3話 ep.4
「ヒイラギ様、もう一度こちら、掛けていただいても?」
メジロに促されるまま再度試験枠を掛けたヒイラギに新聞紙を手渡す。
「どうですか?」
「……ん? どういうことだ?」
眉間に皺を寄せ新聞紙を凝視したヒイラギは顔を引いたり近づけたりしながらピントを合わせようと必死だ。
「ヒイラギ様、この状態が本来のあなたの見え方です」
「何を言っているんだ。遠くの見え方とは違う。新聞はもっとしっかり見えていたぞ」
「ええ。ですから、ヒイラギ様は常日頃から老眼鏡を掛けているのと同じ状態で生活しているんです。だから、手元はよく見える。しかし、失礼ながらヒイラギ様のご年齢ですと、確実に老眼と呼ばれる症状は出ています。遠くを鮮明に見えるようにすれば、それ相応に手元は見えなくなる」
「……だったら、遠くはいい。運転もせんしな」
落胆したように呟いたヒイラギの試験枠に上からもう一枚レンズを重ねる。そして、手元を見るように促した。
「……ん、んん?」
「少し顎を上げて。そう。その状態でフレームの縁を見るようなイメージで視線を落としてください」
メジロが言う通りに顔を動かし、視線を落とすと、先ほどまでぼやけてピントが合わなかった新聞の文字がくっきりと見えている事に気付く。ヒイラギは驚いて測定室の外へ視線を動かした。
「な、なんだこれは。遠くも見えている」
「これは遠近両用のレンズです。最近の遠近はシームレスに切り替わるレンズですから、多少慣れは必要ですけれど、使いこなせれば便利ですよ」
メジロの言葉に無言で頷いたヒイラギは自分で顔を動かし、手元の見え方が一番良い位置を探し始める。
「なるほど。これが……。確かに、便利なものだな」
「それに合わせてこちらを」
言いながらメジロは試験枠にさらにもう一枚、茶色のレンズをかぶせた。
「お……? こ、れは……?」
「何が見えましたか?」
「……この、部屋と……知らんばあさんが……?」
「そうですよね」
ヒイラギの視界に映ったのは新聞が持つ残留思念。知らんばあさんと言っている人は前回この新聞紙を見ていたエニグマの客だった。
「このレンズで見れば、探し物の近くにあったものから場所を探れるのではないでしょうか?」
「……この店は、なんなんだ」
驚いたヒイラギは思わず試験枠を外し、メジロに視線を向ける。
「ここは、お客様が見たいものを見るための最適なメガネをご提供している、すこぉし不思議なメガネ屋です」