1話 ep.6
静かな空間にカチャリカチャリと金属が当たる音がする。好奇心に駆られカウンターの向こうを確認すると、ペンチなどの工具でフレームを変形させているのが見える。数分で戻ってきたメジロはもう一度メガネのかかり具合を確認しながら口を開く。
「意外でしたか?」
「は、え……?」
「結構メガネの調整は力業なんですよ。初めて見る方は驚かれることも多いです」
「そ、すね。ペンチとか、あんまり店の雰囲気的にないと思ってました」
「まあ、フレームもいうなれば唯の金属加工品ですからね。針金を曲げるのと要領自体は変わりません」
かかり位置が適切か、ずれがないかを確認し、一つ頷いたメジロはトキの目の前に鏡を差し出した。
「かかり具合で気になるところはございませんか?」
「あ、はい。問題ないです」
鏡を覗き込んだ先には、何の変哲もない青色のサングラスをかけた自分の顔がある。トキはそれを見て、少々頭を振ってずれがないことを確認した。
「それでは、お会計ですね」
そう告げられた瞬間、トキは急速に緊張するのを感じた。非日常な体験に後先考えず頷いたけれど、懐はそう温かくはない。二つ折りのクリップボードを開き、メジロがテーブルに差し出した。
「お会計、メガネ一式で30万円です」
「さっ……!」
トキは差し出された金額に思わず仰け反る。高額であろうことは覚悟していたが、ここまでとは予想していなかった。もうメガネは作ってもらってしまった。ここで払えませんというのは通らないだろう。今の口座の残高とアルバイトの給料日を考えて、どう捻出するかを悩んでいると、メジロがクスクスと笑った。
「トキ様は学生さんですよね。支払いは難しいですか」
「……すいません」
「では、これは制服と同じく支給品としましょう」
「え?」
「代金は結構です。うちで働きなさい」
突然の提案にトキは面食らう。メジロは当たり前のような顔で腰元のポシェットからメジャーを取り出した。
「さ、制服を仕立てますのでこちらへ」
「は!? いや、俺まだ働くなんて一言も!!」
強引な展開になんとか口を挟むと今までの丁寧な対応が一変し、人差し指を突き出される。
「では、あなた代金払えるんですか? 警察を呼んでもいいんですよ?」
「なっ! それを言うなら金額も提示せず商品を作ったそっちにも非があるんじゃないのか!」
あまりの言い草にトキも言い返すと、メジロは穏やかな笑みを愉快げに歪め、鋭い視線を向けた。
「でも、必要でしょう?」
「……は」
「あなたには、”その視界”が」
返す言葉がなく黙り込んだトキに、メジロは視線を合わせるように覗き込む。
「安心なさい。悪いようにはしませんよ」
にっこりと笑った表情が、今のトキには悪魔の笑みに見えて仕方がなかった。
トキはこれからの生活に思いを馳せ静かに天を仰ぎ見た。