第7話 ともだち
「ん~ いまのところ友達はいらないんだけど…」
あ!顔が凍り付いている気がする…
「で、友達って、具体的には何をするの?」
少し表情が溶けてきた…
「そりゃ~ 助け合うのよ!いろいろと…」
「例えば?」
「そうね~~」
カウンターに座っていた老人が、先ほどからこちらの様子をチラチラと見ている事には気付いていたが、ついに席を立ってこちらに来た。
「元気だったかね?君」
そういえば、このベレー帽のお爺さんは、美術館の喫茶コーナーでジュースを奢ってくれた人だ。
「あっ、あの時はありがとうございました」
席を立って、お辞儀をした。
「いやいや、いいんだ。ただちょっと君に伝えたい事があってね」
そういって、カウンター席の横まで連れて行かれた。
何だろうと思ったら、俺の服装が以前会った時と同じだったので、もう少し服装に気をつけて、古くなったら新しい服を買うくらいしないと、彼女に嫌われるぞ、という注意だった。
そういえば、俺は気に入った服をずっと着続ける田舎男だ。
山寺では服装選びの基準は丈夫さだったし、見せる相手もいなかった。
それよりも、自分で服を買った記憶はなく、以前から有ったものでサイズに問題ないものと、祖母のくれた服しか持っていない。
結果的に、服装の種類は現在3パターンしかない。
「早速、助けてくれるかな?」
「なになに…」
「あのお爺さんは、ここの常連さん?」
「うん、うちのお爺さんのお友達で、ほとんど毎日来てるんじゃないかな~ 何か言われたの?」
「うん。もうちょっとオシャレしないと…ってね」
「あ~それね。石山くんダサイって言う子、いるね。いつも同じ服着てるって」
今までケチが原因だと思ってたけど、ダサかったのか~。
「知らなかったの?」
「うん」
「身長はいくつあるの?」
「ははは。165センチになった」
少し自慢したつもりだったのだが…
「その身長でランドセルって、似合わないよ」
「あ……」
「それも正直に言ってくれる友達がいなかったせいね」
「確かに…じゃあ、携帯のLINEのアドレス、交換してくれる?」
こうして父以外の初めての友達が出来た。
翌日から時々、有本さんから声が掛けられるようになった。
授業終わりに
「Stop by on your way home?(帰りに寄る)」
軽く頷いておく。
最近はデイトレードの売り時を逃すリスクを避けるため、5時限目の終わりにトイレで清算をしている。
学校からの帰り道は、鈴本、清水のいつもの前列2人組と、私と有本という後列の配置で歩いていた。
「それにしても確認ならLINEでいいんじゃないか?」
「ダメよ、ハーフってだけで除け者にするなら、わたしも英語できないなら相手にしないって事を宣言しておかないと悔しいでしょ?」
前列の2人が驚きの表情で振り向いた。
すかさず有本さんが
「Hello!」
「ㇵㇿ~」
ふたりは恥ずかしそうに挨拶を返し、前を向く。
「そういう所がダメなのよ。照れないで堂々と挨拶して!」
塾に行っているふたりが、この程度の英会話で戸惑うはずがない。
照れたのは英語じゃなく、有本さんと友達になるのか?という点だろう。
イギリス系美少女は、自分の破壊力を自覚していないようだ。
あとで説明してあげよう。
機嫌良く『ば~い』と言って塾に入ったふたりと別れ、俺と有本さんは喫茶店に。
前回と同じ席に陣取る。
今日は最初から笑顔のオーナー。
(おじさんをオーナーと呼ぶようにした)
「ホットコーヒーを!」
「私はレモンティーを!」
「この前はごちそうになったから、今日は俺が払うよ」
「えっ? 私は払ってないわよ?」
「えっ? ツケになってるの?」
「つけって何?」
カウンターの向こうを見ると、オーナーの誇張された笑顔があった。
「いや、ツケ払いと言って、お店に借りる形にしておいて、後で一括して払う決済方法だよ」
「ふ~~ん。石山くんって難しい日本語知っててすごいわね」
「いや、俺はクオーターだけど英語は話した事がない『にせものの外国人』さ。有本さんは本物のハーフで、英語も日本語もバリバリだから逆に尊敬するね」
オーナーさんがコーヒーとレモンティーを持って来て
「らんと一緒の時は、コーヒー代は店のおごりって事でいいんですよ」
「らんって…『私のことよ!』…だから昨日、伝票がなかったんですね。確認もせず帰ってしまって、すみませんでした」
「君は聞いていた通りの本当に礼儀正しい人ですね~」
「えっと、もしかして、ご友人の方から?」
「ふふふ、そうそう。彼は君のこと、気に入っているみたいですよ」
有本さんの自宅は、この店舗の裏側の戸建て住宅だそうだ。
元々、お母さんが小さい頃から住んでいた家でもある。
「ね~ 中学はどこへ行くつもりなの?」
「どこでもいいんだけど、条件はここから徒歩圏内。中高一貫校があるだろ?あそこなら20分くらいだし…」
「そ、そう…」
携帯で地図検索してるみたいだ。
携帯をのぞき込んで、指差した。
「ここ」
「あ~ ここか~」
「有名大学を目指してる訳じゃないし、父のように官僚になりたい訳じゃないし…見た目と中身が一致してないように、型にははまらない人生になりそうだな」
「ふ~~ん」
「君も自分自身の事が全然わかってないよね」
「何のこと?」
「鈴本くんと清水くんが、君の『Hello』に照れたのは、ハーフ美少女から友達に招待されたのか?っていう浮かれた気持ちだったんだよ。英会話に慣れてない訳ないじゃん」
「う、うそ…わたしが美少女?」
「見た目はね…」
「なんかその言い方だと、まるで残念美少女みたいじゃない」
「いや、そこまでは言ってないけど…君は言葉使いがきついのが玉にキズ…かな」
「その『君』っていう呼び方はやめて。『らん』でいいから」
「え~と、植物の蘭かな?」
「そうそう。その蘭」
「蘭がそれでいいならいいけど…」
「じゃ~わたしも『あきら』でいいよね?」