二人のお話(後)
何年も前に訪れた部屋の前にクリストファーが到着した時、彼は・・・立ちすくんでしまった。
何て言ったらいいのだろう?
あの手紙には、どう返事をしたらいいのだろう?
(ここまで来て、自分は一体何を言って るんだ?!)
何しろノックを、と右手を上げた所・・・扉が内側から開いた。
拍子抜けしたクリストファーが、少し視線を下げると・・・
「・・・鳥達が・・・その・・・騒いでおりまして」
ジェーンだった。
「・・・やっと、クリストファー様が・・・いらっしゃったと・・・」
そう言って、ジェーンは一歩下がった。彼を部屋に入れてくれるのだ。
クリストファーは唾を飲み込み、ジェーンの私室に踏み入れた。
そして、ジェーンに向き直ると、彼は言った。
「ジェーン・・・嬢」
(だーっ、何だ、この謎の距離感は?!)
「その・・・お早う」
「あ、お・・・お早うございます、クリストファー様」
ジェーンは少し困った顔をしている。
それは、そうだろう。こんな朝っぱらから客を迎え入れなくてはいけなくなったのだ。
しかも、その肝心な客が、何も話せそうにない。
クリストファーは、一度深呼吸をした。
「ジェーン・・・格好悪い話を少し、してもいいだろうか」
* ~ * ~ *
何から伝えればいいのだろう。自分から少し距離を置いて立っているクリストファーを見ながら、ジェーンは考えていた。
まさか、彼が会いに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。
それでも、言わなくてはいけない事は山ほどあった。
「その、クリストファー様・・・」
「ジェーン」
言い終える前に、クリストファーは彼女の言葉を遮った。
「君からの手紙を、読んだんだ」
「あ・・・そうでしたか」
(やっぱり、そうですよね・・・?!)
「その・・・あれは君の・・・本心、なのかな?」
「?!」
ジェーンは紅潮した。
そうだ。言いたい事、手紙で書いた事、クリストファーから聞きたい事。全てが頭の中でごちゃ混ぜになっている。
「私は・・・」
ジェーンは決心した。そして、クリストファーを見上げた。
「私は、あの絵の様に・・・クリストファー様とこれからもご一緒に・・・歩んで行ければと・・・」
クリストファーが息を呑んだ。
「ですが、その・・・やはり、もう遅いのではないかと・・・」
「遅くはない!」
クリストファーは、思わず叫んでいた。
「全然、遅くない!って言うか、本当は僕がもっと早くに言うべきだったんだ!それをこんなにも、こんな風に・・・先延ばしにしてしまった」
ジェーンはクリストファーの焦った表情を見て、何と言っていいか分からなかった。
「私の方こそ、その・・・こんなにも時間がかかってしまって・・・」
そうなのだ。元はと言えば、パズル一つにこんなにも手こずっていた自分がいけないのだ。
さっさと終わらせて、クリストファーの気持ちに気付いて、そして彼が言った通り、会いたくなったら会いに行けばよかったのだ。
それをしなかったのは、自分だ。
クリストファーは、以前からジェーンより背が高かった。だが、今彼は前よりもっともっと背が伸びていた。
四年間は、こんなにも人を成長させるのだろうか。
自分は——自分も、前と比べて、成長しているのだろうか。
「私・・・いつも自信がなかったんです。クリストファー様の隣にいて、ここに自分がいていいのか、って・・・なんの取り柄もなくて、こんな顔してるし、全然釣り合わなくて・・・」
クリストファーは、思わず手を伸ばしてしまった。
「パズルだって、こんなに時間がかかってしまって・・・!」
ジェーンが叫んだ。
それを聞いて、クリストファーは思わず吹き出してしまった。
「?!」
ジェーンが真っ赤になると、クリストファーは首を横に振りながら、片手を上げた。
「あ、ごめん、笑ったのは・・・その、違うんだ。君が・・・って、パズル、前からやってくれてたの?」「はい、その・・・四年前に、頂いた時から・・・」
「四年前から?!」
ジェーンは耳まで赤くなった。
(そうですよね?! 普通そう思いますよね?! あまりにもノロすぎですよね?!?!)
