女神の筋書きに無いなんて!?
二人と一匹がコトリ村に駆け戻ってくると、村人や観光客達が広場を遠巻きにして戦況を見守っていた。人垣を押し退けつつ広場に足を踏み入れる。
広場の真ん中では剣士マシューと武具屋のロブ、そして剣だの槍だのを携えた村の自警団員達が、無数の長い首を揺らしながら舞台から降りてきた巨大なアンデッドキメラを取り巻き、決死の攻防を繰り広げて――というわけではなかった。
よくよく見れば、実際に戦闘に参加しているのはマシューとロブだけで、自警団員達は周囲で手を拱いているのが現状のようだ。確かに、状態異常をガンガン引き起こす魔獣など対処に苦しむ。それに、勇者に絡んだ女神の筋書きを乱す行動は慎むよう司祭にきつく言い含められている。敬虔な村人達の手には余る判断だろう。
「こんなことっ、私の……女神の託宣にないぞっ! どうなっているんだっ!?」
そう叫ぶ司祭は、少し離れた安全な場所で地に伏して頭を抱えている。せめて負傷者の治療を始めて欲しいと、ナイは切実に思った。
村に逗留していた他の冒険者達は、依頼のない仕事はしないとばかりに高みの見物を決め込んでいるようだ。遅れてきた勇者とやらのお手並み拝見というつもりなのかもしれないが、得体の知れない魔獣相手なら賢明な判断といえた。
ちなみに、遠方の冒険者ギルドを通さなくても、あとで話を付ければ討伐依頼自体は可能である。だが、依頼をする立場の司祭でさえあの通り現実から逃避してしまっている。村の最高権力者であるはずの村長は老齢で、自宅の夜具に包まってとっくの昔に夢の中だろう。自分達でやるしかないと、ナイは思った。
「――剣士さまっ、遅くなりましたっ!」
勇者が前列に、ナイが鉄槌を投げ捨て後方支援に入ると、
「ようやく来たかっ! 俺がひとりで倒しちまうところだったぜっ!」
そう言って振り返るマシューの顔は、真っ青で血の気がない。
マシューを職業的視覚で調べると、先ほどの勇者と同じようにいくつもの状態異常を引き起こしていた。ろくな準備もせずに、戦闘に突入せざるを得なかったからだろう。ロブに持たせた薬は、重傷者に使ってしまったのだろうか。
「剣士さまっ、これをお食べ下さい!」
ナイは少々惜しいと思いつつも、万能薬をマシューに手渡した。いずこからか、幼友達の食い入るような視線を感じたからである。
マシューはコレ不味いんだよなぁという表情をしながらも、
「ナイちゃん、ありがたいっ。奴らは首の数だけの、状態異常を引き起こす技を仕掛けてきやがるっ。まったく、けったくそが悪いったらないぜっ!」
あんなのとまともにやり合うには、女神の恩寵あらたかな癒し手か万能薬をしこたま用意するか、状態異常を無効化する魔術を付加された鎧でも着てなきゃ無理だ――器用にもそう言いながら、マシューが首のひとつに切り掛かる。
長剣で半ばまで斬り込んだが、すぐさま覆い隠すように他の首が前に来てしまうので、次のターンで切り落とすことは出来そうもない。ただ、アンデッドと言うだけあって、ぱっくり開いた傷が治る気配が無いことだけは確かなようだ。
「奴らの弱点って……」
ナイは職業的視覚でアンデッドキメラを視てみた。すると、ありったけの魔物の情報がいっぺんに目の前に押し寄せてきたので、反射的に閉じてしまう。
かろうじて読み取ったのは、アンデッドキメラであるだけに、体力がまったく無いというぐらいだ。体力の減らない魔獣から、一体なにを奪えばいいのだろう。
「なにこれ……ロブおじさん、奴らを視てみた?」
同じ職業的視覚を持つはずのロブは、手斧を抱えたまま静かに首を振る。視ていないのだ。ナイは何となくロブの態度に違和感を覚えた。
「……奴らの頭は九十九個。全て別の魔物の身体を繋ぎ合わせてあるんだ。おまけに生きてるわけじゃあねぇから、一撃で首を切り落としちまうほか、ねぇ」
「そんな!」
ナイは思わずロブの横顔を見詰める。首が百本に満たないのに、似せ物が魔獣と化したということだろうか。しかし、ロブはナイの視線に気付かぬ素振りで、淡々と手斧を振り上げ、アンデッドキメラに挑み掛かっていく。
自分達になにか都合の悪いことを、ロブが隠しているような気がした。
「九十九本っ! 切り落とすっつったって、朝まで掛かっちまうよっ!」
そう叫んだマシューの向こうで、果敢にも首のひとつに切り掛かった勇者が石化の光線を浴びて人知れず固まり始めていた。ナイは慌てて駆け寄り、半開きの口に丸薬を押し込んだ。大丈夫、カチンコチンになってなければ、まだなんとかなる。
――九十九個の頭は、ありとあらゆる状態異常を引き起こす。
それがなにを意味するのか。戦いが長引く予感に、ナイは背筋が冷たくなった。
アンデットである以上、夜が明けることでダメージを与えられる可能性はある。だが、丸薬は朝までもたないだろう。冒険者にも薬いらずの癒し手が存在するらしいが、現時点で冒険者達の中から協力者が出ない以上、どうしようもなかった。