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勇者さまは間が悪い

 

 

 村は明後日から三日三晩続く夏祭りの準備に活気付いていた。

 大通りを行き交う村人は誰もせわしなく、早くも広場の中央には集まった自警団員の手により、寸劇用の舞台が設えられつつある。自警団と言っても魔物討伐や村の周りを囲う石塀の修理だけではなく、村の行事には総出で駆り出されるのだ。


 自警団はかつて、青年団と呼ばれていた。だが若い男は成人すると、金払いの良い冒険者を目指して領都や王都に出て行ってしまう。結果的に、村に残っている男は年寄りか、身体を壊して帰ってきた元冒険者のみとなった。よって、実情に合わせて自警団と呼び名を変えたのだ。名称が変わっても必要な仕事は同じだった。


 ちなみに武具屋のロブは元冒険者の腕を買われて自警団の顧問を拝命していたが、似せ物を作っている期間はまったく役に立たない。


 村の大通りで勇者と大猫の姿を目にとめ、ナイは思わず民家の影に隠れた。

 夏祭りの料理に使うカゴ一杯の野菜を一緒に運んでいたシシィが、どうしたのよとばかりに肘で小突く。


「…………」


 半分だけ顔を覗かせ、ナイは勇者の様子を窺った。

 勇者はそれまでの古びた皮鎧ではなく、鉄の鎧をまとっている。それだけではなく、鉄の兜に鉄の剣、その上亀の甲羅のような鉄の盾まで背負っているのだ。


 村の中で全て身に付けているのもどうかと思ったが、単純に新しい装備が嬉しいだけなのかもしれない。それらはナイの後押しによる成果だが、勇者が嬉しそうだとナイも嬉しい。ただ、率直に言って、とても重くて暑そうではあった。


 夏祭りが近付いたこともあるが、勇者がある程度とはいえ強くなり懐も潤ったようなので、ナイは護衛の契約を円満解消した。


 勇者のお世話にかまけて、夏祭りのことなどすっかり忘れていたナイだった。

 それでも、衣装箱の奥から母親の形見の晴れ着を引っ張り出して虫に食われていないかを確認し、武具屋のロブが衰弱していないか食事を持って様子を見にいくなど、勇者の面倒をみていなくても、なにかと慌しい日常を送っていた。


 その日も午前中は自宅で薬草を煎じ、午後からは夏祭りの料理の仕込みの為に、食堂も兼ねている酒場へ手伝いに行くところだった。


「あの、すいません……」


 勇者は足早に立ち去ろうとする村人を呼び止めては、何事か問い掛ける。

 女神の筋書きへと至る情報を探しているに違いない。魔物を倒してレベルを上げ、お金を貯めて装備を整え、そして北の祠に潜む魔物の情報を得る――。

 筋書き通りの手順を踏んでいるのは、女神の御手があちこちから差し出され勇者を導いているのだろう。結果的に、勝手に手伝ってしまっているナイはともかく。


 しかし、司祭に女神の御手たる役目を与えられた人々は比較的わかりやすい場所にいるはずだが、夏祭りも近くなってはそうそう、勇者に関わっている暇もないらしい。ちょうど有益な情報を持つ役目の村人とすれ違っても声を掛け損なう勇者の間の悪さを、ナイは板壁に齧り付きたいような気持ちで見詰めていた。


「死ぬほど勘が悪いわねぇ。アンタがいくらお尻叩いたって、そのうちに挫折しちゃうんじゃないの?」


 沈黙したナイに、シシィは酒場で聞いたという話を語って聞かせる。


「知ってた? 勇者さまって、テンセイシャかもしれないんだって」

「テンセイシャ? 前世の記憶があるっていう、酒場で女の子の気を引く時に男の人達が使ってくる、話半分で聞かないといけないアレ?」

「そうそう。しかもこの世界じゃなくて、別の世界で生きていた、本物の前世の記憶があるらしいわよ――って、いったい誰が、アンタにそんな下世話な話を聞かせたのよ。酒場常連のじいさま達? それとも『酒場の剣士』さま?」

「定期的に店に来る、行商人のおじさん達とか?」

「まったくもー。アンタはそんなこと知らなくていいのよ、ナイ」


 そう言って、ナイの亜麻色の頭をぐりぐりと撫で回す。武具屋のロブに負けず劣らず、シシィもナイに対して過保護傾向にあった。年はひとつしか離れていない。


 こう見えてもシシィは、酔客相手の聞き役に徹しているので情報通だった。

 おまけに勇者が酒場で一言漏らせば、あっという間に村全体に広がってしまう。田舎あるあるだった。

 ――勇者さま、いくら旅の恥は掻き捨てとは言っても、あまり自分のことを軽々しく話さない方がいいのではないかしらと、ナイは人事ひとごとながら心配した。


「勇者さまは本物のテンセイシャ……ってこと?」

「テンセイシャって、ちょっと押しが弱いっていうか、心に脆いところがあるんだって。だから、あの駆け出し勇者さま、挫折したら田舎に帰っちゃうかもね」

「かっ、帰っちゃうの!?」

「やだ、それは私の想像よ。でも、わざわざお役目持ちで待ってる連中でさえ、勘が悪くて捕まえられないんだもの。あながち間違ってないと思うわ」


 シシィの声にはまるで、神託を告げる巫女姫のように奇妙な説得力があった。


「ゆっ、勇者さまは大丈夫よ。だってだって……勇者さまだし」


 ナイは意味のない言葉を繰り返してしまい口ごもる。北の荒れ野で熱に浮かされた勇者は、確かそんな危うい感じのことを口走っていなかっただろうか。


 ――僕は取るにならない人間で、誰からも必要とされていないんだ……。


 勇者に限って、挫折などあり得ないとナイは思った。

 クロちゃんと一緒に、あんなに一生懸命闘ってきたのだから。

 でも、万が一田舎に帰るのなら、それはそれでいいのかもしれないとも、思ってしまう。この先、魔物との戦いがどんどん激しくなるだろうし、今、田舎に戻れば、少なくとも勇者の命だけは助かるのだから――。


 けれど、逃げ帰ってしまったとしたら、勇者としての矜持はどうなるんだろう。勇者の子供みたいなキラキラした心は、そのまま光を放っていられるのだろうか。


「そういえば父さんが、薬が切れそうだから持ってきて欲しいって」

「……わかった。あとで用意するね」


 ナイは慎ましい胸の奥に去来する不安を無理やり掻き消した。

 そして、文句を言うシシィを宥めながら、勇者に見付らないようわざわざ遠回りして、酒場の裏口から野菜を運び込んだのだった。


 


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