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オープニング

(シーンは、静寂に包まれたスタジオから始まる。床には天の川のような淡い光が流れ、巨大な背景スクリーンには、ゴッホの「星月夜」を彷彿とさせる星雲がゆっくりと渦を巻いている。中央には重厚なコの字型のテーブルが置かれ、まだ誰も座っていない。その中央、カメラに向かって、生成り色のクラシカルなワンピースをまとった司会者のあすかが静かに立っている)


あすか:「星々の声が、聞こえますか?」


(あすかは、ゆっくりと語り掛ける。その声は、夜の湖面を渡る風のように、穏やかで澄んでいる)


あすか:「生前、その魂の叫びが届かなかった孤独な星々。時代という分厚い雲に覆われ、誰にもその輝きを知られることのなかった、あまりにも眩しい魂たち。もし…もしも、彼らが時空を超えて一堂に会したなら、一体どんな物語を紡ぎ出すのでしょうか」


(あすかは、そっと手にした不思議なガラス板のようなタブレット「クロノス」に指を滑らせる。すると、星雲が輝きを増す)


あすか:「私、あすかは、物語の声を聞く案内人。今宵、皆さまを時空を超えた対話の旅へとお連れします。『歴史バトルロワイヤル』。今回のテーマは…『時代が私に追いつくまで』」


(あすかが「クロノスよ、星々の道標を示して」と静かに告げると、スタジオの奥にある何もない空間が歪み、円形のスターゲートが眩い光の渦となって起動する)


あすか:「最初の星が、扉を叩きます。彼女は、自らの部屋という宇宙で、永遠を紡いだ詩人。生涯で1800篇もの手紙を世界に書きながら、その返事を受け取ることはほとんどありませんでした。…エミリー・ディキンソンさんです」


(スターゲートの光の中から、黒いドレスをまとった小柄な女性、ディキンソンが姿を現す。少しおびえたように周囲を見渡すが、その瞳は好奇心に満ちている。彼女は誰とも目を合わせず、あすかに促された席へ静かに歩み、深く腰掛ける。テーブルに置かれた押し花の栞に、そっと指で触れる)


あすか:「二人目の星は、イーハトーブの地からやってきました。農民の幸せを心から願い、その理想を物語や詩に託しましたが、生前、彼の名はほとんど知られることはありませんでした。雨にも風にも負けなかった不屈の魂。…宮沢賢治さんです」


(賢治が、少し猫背気味に、しかし柔和な表情でスターゲートから現れる。きょろきょろとスタジオを見回し、その幻想的な光景に目を丸くする)


賢治:「こ、これは…一体…。まるで天上の世界ですな…。あ、わたくしは宮沢と申します。皆さま、どうぞ、お手柔らかにお願いいたします」


(ペコペコと頭を下げながら席に着く賢治。ディキンソンに気づき、会釈するが、彼女は気づかずに俯いている)


あすか:「三人目の星は、文明を捨て、楽園を求めた孤高の野獣。その独創的な色彩と大胆な構図は、当時の画壇には到底理解されませんでした。彼は自らの芸術のため、全てを投げ打った男。…ポール・ゴーギャンさんです」


(スターゲートから、がっしりとした体躯のゴーギャンが、自信に満ちた足取りで現れる。彼は腕を組み、値踏みするようにスタジオを見渡し、ふてぶてしい笑みを浮かべる)


ゴーギャン:「ハッ、見世物じゃあるまいし。大層なご登場だな。それで?ここで俺に何をさせようってんだい」


(ゴーギャンは、賢治の挨拶を意にも介さず、あすかを挑発的に見つめる。そして、向かいにある空席を一瞥すると、面白そうに口の端を上げて自分の席にどっかりと腰を下ろす)


あすか:「…そして、最後の星。彼の魂は、燃え盛る太陽そのものでした。そのあまりに激しい情熱は、人々から狂気と呼ばれ、孤独の中でひたすらカンヴァスに叩きつけられました。生前に売れた絵は、たったの一枚。弟テオに愛された永遠の青年。…フィンセント・ファン・ゴッホさん」


(スターゲートの光がひときわ強く輝き、少しやつれた、しかし瞳の奥に狂的なまでの炎を宿したゴッホが現れる。彼は不安そうに自分の手を見つめ、おずおずと一歩を踏み出す。そして、顔を上げた瞬間、向かいの席に座るゴーギャンと視線がぶつかる)


ゴッホ:「……ッ!」


(ゴッホは息をのむ。ゴーギャンは待っていたとばかりに、面白くてたまらないという表情で、ゆっくりとゴッホに笑いかける。ゴッホは唇を噛みしめ、何かをこらえるように固い足取りで自分の席に着く。スタジオに、ピリピリとした緊張が走る)


あすか:(全員が揃ったのを見届け、穏やかに、しかし芯の通った声で)「ようこそ、魂の探求者の皆さん。再びお会いになられた方もいらっしゃるようですね」


(ゴッホとゴーギャンが視線を交わす)


あすか:「では、始めましょう。最初の問いです。『時代が私に追いつかなかった』。この言葉を聞いて、今、率直に何を感じますか?では…一番騒がしくなりそうな、ゴーギャンさんから伺いましょうか」


ゴーギャン:「ハッ、決まってる。俺が言った通りじゃないか。追いつく?冗談じゃない。時代が、世界が、俺の才能に跪くべきだったんだ。そうだろ、フィンセント?お前もそう思うだろう?」


(ゴーギャンは、ゴッホに同意を求めるように、あごをしゃくる。ゴッホは俯いたまま、テーブルの下で強く拳を握りしめている)


賢治:「ま、まあまあ、ゴーギャンさんとやら。そうおっしゃらず。皆、それぞれに事情というものがあったのでしょうから…」


ゴッホ:(賢治の言葉を遮るように、顔を上げてゴーギャンを睨みつけ)「…君に、君に僕の何がわかるっていうんだ…!」


ディキンソン:(誰に言うともなく、ぽつりと呟く)「…嵐の前の、静けさ。」


あすか:(微笑みを崩さず、しかし場の空気を支配する)「ありがとうございます。どうやら、物語は始まったばかりのようですね。皆さんの魂の叫び、じっくりと聞かせていただきましょう。最初のラウンドのテーマは、こちらです」


(あすかがクロノスに触れると、背景の星雲がゆっくりと色を変え、次のラウンドへの扉が開かれる)

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