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武具屋のオヤジも一緒に

 

 

 そう多くもない村の住人達が取るものも取り敢えずといった格好で、教会の正面に配されたバラ窓の下にある重々しい両開きの扉に次々と吸い込まれていく。


 急ぎながらも人々が、シシィの(ひな)には稀な美貌と王都で流行りらしい襟ぐりの大きく開いた水色のドレスを見咎め振り返る。ナイは密かに羨望の眼差しで幼友達を眺めやった。たわわなお胸の上、四分の三ぐらいがはみ出てしまっている。寸法が間違っているわけではない。王都の流行りとはげに恐ろしき、とナイは思った。


 シシィのすんなりした手足や豊かなお胸の辺りを見るたびに、自分も一年したらああなれる……とは、とても思えなかった。恐らく人間の種類が違うのだ。そうなれる人と、そうなれない人。自分は多分、そうなれない方だ。間違いない。


 ナイの生成りのワンピースは、母親のお下がりをあちこち継いだ型の古いものだった。そもそも、流行りの服など身に纏ったとしても、胸元がスカスカで詰め物でもしなければずり落ちてしまうだろう――いや、考えるだけ無駄なことだ。自分の手には職がある。見栄えがぱっとしなくとも、生きていくのに支障はないはず。


「あら、いけない。忘れるところだった」


 教会へは向かわず取って返したナイは、隣にある武具屋の扉を叩いた。


「ロブおじさん、教会に行きましょう。司祭さまが急ぎのご用事よ?」


 しかし中から返事はない。もちろん、しかばねの訳でもない。痺れを切らしたシシィが、木製の扉を乱暴に蹴り付けた。木靴で中々良い音が鳴る。


「非常呼集だって言ってるでしょーっ! このクソオヤジがっ! ピッチピチの若い娘が二人も呼びに来てやってんだから、ありがたく出てこいっ……うわっ?」


 一瞬だけ開いた扉の隙間から何かが飛んできて、シシィの頬の辺りを掠めていった。素晴らしい身のこなしで避けたものの、シシィはたまらず尻餅をつく。地面から斜めに生えているのは、よく使い込まれた一振りのノミだった。


「ちょーっとぉ、ナイにでも当たったらどうすんのよっ!」


 尻餅をついたままのシシィが顔を真っ赤にして怒鳴ると、今度は細く開いた扉の隙間から禿頭にぎょろりと血走った片目だけが覗いて、


「ナイちゃんに、そんなモン投げるわけねーだろ」


 そう毒づいた。続いて、一転して同じ人物とは思えないような優しい声音で、


「悪りぃがナイちゃん。この乳臭い小娘と一緒に、司祭の話だけ聞いといてくんな。ちぃーっと、手が離せなくってな」


 そう言ってバタンと乱暴な音を立てて閉った扉は、二度と開くことはなかった。


「誰が乳臭い小娘ですってっ? 聞き捨てならないわねぇ、その台詞。私の信望者(かねづる)達が黙ってないわよ、このっ、お祭りバカっ!」


 腹立ちまぎれとばかりにもう一度、長く素敵なおみ足で武具屋の扉を蹴り上げてから、シシィは肩を怒らし教会に向かって猛然と歩き出す。


「ゴメンね、シシィ。この時期のロブおじさんは気が立っていて……許してあげて」

「なんでアンタが謝るのよ。放って置けばいいのよっ、あんなハゲ!」


 夏祭りまであと二週間、良くも悪くもだいぶ煮詰まっているに違いない。あとで様子を見にいこうと思いながら、ナイは慌ててシシィのあとについていった。

 

 

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