1話 ep.3
店主の説明を聞き、納得しそうになったトキだったが、ここでもう一つ大きな疑問が生まれる。
「いや、待ってくれ。アンタが見えづらい人なのは分かった。でも、そのレンズはなんだ?」
「……これは、”見えやすくする”レンズです。芝目を読むように、見えているものをより鮮明に見せてくれるもの」
トキの前にかざしたレンズをケースにしまいながら告げられる店主の説明にトキは困惑を深めるばかりだった。メガネのレンズとは、視力を矯正するものであって、それ以上でもそれ以下でもないはず。なのに、色がついているだけの何の変哲もないそのレンズは、確かにトキの特性に影響を与えた。
「世の中には不思議なモノが意外と存在するものですよ」
「……そういうものか」
はぐらかされているような感覚もなくはないが、これ以上の追求に意味はないと断じ、トキは頷いた。そもそも、己の特性について説明しろと言われたとて、出来ないことは自明であった。であれば、”不思議なモノ”として理解を諦めることもまた、賢い選択だと言えるだろう。
「それでは改めて、カルテをお作りしましょう」
手渡されたタブレットに名前や年齢、住所などの個人情報を記入する。次のページに移ると、普段の過ごし方や見え方で困っていることなどについての問診があった。
「あの、俺目は悪くないんですけど……」
「当てはまるところだけで構いませんよ。分からないところは適当に飛ばしてください。あくまでこれはお話をスムーズにするための目安作りですから」
店主は手元の機械はカチャカチャと操作しながらこともなげに答える。それならば、とトキは心当たりのある箇所に適当にチェックを入れ早々に突き返した。
「ご協力ありがとうございます。改めまして、わたくし、店主のメジロと申します」
「あ、はい……どうも……」
トキからタブレットを受け取ったメジロは内容にさっと目を通してそれを脇に置いた。
「単刀直入に、トキ様のお困りごとは”見えすぎる”で間違いございませんか?」
「……はい」
メジロは背後の棚からごそごそとケースを取り出す。ジュエリーケースのようなベルベットの箱が開かれると、そこには様々な色合いの青いレンズが収納されていた。
「どの程度抑えるかは希望に寄りけりですが、ほぼ完全に見えなくすることも可能ではあります」
「……完全に」
今まで見えていたものが見えなくなる恐怖と、それによって”普通”になれることへの渇望がトキを揺さぶる。
「あなたの望みを、お見せいただきましょうか」
そう言ったメジロの瞳が赤く光ったのを最後に、トキの意識はプツリと途切れた。