第8話 純愛?
土曜の夜…という事で、残り3話を投稿しておきます。
お読み頂き、ありがとうございます。
喫茶店で蘭と話をするのは、1週間に2回ほど。
彼女も学習塾に通い出したそうだ。
いつものように塾の入口で鈴清ペアーと別れたあと、喫茶店前で蘭とも別れた。
蘭が行っている塾は、鈴清ペアーとは違う駅前ビルの2階にある個別指導の塾。
俺は、商店街の人の服装を観察しながら歩く。
一般的な服装がどんなものか、常識を身に付けるために観察をしている。
要は、無頓着を反省したのだ。
「あきらくん」
背後から声を掛けられ、振り向くとオーナーがそこにいた。
「ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょう」
笑顔で連れて行かれたのは、ビルの2階にある某ファミレスだった。
商店街を歩く人達を横目でチラ見しながら、端末でドリンクバーを2つ注文したオーナーさん。
「まずは、飲み物を取りに行こうか?」
「はい」
話があるとは言ったものの、俺のような小学生に、なにを、どこまで、どのように話すのか、整理しているように感じた。
「まず、私の名前は有本英二という。元公安調査庁の職員で、例の友人とは同僚だったんだが、彼が君に興味を持って、君の事を調べたらしい」
「えっ…僕なにかしましたっけ…」
「いや、悪い方に考えないでほしい。美術館で『母の面影を宗教画に見た』という少年に関心を持った彼が、くたびれた服装の君が経済的にきびしい環境にあるなら援助も考えようと、後をつけていったら、何と、タワーマンションに入っていった、という顛末だ」
「あ、あの~ 何とお詫びをしていいのか…」
「ま~ま~、そんな必要は全くない。あいつの思い込みは昔からだ。その後、偶然に私の店で君と再会して、友人が更に身元調査をした結果を私に教えてくれたんだよ」
「それで?…」
「母親がいない。勉強はできるが友達がいない。くそ真面目」
「ひどくないですか?それ…」
「ははは。だが、友達になれそうだと友人は言っていたぞ」
「なにを言ってるんだか…」
「ま~ 余談はここまでにして…蘭は君と同じ中学へ行こうと塾へ行く事にした」
「えっと…僕が誘ったわけじゃないですけど…」
「それは承知しているし、言いたいのはそこじゃない」
「蘭の家庭環境も一般的じゃないんだ」
「背景を知らない事が原因で誤解が生まれ、ふたりの関係に悪影響を及ぼさないように、少し蘭の事情を話しておきたかったんだ」
「どうかね、聞く勇気があるかな?」
蘭が俺と同じ中学を目指して塾に通い出したのに、俺が逃げる訳にはいかない。
そんな気分だった。
「え~と、もちろんです。ぜひ聞かせてください」
「うむ。蘭が有本姓を名乗っているのは、二重国籍だからだ。オーストラリアは出生地主義だから、オーストラリアで生まれた蘭は自動的にオーストラリア国籍を持っている」
「だが、蘭が生まれた一月後、父親のリック・ターナーが亡くなってしまったので、杏子は領事館に申請して蘭の日本国籍を取り、いずれは日本に帰国するつもりでいたんだ」
「ところがリックの同僚だったマイクは日本語ができない。日本製品を貿易している会社だから、リックの後をぜひ継いでほしいと頼まれ、最終的には会社を蘭に譲ってもいいと言う条件で、杏子はマイクのプロポーズをOKしたのさ」
「だけど蘭は、相続を条件に出して結婚したマイクが許せないだけじゃなく、どうやら蘭の態度によっては、その相続も取り止めると脅かしてもいるらしい」
「そうですか…そういうことなら私も言っておきたい事があります」
「なんだね」
「あの美術館の出来事から、母に対する思いが少しこみ上げて来て、父に頼んで探してもらったんです。そしてオーストラリアにいる事が分かって…インターネットでTV電話みたいに話をするところまで行ったんですけど、母のすぐ後ろに男性の姿が見えて、すぐ切っちゃったんです」
「ほ~そんな事があったのか…」
「あとで考えてみたら、自分と同じくらい寂しい思いをしているのかと、勝手に思い込んでたみたいです。なのに、その男性とものすごく幸せに暮らしています、みたいな笑顔を見て…」
また悲しみが胸にこみあげてきて、涙が出てしまっていた。
(落ち着け!こんな所で泣くな!)
「そうか…そんな事があったのか…」
息を整えないと…
「…まだ、母の事は吹っ切れていないみたいです。今でも泣くなんて…」
「いいんじゃないか…子供らしいところもあるんだと安心したよ。無理はするな」
なぜか『孫をたのむ』と言われてしまったけど、言う相手が違うんじゃない?
その日の夜、父の真似をして『友達ができた』と報告した。
「もしかして、女か?」
「おっさんじゃないんだから、『おんな』って言うな!」
「女も女の子も一緒だろ~ つまりはそういう事だろう?」
「どういう事だよ」
「いや、ファーストキスの相手…とか」
「なにを言ってるんだよ。純愛だよ、純愛。違うけど」
「ま~いい。…って、もしかして、同じ中学へ行くのか?」
「ん~ あっちがそうしたいみたいだけど、僕が誘ったわけじゃない」
「なるほど…急にオシャレになったと思ったが…助けが要る時はいつでも言うんだぞ」
「そうね、出来れば早めに紹介してくれるとうれしいんだけど…」
「え~と、駅前商店街に『憩』という喫茶店があって、そこが彼女の祖父の店で、裏手が自宅。だけど、両親はオーストラリアに居て、彼女だけが帰国して同じクラスになった」
「彼女も僕も、友達がいない、という縁で友達になった。と、こんな感じかな」
父も祖母も目が点になっている感じがする。
「それが純愛なのか?」
「いや、それはキスとかそういうのは無いと言いたかっただけ…」
あからさまにがっかりした様子のふたり。
父は冷蔵庫からロング缶とコップを持って来て、祖母と飲み始めた。