第4話 先取り学習
しばらくは株価を見る気が失せていた。
どうせ、値が戻るまでできる事がないからだ。
『先物取引の裁定が入り、値が崩れたのだろう』
そんな解説が理解できるほどに、僕の学習は進んでいたのだが、現実はもっと勉強になった。
本格的な冬になり、道場通いがおっくうになり始めた。
そこで、道場は週2回のコースに変更した。
急に身長も伸びたが、それでも平均より少し高い150㎝。
そして手持ちの株価は1700円台まで回復していた。
株の資産は280万ほど。
第一目標は300万だったので、もう少しおいておく事にした。
祖母の年賀状の宛名書きを手伝った時に、我ながら筆使いが異常なほど上手な事に驚き、かつ、祖母からのお年玉の金額にも驚いた。
ポチ袋がパンパンって…初めて見た。
昨年は6年生用の参考書全ての科目を終えたので、これから中学用の物に取り組むことになる。
中学からが本番と気合が入る。
難易度が上がれば、さすがに1冊とはいかない。
学年ごとに分かれた参考書の方が、分からない所を検索しやすい事もある。
また、1冊が分厚いよりも薄い方が達成感が味わえるというものだ。
インプットは参考書。
アウトプットは問題集だと父は言う。
なるほど、さすがに受験戦争を勝ち残ってきた官僚のいう事には一理ある。
そこで、参考書と問題集で父に良いと思うもの選んでもらう事にした。
『教科書で充分な科目もある』と父は言うが、先取り学習が俺のスタイルだ。
だからこそ、板書をそのまま写す事などしないし、先生の話も余裕で聞ける。
万一にも誤解されて、いじわるな質問をされても余裕で答えられる。
そして実は、英語力の研鑽として、離婚した母との会話も考えていた。
せっかく父との関係が良くなった今、隠し事で関係を壊したくないと思い、母との英語会話をしたいと申し出た。
父の話では、母はアメリカには戻らず、オーストラリアに行ったという。
そもそも家庭を顧みず、仕事に没頭した事が離婚の原因らしい。
つまり母は、ほどほどの仕事量で、そこそこの生活をするのが理想なのだそうだ。
現在の連絡先が不明なため、機会があれば母に話しをしてくれる事になった。
「会いたいか?」
「あ~ ごめん。あんまり覚えてないんだ」
小さい頃からあまりしゃべらない、無口な子供だったらしい。
しかも1歳を過ぎてからはヘルパーを雇い、母はあまり家にいない人だったらしい。
「父さん、もしかして、できちゃった婚?」
「ま~そうだけど……おまえ、そんな事どこで覚えたんだ…」
じ~~と俺の正体を見定めるように見る父。
「おまえ、健一兄さんの所へ行くまでは、パパ、ママと呼んでいたのにな…いつの間にか和風になって戻ってきたな」
「そうだったの?」
思い出そうとしても、以前の事は何も思い出せない。
祠の事件以来、本当に中身が変質したのは間違いなかった。
「母さんとの会話ではママと呼んだ方がいいかな?」
「うん、『おかあさん』は無いな」
「了解」
父とは仲良しになって、初めて友達ができたみたいな気持ちだ。
1月末の俺の誕生日に父が部屋にやってきた。
「すまん、ママとはまだ連絡が取れてないんだ」
「大丈夫だよ。あんまり覚えてないくらいだからね」
「そうか…これは誕生日祝いだ。あとで見てくれ」
「ありがとう。僕からはお願いがあるんだけど…」
一応、対外的には『僕』を使って、自分専用の口座と、その口座を使うクレジットカードが欲しくなったからだ。
「わかった。新しい口座とクレジットカードを用意するよ」
父がくれたのは大人の雑誌だった。
確かに精神的には大人なんだけど、まだ精通はしていない。
平均は13歳と言われていて、俺はやっと11歳になったばかりだから、特別遅いわけではない。
親にとって、子供の性教育はやっかいな物なのだろう。
でも、我が家は男同士だし、洗濯でさえ自分でやっているから手間は掛けていない。
祖母は元気なのだが
「寺では自分の物は、自分で洗濯していたから」
と言って断った。
正直、汚れのひどい靴下なんかは手洗いでないと落ちない。
でも、100円ショップの靴下を買った方が経済的なのだ。
3月の春休みになり、父から50万円入った銀行口座とキャッシュカードをもらった。
今までは父の口座から銀行振込で購入していたのだが、これで俺だけの専用口座で生活費を管理できる。
稼ぎの範囲でしか購入できないから、株取引の動機付けになるだろうし、海外留学の費用は自力で稼ぎたい。
最もうれしいのは、6年生になって更に背が伸びた事だ。
既に165㎝になり、並ぶ列は後ろの方になった。
クオーターのせいもあり、それなりのイケメンになってきた気がする。
朝5時半に起きて仏壇にお経を唱えてからスクワットを50回。
6時からは中学用参考書に取り組み、7時半に朝食。
8時にはマンションを出て、学校で携帯を使って為替相場と株価をチェック。
中国が資源を出し渋りしているため、手持ちの鉱山株が値上がりしている。
5000円付近まで来たら売るように指値注文をしている。
手持ちの株を現金化した後は、デイトレードを再開することになるだろう。
投資した100万円の株は800万円ほどに増えていた。