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女神の筋書き

 

 

「つきましては、村をあげてみなさんにご協力して頂かなくてはなりません」


 司祭が法衣の下からやおら取り出したのは、まるで数年来書き溜めた日記のように分厚い紙束だった。長椅子の端でこっくりこっくり船を漕いでいる村長に向かって、託宣からこれを書き起こすのに徹夜しましたよ、と言って司祭は照れくさそうに眼鏡のブリッジを押し上げた。もちろん聞いていない。


「託宣に従い、勇者にはこの村でこなしてもらわなければならない()()()()()()があります」


 勇者はこの村で情報を集め、北の祠へ向かってもらう。祠の奥にある迷宮を辿って辺りの魔物を仕切っているといわれている幹部級の魔物を倒し、魔王を封印する七つの宝珠のうちのひとつを手に入れなければならない――。

 そう続ける司祭の声を遮って、不意に村長が目覚めたかと思うと、


「北の祠に魔物が住み着いて、こりゃあどうしたものかと悩んでおったが、まさか勇者さまがお立ち寄り下さるとは。これぞまさしく女神の采配、ふぉっふぉっ」


 それだけ言ってまた眠り込んでしまった。代替わりした方が良いかもしれない。


「……また、情報の混乱を避けるため、決められた者以外は女神の筋書きに絡む情報を勇者に与えてはなりません。話し掛けられても、明日の天候や今年の作物の出来具合などの日常会話でしのいで下さい」


 手にした紙束を忙しく捲りながら、司祭は村人の中から女神の御手たる役割を与える者を次々と選んでいった。

 冒険初心者の心構え、基本的な武器の使い方、夜になると魔物が強くなるといった冒険者豆知識から、村の北に祠があること、北の祠に住む魔物が封印の宝珠のひとつを持っていること、魔王を封印するにはその宝珠を手に入れねばならないことなどの女神の筋書きに絡む重要な情報を、勇者に与える大切なお役目である。


 そのお役目には、比較的時間に余裕のあるものが選ばれた。

 なぜなら、勇者が声を掛けやすいように村の中で昼間からうろうろしている必要があるので、まったく仕事にならないからである。

 もちろん、道具屋のナイや武具屋のロブといった商売人はそのお役目に選ばれることはない。ナイの台詞は勇者に出会う前から『いらっしゃいませ』『売りますか、買いますか?』に決まっていた。


 何故だか、胸が苦しい。私だって、勇者さまのお役に立ちたいのに。何故かそう思ってしまう自分がいて、ナイは内心首を傾げた。


「ねぇ……どうしよう、シシィ」


 ナイは隣りに座す幼友達の袖をそっと引いて囁き掛けた。胸苦しさはともかく、なにせ村の入り口まで勇者と一緒に居て、魔物と派手に戦闘をやらかしている。司祭や村人に見咎められたのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。


 しかし、シシィは心ここにあらずといった風情で、いまひとつ反応が鈍かった。難しい顔をして宙を睨んでいたかと思うと、急にのぼせたように赤くなる。それでいて、ひと目を気にして辺りをせわしなく見回したりしているのだ。司祭の説法をありがたく聞くような性質でもない。あとで理由を聞いてみようとナイは思った。


「ど、どうしたのよ、ナイ?」

「私ね、さっき西から来た勇者さまを村へご案内したの……余計なこと喋っちゃったかも。一緒に戦闘に参加しちゃったし」


 うっすらと頬を染めるナイに気付いているのかいないのか、


「黙ってりゃ、バレやしないわよ。そんなことより、アンタ勇者に惚れたらダメよ。どうせ、村を出たら二度と戻って来やしないんだから。実はどこかの国の王子さまか何かだったりしたところで、わたしら村娘は、良くてもお妾さん止まりよ。まぁ、私は行きずりの男が良いって、常々思ってるんだけどねっ――」


 と、立て板に水とばかりの流暢な喋りでシシィは駄目押しをしたが、


「――って、ええっ? 勇者さまを村へご案内っ!?」


 内緒話のはずが、最後の方は大声になって立ち上がったので、壇上の司祭を始め周りの注目が集まってしまった。さすがのシシィも顔面蒼白で腰を下ろす。

 いや、この程度で恥ずかしがるような幼友達ではなかったはずだが、ナイが宥めるように背を擦ると小刻みに震えていた。一体何が、この気丈な幼友達を動揺させているのだろうか。ナイにはさっぱりわからなかった。


「えー、ゴホン。では、くれぐれも出過ぎた真似だけはしないように願います」


 あらためて村人一同は釘を刺され、それで非常呼集は解散となった。


「――ちっ、ちょっとシシィ、どうしたの?」


 司祭の言葉の余韻も消えぬうちに、シシィは教会の扉を蹴破らんばかりの勢いで猛然と外に飛び出していく。その様子を怪訝に思いながらも、ナイは人ごみを掻き分け、薄闇の中、幼友達のあとを追い掛けたのだった。


 


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