いよいよ学園祭だな」
「はい」
「緊張してるか?」
「……緊張、というか」
僕は言葉を選んだ。
「複雑な気持ちです」
「ほう」
先輩は興味深そうに僕を見た。
「清水、お前……片桐のこと、好きなんだろ?」
心臓がぽんと跳ねた。
「え……」
「バレバレだよ。お前の腹の音、片桐の話になると変わるからな」
先輩は、にやりと笑った。
「でもな、清水。狸と人間の恋は、簡単じゃないぞ」
「……知ってます」
「そうか」
先輩は、腹をぽんと叩いた。
「俺たち狸はな、昔から人間に恋をして、悲しい思いをしてきた。だから、狸の世界では禁忌とされてる。でもな……」
先輩は、少しだけ優しい目で僕を見た。
「時代は変わってきてるんだよ。俺たちは今、人間社会に溶け込んで生きてる。サポーターもいる。お前みたいに、狸のことを理解してくれる人間も増えてる」
「でも……」
「焦るな。まずは、明日のライブを成功させることだ。片桐たちの夢を、ちゃんと叶えてやれ。それから、ゆっくり考えればいい」
先輩の言葉が、胸に染みた。
「……はい」
僕は、小さく頷いた。
サークル棟を出て、夜道を歩く。
明日は、学園祭。ぽんぽこ♡トリオの大きなステージ。
片桐さんは、きっと最高の笑顔で歌うだろう。ふたばも、理沙も。
僕は、マネージャーとして、彼女たちを支える。
それが、今の僕にできること。
月を見上げた。いつもの、静かな光。
胸の中で、ぽんぽこぽんと心臓が鳴った。
僕の中の僕たちは、まだ静かだった。
でも、明日が終わったら、また何か変わるかもしれない。
そんな予感がしていた。




