第13話 初めての特典会と初めての嫉妬
ライブが終わると、ステージ袖には熱の余韻がまだ漂っていた。
その熱のまま「特典会」へと流れこむのが、アイドルの世界らしい。
狸狸亭でお馴染みのサポーター達が机を運び、
各メンバーのイラストが描かれたチェキ券の並べる。
これも狸狸亭のマスターのアドバイスで、
アニメ風の狸感マシマシのイラストをアー写とあわせて作ったのだ。
机の横にぽんぽこ♡トリオの三人が並ぶ。
それぞれ、イラストが描かれた最後尾札を持ち、特典会がスタートする。
「ぽんぽこ♡トリオ 特典会始めます!よろしくお願いします!」
ぽんぽこ♡トリオの挨拶に、会場が沸いた。
チェキ券を買ったそわそわしたオタク達が三つの列にそれぞれ並ぶ。
ふたばの列は、年齢層高めのおじさんオタクが並んでいる。
理沙は、女性にも人気らしく、女性を含めた割と若めのオタクが並んでいる。
そして片桐さんの列は――
……長い。
え、待って、長い。
明らかに他の倍はある。
片桐さんの良さは僕が一番知っている。
だけど、こんなに人気なのか。
想像以上に揺れた。
「はい!じゃあ、撮っていきまーす!ソロですか?ツーですか?」
スタッフの狸サポーターが元気よく声を上げる。
ファンの男たちが、照れくさそうに順番に列へ進む。
「ふたばちゃん、めっちゃ可愛かったよ!」
「ありがと〜〜!うれしい!!!ペンラ振ってくれてたのステージから見えたよ!!」
ふたばは、ただ笑うだけで世界が明るくなるタイプだ。
特におじさんの心を掴むのが上手い。
「理沙ちゃん、本当素敵です。私のロールモデルにしていいですか?」
「……ありがとう。恐れ多いけど嬉しい」
理沙は、ふたばとは別のベクトルでファンの心を掴んでいた。
女性に人気なのも頷ける。
そして片桐さん。
「真帆ちゃん、SNSで可愛いって思って今日来たけど生で見たらさらにえぐい…推します!」
「ほんと?SNSも見ててくれたんだ。嬉しい!絶対に推して…ね?」
「は、はい!!!」
あの「ね」は反則だ。片桐さんの「ね」はどんな兵器よりも威力があるのだ。
でも、僕以外にもあの「ね」を使うなんて…
列の男たちが、揃って心臓を撃ち抜かれていく。
僕は後ろでチェキ券の販売をしながら、心のどこかがきゅっと締まるのを感じていた。
そうか。
片桐さんは“アイドル”になったんだ。
僕だけの「ね」だと思っていたけど、完全な勘違いだった。
でも、片桐さんが人気なのは嬉しい。僕の見る目は間違っていなかった。
今日は、脳内会議も休みのようだ。
嫉妬なのか、誇りなのか、色んな感情が脳内をぐるぐると回り続けているからだ。
「はい次の方どうぞ〜!」
一人の青年が、片桐さんの横に立つ。
地味なパーカー、メガネ。けれど清潔感がある。
多分、同じ大学生くらいだ。
「えっと……ライブ、すごくよかったです。
その……本当に、感動しました」
「ありがとう。あなたのおかげで、今日ここに立てたよ」
あなたのおかげ。それはどういう意味なのだろうか?
何か元々繋がりがあるのだろうか?
「こうやって初めましてなのに、たくさんの人が応援してくれて、本当嬉しい」
「はい!また絶対に見に来ます!!」
そういうことか。僕は嫉妬で前が見えていない。
すべての言動を勘ぐってしまう。
「うん。ぜひ。また会いにきてね。大好きだよー!」
“大好き”
アイドルとしては、当たり前のセリフ。
でも僕にとっては一番求めていたセリフ。
それをこんな簡単に…
青年は顔を赤くして去り、
列に戻りながら胸を押さえていた。
僕も同じだった。
でも、押さえている場所が同じでも感じている感情は全く別物だ。
僕の感情を他所に、特典会は温かいまま終わり、そのまま、狸狸亭で打ち上げとなった。
店に入ると、提灯の灯りが少し柔らかかった。
油の匂いと、木の優しい香り。
そして狸バンド、狸ダンサー、サポーターたちの笑い声。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
理沙はおつまみを静かに味わい、
ふたばは既に唐揚げ2個目に突入している。
片桐さんは、僕の隣に座った。
「……聡くん」
「はい」
片桐さんは、ほんの少し照れたみたいに笑った。
「今日ね。ステージから見えたよ。
あなたが、どんな顔で私たちを見てたか」
心臓が、どくん、と跳ねた。
「あの顔、すごくよかった。
“ただのファン”とは違って。」
――そんな言い方されると、困る。
「だってさ」
片桐さんはそっと、耳を出した。
下の照明で、柔らかく揺れた。
「あなたは私の夢を叶えてくれた人なんだよ」
その言葉が、僕の胸に響き渡った。
その言葉に呼応するように、ぽんぽこぽんと心臓が鼓動する。
それは、僕の中で何かが変わった音だった。
これが何かは僕にはわからない。
でも、悶々としていいた嫉妬心は綺麗に消えていた。




