1話 ep.4
人が多くいる場所が苦手だった。いつ頃からか、常に視界に映る人の思考が見えるようになっていたから。成長するにつれて多くの思考が見えるようになり、高校入学の頃にはもう大体の人の思考が筒抜けになるほどだった。
「いやー、やっぱ持つべきものは優しい友だちだよ!!」
そう言ったクラスメイトのそばに見える言葉。
(チョロすぎんだろ。これからもカモろ)
そして、そいつに肩を組まれているやつのそばにも。
(コイツはカースト高そうだし、気に入られとけばラクだろ)
腹のうちが見えた状態で行われるやりとりは、さながら役職が丸見えの人狼ゲームだ。白々しくて寒々しい。あまりの退屈さに吐き気がした。だから、周囲と距離を置いた。本音を言い上げたところでなんの価値もないことは明白だったから。ならば、誰とも関わらず、一人でいる方がマシだと、全てを諦めた。教室にいたくなかったけど、保健室に籠もることも出来なかった。サボりの不真面目な生徒だとレッテルを貼られ、迷惑がられながら毎日を過ごすことなんて到底出来なかったからだ。三年間、教室の隅で勉強に励むだけの日々。自然に成績は上がった。親の希望に従って大学に入り、よりいっそう人との繋がりが希薄になっていく。それで良かったはずだった。何の問題もなかったはずだった。けど、ふと周囲を見回したとき、酷く孤独を感じたのだ。どうして、俺ばっかりがこんな思いをしなくちゃいけない。望んだわけでもなければ、願ったわけでもない。人の思考を読む能力なんて、欲しくない。こんな力、なくなってしまえばいいのに。
「お疲れ様です」
耳に心地よいテノールが鼓膜を揺さぶる。トキはふっと目を覚ました。
「え……俺、寝て……?」
「これもカウンセリングの一環です。しっかり、視ましたので。ご安心ください」
夢の中で反芻していたことを思い起こし、トキはメジロを見つめる。まさか、今夢に見ていた内容を、目の前の男が見ていたということだろうか。
「さて、では一度こちらをおかけください」
トキが困惑している間にメジロはテストレンズを填めた試験枠を取り出す。スライダーでテンプルの長さを調節し、トキの顔にしっかりと装着する。
「この状況では、恐らく効果が分からないでしょうから、少し外に出ましょうか」
メジロの心は元から見えない。トキは青く染まった視界を睨みながら出入り口に向かうメジロの後を追った。扉を開け、外を見る。裏路地に位置するこの場所にはそうそう通行人がいない。しかし、タイミング良く仕事終わりのOLが店の前を通った。試験枠をかけたトキを見て驚いたように肩を跳ねさせた女性はそれ以後目を合わせることなくそそくさと立ち去った。