3話 ep.5
茶色のレンズを填めた試験枠を怖々としながらも再度手に取ったヒイラギは窺うようにメジロを見やる。
「ご自身の持ち物でもぜひ、試してみてください」
「……ああ」
ヒイラギはカバンの中から手帳を取り出し、試験枠をかけ直す。無言で手帳を見つめたヒイラギは数秒後、大きくため息をついた。
「理屈は分からんが、本物のようだな」
「百聞は一見にしかず、と言いますからね。ご理解いただけたようで良かったです」
「……うちの家内がな、よく物をなくすんだ。自分でなくしているのに、捨てられただの、誰かに盗られただのと騒ぐものだから困っていてね。これがあれば、一緒に探してやれる」
柔らかく微笑んだヒイラギはゆったりと試験枠を外し、目を閉じて天を仰ぎ見た。
「ワッフルの置物がなくなってから、急激にボケてしまったみたいでね。ほとほと手を焼いていたんだ」
「そうだったんですね。それは、ご苦労も多いでしょう」
「施設に預ければ良いのかもしれんが……まだ面倒を見られるうちは、一緒にいるのも悪くないかと思っているんだ。ワッフルが見つかれば、もしかしたら元に戻るかもしれない」
遠くを見つめ、ぽつりぽつりと語るヒイラギの言葉を聞き、メジロは小さく頷く。
「そのお手伝いを、うちのメガネでさせていただけませんか?」
「……他に打つ手もないしな。霊感商法でもない。これで詐欺なら仕方がないと諦めもつくさ」
吹っ切れたようにそう言ったヒイラギは満足げな表情で測定室を出た。
茶色のレンズは常に掛けておく物ではない。しかし、ヒイラギの視力と生活スタイルを鑑みるに、遠近両用のレンズは常に掛けておくべき、という話になり、取り外し可能なフレームを選ぶことにした。
「トキくん、ご案内お願い」
「あっ、はい……!」
測定を終えたヒイラギをトキに引き渡し、メジロはレンズの度数や必要なレンズをまとめ始めた。
「取り外しできるフレームがおすすめだと聞いた。どの辺にあるかな」
「そのタイプですと、この辺りですね」
ヒイラギを展示の一角に案内し、近くで様子を見る。いくつかのフレームを掛けて試しながらも、首を傾げているヒイラギにトキは声を掛ける。
「しっくり来ませんか?」
「いや……違いが分からんなと思って」
「あー……これは黒なんですけど、こっちちょっと青みがかってて。紺色っぽい感じなんです。もうこれは好みかもしれないですね」
「ほぉ。ならこっちにするかな」
トキの説明に頷いたヒイラギは紺のセルフレームを手に取ったのだった。