表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

(1)

 ここはマントル王国ユルイノ男爵領にあるホテルの一室、私は物思いにふけっている。

 私と彼は赤い糸で結ばれている。これが運命というものね。この広い世界にはたくさんの男がいるのに彼を選んだ私は砂の中からダイヤモンドを拾ったようなものだわ。父はフルゲル・クロード、母はイニヤス・クロードよ。そして私の名はミリア・ロレンヌ、もちろん偽名よ。本名は、ふふ、今は言えないわ。家出をしてから1週間たった。明日は結婚式よ。肌が荒れるから早く寝ないといけないのだけど、今日は眠れそうにないわ。でもいいの。少々荒れても一生に一度のことだから明日まで起きてるわ。明日結婚するのはユルイノ男爵の二男ジャン・ユルイノよ。弱冠18歳だけど私を世界で一番愛していると言ってくれた。老婆は私が(だま)されていると言ったけどそんなことをする人ではないわ。

 そう、あのときの会話は一生忘れないわ。


『もし私が嘘をついて伯爵令嬢でなかったらどうするの?』

『君の身分がたとえ奴隷であろうと孤児であろうと構わない。君は一人っ子だから僕が伯爵になる可能性があるが、男爵から伯爵になりたいわけではない。僕はそんな軽い男ではない。僕は君の身分が好きになったのではないんだ。ミリアという人を好きになったんだ。』


 これだけのことを言ってくれる男は今までいなかったわ。みんなにわけてあげたいわ。わたしの『し・あ・わ・せ』。


 ◆フルゲルとイニヤス◆

「あなた!今日きっとあの子家出するわよ」

「なぜ?そんなことがわかる?」

「あなたがノータリンだからわからないのよ」

「どうしょうか?困ったな!」

「心配しなくても手は打ってあるわ。それよりせっかくあの子に近づく毛虫は廃除してきたのに、あなたがコシギン公爵とつまらない約束をするから結婚相手を早く探さないと『デブ・チビ・ハゲ』男に獲られるわよ」

「イニヤス、僕どうしよう」

「ほんとうに情けない人よね。もしそうなったら私が始末するわ。でも心配しなくてもいいわよ。いい子を見つけたから」


 ここに来るのに馬車で1週間もかけたのよ。お客は二人だけだったわ。でもジャンではないの。ジャンは先に帰って結婚式の準備をするのよ。もう一人の客が男前であれば無理にジャンでなくてもいいのだけど、老婆なのよね。しかもよく喋るのよ。いつのまにか私のことは偽名のこと以外はほぼ全部話してしまったわ。とにかく誘導するのがうまいのよ。私のことを何もかも知り尽くしてるみたい。


 ◆老婆との出会い◆

 ジャンが『先に領地に帰って結婚式の準備をしておくから、後から来て欲しい』と言ったから貴族学校から家に帰らないでそのままユルイノ男爵領に行くことにした。

 私は世間知らずでした。馬車に乗るにはお金がいるらしいのです。私はお金など払ったことがなかった。それにジャンの領地までは1週間もかかるんだって。


「あーーーーーバカバカ。馬車ステーションでユルイノ領までタダで乗せて欲しいと丁寧に頼んだのだけど『おととい来やがれ!!』と怒られた。もう少し言い方があると思うのだけど。それに女の子一人くらい無料でもいいと思わない?

 途方に暮れて馬車ステーションの片隅で座っていると、老婆が声をかけてくれた。


「お嬢さん!何かお困りかい?」

「はい、誰も馬車に乗せてくれないのです。(ひど)いと思いませんか?」

「お金はもっているのかい?」

「いいえ。これまでお金はあまり必要としなかったので持ってません。かよわい女の子くらいユルイノ男爵領までタダで送って欲しいと一生懸命お願いしました。でもこのあたりの人は不親切でした」

「それはあんたが悪い。お金を稼ぐために働いてるのに、1週間もお金を払わずに乗せて貰おうなんて、そりゃあ怒られるよ」

「そうなんですか?」

「私はこれからユルイノ男爵領に商談に行くから、世の中のことを学ぶといい、乗せて上げるから乗りな!」

「ありがとうございます」

「お礼は言えるんだな」

「それぐらいは知ってますよ」

「そうかい。で、着替えと宿泊先は用意できてるかい?」

「いいえ?そんなもの必要ですか?」

「バカだねえ。野宿するつもりかい。夜盗に襲われて奴隷市場に売られるよ。それに1週間もそのままの服装だったら臭くて敵わないよ。全部私が用意してあげよう」

「すみません」

「そのかわり1週間私の元で世の中のことを学びな!」

「はい」


 老婆は厳しかった。お金の稼ぎ方や身分制度のこと、ときには裏町を見せてくれた。孤児とか奴隷いう言葉は知っていたが、こんなに厳しい環境だとは知らなかった。私とさほど変わらない子が一人で生きていた。

 ジャンのことについては『騙されて世の中を知る方がいい。一度(つまず)かないとね』と優しく言ってくれた。


『ジャンは違うわよ』と、言いたかったが、馬車に乗せて貰っているから、はいはい、と上の空で聞いていた。


 老婆は『まあ苦労しな!ちょっと世間を見ただけでは気づかないのもしょうがないね。一度血を吐くほどの苦痛を味わうがいい』と怖いことを言った。

 ジャンがなんとかしてくれるからいいのよ。



「コンコン」

「お客様、ジャン様からお手紙が届いております」

「まあ、こんな夜遅くに速達?」


 ドアを開けるとホテルの支配人と名乗る女性が手紙を渡してくれた。


「あら、中味だけ?」

「その手紙は手渡しでいただいたものです。封はされてませんでした」

(だが支配人と名乗る女性が後ろに回した右手には『離縁状』と書いてある封筒が握りしめられていた)

「こんな夜遅くにわざわざ持参していただいたのに、変なこと言ってごめんなさい」

「いいえ、お渡しできて安心しました」


「明日の結婚式で何か用意することがあるのかしら。だったら直接ここに来ればいいのに。きっと恥ずかしいのね」


 明日のことだったら急がないといけないわ。お風呂に入ろうと思ったけど、先に読むことにするわ。

 手紙は大きな字でたった五行だった。


『婚約破棄通知 

 ミリア・ロレンヌ 殿

 伯爵の子だと嘘をついたな。伯爵の家族名簿にお前の名前はなかったぞ。

 このくそ女。俺に伯爵になれる夢を見せやがて、死にやがれ。二度と来るな。

 ジャン・ユルイノより』


 どういうこと?


「確かに私は伯爵の子ではないわ。でも、あなたは私が奴隷であっても孤児でもいいと言ったじゃないの。少なくとも私は奴隷でも孤児でもない。父も母もいるわ。女の子のちょっとしたかわいい嘘じゃないのよ!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