明らかに焦りながら、クリストファーはフォローを入れてくれる。
「いや、そうではなくて! 嬉しいよ!そう、嬉しいんだ!」
ジェーンは溜め息をついた。
「私、本当はパズルが苦手で・・・この絵も、どんどん変わっていってしまって・・・時間ができた時に、と進めていても、全然できなくて・・・本当に、すみません・・・」
泣きたかった。そして、できれば穴に入りたかった。
「でも! 私、完成した絵を見て、絵の中の二人と、二人が子供から大人に成長して行くのを見て・・・子供達も・・・増えて行くのが分かって・・・」
そうなのだ。クリストファーが創り出した絵は・・・彼が望んだ、ジェーンとの未来像だった。
花畑を散歩する女性と男性。そして、一人、二人、三人の子供。
「ずっと、お慕いしていました、クリストファー様」
クリストファーが、目を見開いた。
「好きです。今でも、変わっていません」
ジェーンは、震える声を絞り出した。
「クリストファー様は、私を・・・私でも・・・」
「ジェーン、僕は・・・」
「・・・結婚、して下さいませんか」
「へ?」
(今、何て言った?!)
「ごめんなさい、私、いつも不安で・・・クリストファー様が私の事をどう思っているかなんて分からなくて・・・でも、いつも私の事を真っ直ぐに見てくれていたクリストファー様が、好きなんです」
「僕も・・・!」
「でも、距離を置こうって言われて、あぁ、そうなのか、って思って・・・」
グサリ、と見えない刃物がクリストファーの胸に突き刺さった気がした。
そうだ、自分がした事は、こんなにも彼女を苦しめたのだ。
「違うんだ、ジェーン」
ここからは、自分が言わなければいけない。
婚約の計画がなかったのは、自分自身が怖かったから。自分がまだ子供で、未熟だったから。
仕方ないと言えば、そうだったのかもしれない。
それでも、大切な人を傷付けるのは、許されない事だ。
「僕が、怖かったんだ。君が僕の事をどう思っているのか知るのが怖くて・・・こんなひどい事をした」
クリストファーは一歩前に出て、ジェーンの目を真っ直ぐ見た。
「僕と、結婚してくれませんか」
* ~ * ~ *
ジェーンの両親が二人で朝食を取っている所に、ジェーンとクリストファーが二階から降りてきた。
クリストファーが来ていると知らなかった父親は、妻のジョセフィーヌと執事長のスペンサーの顔を交互に見ながら、目を白黒させていた。
「お食事中、失礼致します」
クリストファーは改まって言った。
「この度、お嬢様との結婚を、お許し頂けないでしょうか」
それを聞いたジェーンの父は、音を立てて椅子から立ち上がった。その拍子にテーブルの上にあったオレンジジュースのグラスが倒れてしまった。
「まぁ、貴方ったら!」
「エドワード様!」
それからは、久しぶりの挨拶や、結婚の許し等で、一際盛り上がった。
そしてその晩は、二方の家族が一緒になって、早速式について話し合ったとか。
結婚は、クリストファーが騎士団での研修を終えてから。ジェーンも、研究院での勉強を終え、見習いの獣医としての仕事を始める前に。
まだ少し先の話だが、焦る必要はない。
何せ・・・
「今度、逢瀬に行かないか?」
「え?」
「ほら、ここ数年間、全然会ってなかったから。久しぶりに逢瀬に行こう」
「・・・久しぶり?」
ジェーンは首を傾げた。
「私達、逢瀬に行った事、ありましたっけ?」
クリストファーは、空いた口が塞がらなかった。ジェーンはそんな彼を、不思議な顔で見つめ返していた。
二人の両親は・・・聞いて聞かぬふりをしていた。
まぁ、とりあえず——
幼馴染の騎士と獣医は、保留にしていた婚約をやっと決めたのだった。
終
お読み頂き、ありがとうございます。
次は、「只今婚約中」編・・・なんて。