1話 ep.2
店主に促されるままトキは店内の奥まった小部屋へ案内される。中には視力測定用であろう機械が置かれていた。
「こちらにおかけください。まずはカルテをお作りしますので、こちらへご記入を」
「ま、待ってください。俺、別にメガネ作る気なんて……」
「ええ。ですから必要だとあなたが感じたら、で構いません。ものは試しですよ?」
当然のように進められる工程に恐怖を感じたトキは勇気を振り絞って声を上げる。明らかに高級そうなメガネ屋でメガネを作れるほどトキはお金を持て余してはいない。しかし、完全につっぱねることが出来ないのにはわけがあった。先ほどからトキはその薄気味悪さに強く出られないでいるのだ。トキは人より多くのモノが”見えてしまう”という特徴を持っていた。それは視覚的な情報ではなく、本来目に見えないはずの”感情”や”思惑”といったもの。相対した人間の思考が見えるというものだった。しかし、今目の前にいる店主からは何も読み取ることができない。あまつさえ、店主はこのトキの特徴を分かっているかのように振る舞った。それが気がかりで、トキはこの店を後にすることが出来ずにいる。
「知りたくはありませんか? この世界の大多数の人間が見ている世界。あなたにとってそれが良いことかは、わたしには測りかねますが」
当たり前のようにそう言ってくる店主にトキは薄ら寒いものを感じる。どうしてこの男は自分の特徴を見抜いているのだろう。まだ出会って数分の男の計り知れなさに冷や汗が背筋を伝う。
「……あなたの思考が見えないのは、どうしてですか」
「人よりわかりにくいタチなんです。こうすると……」
にっこりと笑った店主はおもむろに薄黄色の丸レンズを取り出しトキの目の前にかざす。すると、トキの視界にはうっすら店主の思考が見えてきた。しかし、その内容は目を凝らしても読み取ることはできない。小さな小さな文字で書かれた思考を読もうとトキが目を細めた瞬間、店主は目の前にかざしていたレンズを外した。
「視力の問題ではないので、目を細めても疲れるだけです。普段もいるんじゃないですか? 読み取りやすい人、読み取りづらい人」
「あぁ……確かに、まあ」
「中でも指折りの見づらさなだけです。あまり気にしないでください」