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実らぬ恋の皮算用  作者: 空腹原夢路


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17/25

第17話 揺れる距離

翌日の夕方。

狸狸亭の二階で、腹鼓ブラザーズが新曲の仮音源を持ってきた。


「できたで~。学園祭用の新曲や」

リーダーがCDを差し出す。


片桐さんがプレイヤーにセットすると、

前回よりも少しアップテンポな曲が流れ始めた。


 ぽんぽんぽんぽこ

 明日も笑えるように

 たぬきだって 夢を追う

 この街で、君と生きていく


「……いい曲!」

理沙が静かに呟く。


「前より明るいね!学園祭向き!ぽんぽんは必須だね!」

ふたばが目を輝かせる。


片桐さんは――

少しだけ遠くを見るような目で、曲を聴いていた。


「……ありがとうございます。これで行きましょう」


その声は、いつもより少しだけ静かだった。


新曲の振り付けを確認しながら、

ポコレンジャーズのリーダー・里見が細かく指示を出す。


「サビのターンはもう少し腰を落として。お尻をプリっと突き出す感じ!ふたばちゃん、そう!そのまま!」


「できた!?」ふたばが嬉しそうに振り返る。


「うん、いい感じ!」

僕が思わず声をかけると、

ふたばの顔がぱっと明るくなった。


「やった!褒められた!」


尻尾がぶんぶん揺れる。


その瞬間、鏡越しに、片桐さんの表情が一瞬だけ曇ったのが見えた。


すぐに笑顔に戻ったけれど。

僕は、胸の奥が少しざわついた。


(……昨日の会話のせいだ)


休憩時間、ふたばと理沙は階段を降りて、狸狸亭の一階でお茶を飲みに行った。


二階には、片桐さんと僕だけ。


沈黙が、少しだけ重く感じる。


「……片桐さん」


「うん?」


片桐さんは窓際に座って、外を見ていた。


「昨日の話、気になってて……」


「ああ」

片桐さんは小さく笑った。

「ごめんね。変なこと言って」


「いえ、そんなことないです」


「……でもね」

片桐さんは膝に手を置いて、少し俯いた。


「私、自分でもよく分かんなくて」


「分からない?」


「ふたばが清水くんに懐いてるのは嬉しい。チームとして、いいことだと思う」


片桐さんは少し言葉を選ぶように続けた。


「でも……それを見てると、なんだか胸がざわついて。自分が置いていかれるような感じがするの」


その言葉に、僕の心臓が跳ねた。


「置いていかれる……?」


「うん。変でしょ?」

片桐さんは自嘲気味に笑う。


「私、アイドルなのに。清水くんのこと、独り占めしたいわけじゃないのに」


――独り占め。


その言葉が、胸に刺さった。


「でも、清水くんが誰かを特別に思ってたら……って考えると、すごく嫌なの」


片桐さんは、ほんの少しだけ涙声だった。


「……ごめん。こんなこと言うの、ずるいよね」


僕は、何も言えなかった。


ただ――


胸の中で、ぽんぽこぽんと心臓が鳴り続けていた。


その夜、帰り道。


僕は一人で夜の道を歩きながら、ずっと考えていた。


片桐さんの気持ち。

ふたばの笑顔。

理沙の冷静さ。


そして、自分の立ち位置。


(僕は、マネージャーだ)


そう自分に言い聞かせる。


でも――


片桐さんの「清水くんが誰かを特別に思ってたら嫌」という言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


それは、恋なのか。

それとも、仲間を失いたくないという不安なのか。


わからない。


でも、確かなのは――


僕の心が、片桐さんに向いているということ。


ふたばの笑顔は可愛い。

でも、それは"運営側から見たアイドル"を見る目だ。


片桐さんは違う。

彼女の笑顔は、僕の心臓を直接叩く。


ぽん、ぽん。


腹鼓みたいに。


僕は夜空を見上げた。


月が、静かに光っていた。


狸にとっての永遠のステージ照明。


その下で、僕たちはまた明日も前に進む。


でも――


この"揺れ"は、もう元には戻らない気がした。


胸の中で、ぽんぽこぽんと音が鳴り続けていた。


翌日の練習。


片桐さんは、いつもの笑顔で「おはよう」と言った。


ふたばも理沙も、何も気づいていない。


僕も、いつも通りにノートを開いた。


でも――


片桐さんと目が合うたび、

胸の奥が少しだけざわついた。

この距離感が、少しだけ変わってしまったことを、僕たちは言葉にしなかった。


ぽんぽこぽん。


心臓が、また鳴った。

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