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実らぬ恋の皮算用  作者: はらっぱ


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第1話 狸腹鼓保存会

大学一年の春、新歓のビラが桜の花びらみたいに地面を覆い尽くす季節、僕は運命という名の下心に足を掴まれた。


「狸腹鼓保存会 新入生大歓迎」


ビラの中央には、腹をぽんと叩いて笑う狸のイラスト。ふざけたフォント、ふざけた色味、ふざけた内容。

普通なら秒でゴミ箱直行だ。ところが僕の足はなぜか止まり、手はそのビラを丁寧に四つ折りにして胸ポケットへ仕舞っていた。

理由は単純で、配っていたのが片桐真帆さんだったからだ。


片桐真帆さんとは、黒髪ボブで文学部っぽい落ち着き。同じ学部で入学当初から気になる存在だ。

通りすがりに目が合うと、柔らかく微笑む。


「よかったら見学、どうぞ」


その一言で、僕、清水聡の中の「理性課」「常識課」「人生設計課」の意見は全会一致で否決された。

「そんなサークルに入ったら大学生活が終わる!」「もっと普通のサークルへ入れ!」

そんな意見は一切通らず、代わりに「恋愛企画課」が緊急編成され、「狸腹鼓保存会への参加が恋への最短距離である」という稟議を秒速で通した。

その時はなぜ、同じ1年生の片桐さんが勧誘をしているのかなど疑問にも思わなかった。

僕の大学生活は、このとき静かに狂い始めたのだと思う。


見学当日、サークル棟の一番奥、雨漏りの匂いがする部屋の扉を開けた僕は、視覚と聴覚を同時に殴られた。


「ポンポコポーン!」「ポンポコポーン!」


上半身裸の男たちが円陣を組み、真剣な顔でお腹を叩いている。腹の皮膚が波打ち、小気味がいいの良い音が部屋の壁を震わせる。

笑ってはいけない。ここは笑ったほうが負ける空間だ。と一瞬で理解した僕の視界に、片桐さんの姿が入ってきた。

彼女も上着を膝にかけ、白いシャツの裾をちょいと上げ、へその上あたりを「ポン」と叩いている。

涼しい顔だ。

なぜそんなに涼しい顔で腹を叩けるのだ。


「お!新入生か!」


ドスの利いた声に振り向くと、逞しい体格の三回生が胸——いや腹を張って立っていた。


「部長の木村だ!よく来た。われら狸腹鼓保存会は、千年以上続く伝統を担う者である!君も叩け!叩けばわかるさ!」


そんなアントニオ猪木のような言葉をなぜ受け入れてしまったのか、もはやそこに理性はなかった。

わかるのか。叩けば。迷わず行けよ、行けばわかるさ。と僕はその言葉を真に受け、パーカーを脱いで輪の外周に入った。

みんなに倣って「ポン」とやってみる。思ったより痛い。これが案外難しい。二回目。「ポン」。痛い。三回目。「ポンポコ」。

痛いけど、少し音が大きくなった気がした。四回目。「ポンポコポーン」。

部屋中で響く音に自分の音が紛れ込み、妙な一体感が生まれる。これは…なかなか…なかなか?…なにか……わからないけれど……


「加入します!!」


口が勝手にそう言っていた。木村先輩が満面の笑みで僕の腹を叩いた。痛い。けど、悪くない。

何よりもこのサークルは片桐さんがいる。

それだけで、僕がここのサークルに加入する意味がある。


活動はわかりやすかった。週三回、叩く。雨でも叩く。テスト前も叩く。掛け声は「ポンポコポーン」。

コール&レスポンスで「ポンポコ」「ポンポコ」「ポンポコポーン」。

講義中も机の下で指先が無意識に「ポンポコ」のリズムをとっていた。

もはや、この活動に意味など求めていない。全ては片桐さんとお近づきになるという使命。

この下心だけが、腹を叩くエネルギーとなっている。


僕は部室の隅で片桐さんのフォームを観察した。叩く角度がきれいだ。無駄がない。打点がぶれない。

あの小さな掌から、どうしてあんなに澄んだ音が出るのか。練習後、勇気を出して聞いてみた。


「片桐さん。音を出すコツとかあるの?」


「掌全体で包むように叩くと響きが揃うよ。あと、お腹そのものを太鼓だと思うこと」


「お腹そのものを……」


「うん。お腹に空気を入れるように膨らませるの。やってみて」


「なるほど。こうかな?」


「ポン!」


「そう!そんな感じ!今のは良い音!」


片桐さんに褒められ、僕は恋に落ちる速度を上げ、僕の中の心臓は早いビートで鼓動し始めた。

これが1000年の歴史!これが狸腹鼓保存会!最高のサークルだ!


ポンポコポンポコ!!!!


「聡君、それだとリズム早すぎるよ」


「おっと失礼」


狸腹鼓保存会。この奇妙なサークルが僕の人生に大きく影響していく。

そのことに僕はまだ気が付いていない。

いや、正しくは気が付かないふりをしている。

しかし、背に腹は代えられない。下心のビートは激しく鼓動し始めてしまったのだ。

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