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実らぬ恋の皮算用  作者: はらっぱ


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18/23

第18話 その恋は禁忌

学園祭まで、あと10日。


狸狸亭の二階練習室。


「はい、もう一回!ぽんぽこぽん!」


里見さんの掛け声に合わせて、三人がお腹を叩く。


ぽん、ぽん、ぽん。


今日の片桐さんは、完璧だった。タイミングも、笑顔も、動きも。何一つ、欠けていない。


「すごい! 片桐さん、めっちゃ調子いいね!」


ふたばが嬉しそうに言う。


「うん、ありがと」


片桐さんは笑った。いつもの、リーダーとしての笑顔。

休憩時間、ふたばが僕のそばに来て、水筒を開けた。


「ねえねえ、清水くん!今日の振り付け、どうだった?」


「うん、すごく良かったよ」


「やった!」


ふたばの尻尾がぶんぶん揺れる。その笑顔は、本当に無邪気で可愛らしかった。

理沙は、そんなふたばを見て、小さくため息をついた。そして片桐さんの方をちらりと見る。

片桐さんは窓際で一人、水を飲んでいた。


練習が終わって、ふたばが先に帰った。


「清水くん、ちょっと飲み物買ってきてくれる?烏龍茶で」


片桐さんが小銭を差し出す。


「あ、はい」


僕が階段を降りると、二階の空気が少し変わった気がした。

外の自販機で烏龍茶を買って、階段を上がりかけたとき――


「私……最近、無理してるかも」


片桐さんの声が聞こえた。

僕は、足を止めた。


「やっぱり」


沈黙が落ちる。僕は、階段の途中で動けなくなっていた。


「ふたばが清水くんに懐いてるの見ると、なんか……胸がざわつくの。嫉妬してるのかな。でも、それだけじゃなくて……」


「他に何かあるの?」


「……うん」


片桐さんの声が、少しだけ震えていた。


「私たち……アイドルだから」


「アイドルだって、恋くらいするよ」


「ううん、そうじゃなくて」


片桐さんは、少しだけ息を吸った。


「私たち、狸だから」


「……ああ」


理沙の声が、少しだけ沈んだ。


「狸と人間の恋は、禁忌なんだよね」


「うん」


片桐さんは、少しだけ声を震わせた。


「昔から、狸が人間に恋をすることはあったみたい。でも、結局……悲しい結末ばかりだったの。だから狸の世界では、人間を好きになることは……やめた方がいいって、ずっと言われてきたんだ」


僕は、階段の途中で立ち尽くしていた。手の中の烏龍茶が、少しだけ震えている。


「でも、私……清水くんのこと、好きなんだと思う。彼が笑ってくれると嬉しいし、彼が私たちを応援してくれると、もっと頑張ろうって思える。でも、それって……ダメなことなのかなって」


片桐さんの声が、少しだけ涙声になった。


「アイドルとして、リーダーとして、ちゃんとしなくちゃいけないのに。それに、狸として、禁忌を犯しちゃいけないのに。なのに、私……」


「片桐さん。気持ちを押し殺すのは、辛いよ」


「でも……」


「でも、片桐さんの気持ちは片桐さんのものだよ。誰にも否定できない」


「私は……どうしたらいいのかな」


「今は、アイドルとして前に進むことだけ考えたらいいんじゃない?気持ちの整理は、その後でもいい。焦らなくていいよ」


「……ありがとう、理沙」


僕は、そっと階段を降りた。足音を立てないように、慎重に。

一階に戻って、深呼吸をする。胸の中で、心臓がぽんぽこぽんと鳴り続けていた。


(片桐さんは、僕のことを……)


でも、彼女には、狸と人間の恋という、大きな壁があった。

僕は、もう一度階段を上がった。今度は、わざと足音を立てて。


「お待たせしました!」


「ありがとう」


片桐さんは、いつもの笑顔で烏龍茶を受け取った。


理沙は、僕をちらりと見て、ぎこちなく微笑んだ。

僕は、何も言えなかった。ただ、ノートを開いて、次の練習の予定を確認するふりをした。


その夜、帰り道。

僕は一人で夜の道を歩きながら、ずっと考えていた。

片桐さんの気持ち。狸と人間の恋という禁忌。そして、自分の気持ち。


(僕は、片桐さんのことが好きだ)


それは、もう否定できない事実だった。

でも、片桐さんには、アイドルとしての立場と、狸としての掟という、二つの壁があった。


僕は夜空を見上げた。月が、静かに光っていた。



翌日の練習。

片桐さんは、いつもの笑顔で「おはよう」と言った。


ふたばも、元気よく尻尾を揺らしている。

理沙は、僕と片桐さんを交互に見て、小さくため息をついた。

僕も、いつも通りにノートを開いた。


でも、片桐さんと目が合うたび、胸の奥がざわついた。昨日聞いた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


ぽんぽこぽん。


心臓が、また鳴った。


学園祭まで、あと9日


ぽんぽこ♡トリオの練習は、順調に進んでいた。


でも、僕たちの距離は、少しずつ変わり始めていた。


そして、僕と片桐さんの間には、見えない壁があることを、僕は知ってしまった。

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