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似せ物師という業(ごう)

 

 

     *


「ロブおじさん。ひと休みして、一緒にお昼でも食べましょう?」


 ナイは料理の盛られた皿の載った盆を両手に、無作法ながらお尻を使って扉を押し開ける。武具屋の店の扉ではなく、裏から回った作業小屋の方だった。


 武具屋のロブの本業は鍛冶職人である。武器や鎧も作ることはできるが、こんな小さな村では鍋や釜の繕い、鋤や鍬の修理などが主な仕事で、せいぜい村の自警団が魔物討伐に使う長剣をまとめて焼き直す程度だった。


 しかしこの時期――夏祭り前――は、店は開いていてもほぼ休業中となる。

 明かりも灯さず締め切りの狭い小屋の中、炉の火は落とされ青白い炎と熱気を放つことはない。代わりに目に沁み、涙の出るような強烈な臭気がたち込めている。


 それは獣の、しかも魔物の臭いだった。


 武具屋のロブは薄暗い小屋の真ん中で、鍛冶で鍛え上げられた逞しい赤銅色の両腕を組み、黙ってあぐらをかいていた。禿頭からは湯気が出そうな熱気を感じる。


「これじゃあ、いくらなんでも身体に障るわ。空気を入れ替えましょう」


 咳き込みながら、ナイは鎧戸を開け放つ。


「……………………」


 日の光の下にあらわになる異様な物体を、ナイは黙って見上げた。

 まず、本体は巨大なドラゴン型の魔物だった。がに股の二対の手足に獰猛そうな鋭い爪が光っている。全身を大振りな硬い鱗に覆われ、長い尻尾と翼が生えていた。まだ作り途中なのか、胸の辺りの鱗の上に炭で丸く印がつけてある。


 しかし、本来の場所には頭がなかった。代わりに奇妙に長い首が数え切れないほどにょきにょきと生え、その先には異なるさまざまな魔物の頭がついていた。よく見れば、先日勇者が持ち込んだと思われるイノシシモドキやトカゲ型の魔物と思しき頭もあり、目の部分にはよく磨かれた石が嵌め込んであった。


 実際にはこんな姿をした魔物は存在せず、もし村の外で事情を知らない者に目撃されれば、王都から魔物狩りの騎士団が派遣されるような事態に陥るだろう。しかし、ナイはロブの深い情熱に感心こそすれ、毎年のことなので驚くことはない。


「どうだい、ナイちゃん。今年の出来は?」


 改心の出来とばかりに意気揚々と訊ねる、左目に眼帯を付けたロブに、


「ええっと……」


 ――これ、どうやって小屋の外に運び出すのかな。ナイは最初にそう思った。口には出さなかったが、小屋の入り口よりも明らかにに大きかったからである。

 頭がいっぱいあるからバランスが悪くてすごく運び辛そう、とも思ったが、


「カッコイイ……かな?」


 気を使ってそう答えると、ロブはたったひとつ残った右目を潤ませながら、


「いやー、ナイちゃんにもわかるかい、()()()()の素晴らしさが――」


 と言いながら満足げに頷くので、それでよしと思うことにした。

 夏が近付くと本来の武具屋業がおざなりになってしまうとしても、こちらの仕事もある意味、村人から望まれているものなのだ。


 武具屋のロブは鍛冶職人であると共に皮なめし職人の技術を持つ、コトリ村では唯一の似せ物師(にせものし)だったからだ。


 この村に限らず、夏祭りには古の勇者が魔王を封印する寸劇が付き物である。


 勇者役の役者は芝居がかった剣士の装束を身に着けるだけだが、千年前に封印された魔王の本当の姿を知るものは誰もいない。だから似せ物師と呼ばれる皮なめし職人の技術を持つ者達が自由に想像力を働かせ、本物の魔物の剥製を繋ぎ合わせさまざまな魔王の姿を作り、夏祭りを盛り上げているのだ。


 王都の夏祭りでは複数の似せ物師達が腕を競い合い、多種多様な魔王が往来を引き回されているそうだ。道具屋に立ち寄った行商人から聞いたことがあった。


 そして魔王の似せ物は寸劇に使われるだけでなく、家々を巡って魔の気を吸い取らせ、最後には燃やして魔を祓うという重要な役割も担っているのである。

 ナイも幼い頃は夏祭りのたびに魔王の似せ物を見ては泣きべそをかいた。泣き虫も魔王の似せ物に吸い取られ、強い子になるという言い伝えが残っているのだ。


「ずいぶんと首がたくさんあるのね。全部で何本あるの?」

「……今のところ七十……九……だな。今年は魔物の当たり年だから、最終的には九十九本になると思う」


 魔物の数が多いのは、魔王の目覚めを感じて魔物の活動が活発になっていることの現われだ。あまり望ましいことではないが、この似せ物師という人種にとっては魔物の集まりさえ良ければいいのだから、なにげに(ごう)の深い生業(なりわい)といえる。


「すごい。でもどうしてそんな中途半端な数なの? どうせなら切りよく、百本とかにすればいいのに」


 何気なく口にしたナイだったが、ロブは少し戸惑うように早口で、


「そいつは駄目だ。俺達似せ物師の間では、首の数は九十九本までと厳格に定められているんだ」

「どうして?」


 ナイが小首を傾げて訊ねると、ロブは獣臭がしみて血走っている右目を眇めてニヤリと笑った。


「……それは、百本になると、似せ物が本物の魔獣になっちまうからさ」

「また、冗談ばっかり。私もう、小さな子供じゃないのよ」


 ナイは曖昧に笑った。そんなことは、おとぎ話でも聞いたことがない。

 幼い頃、毎年夏祭りで魔王の似せ物を見ては怯えて泣いていたナイであったが、十七歳になった今でも恐がると思っていたら大間違いである。


 カゴを背負い、ひとりで野外に薬草採りへ赴くこともある。慎ましやかな胸の奥には、どこかの誰かへの不可思議な想いを抱えつつ、大人の女性への階段を登っている途中でもあった。もっとも、赤ん坊の時から見知っているロブからすれば、ナイはいつまで経っても泣きべそ姿の小さな女の子のままなのかもしれないが。


 


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