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クリストファーのお話(後)

 

 だが、しかし。


 成績優秀な人間しか入ろうと思わない研究学院。その中でも、難関と言われる医学部・・・中等部の頃からお世辞でも成績がいいとは言えなかったクリストファーがそれを聞いた時、自分の実力のなさに対する羞恥心と、ジェーンが遠くへ行ってしまうと言う焦燥感に駆られた。


 いくら親がワイワイと騒いでいても、正式に婚約が発表された訳ではない。

 家族ぐるみの付き合いの中、夕食の場で酒が入りすぎた父親達が何度も「早く孫の顔を見せろ〜!」と歌い始めても、当本人達の間ではまだそんな進展はなかった。

 確かに、他の男女と比べれば、二人で過ごす時間は長かった筈。

 そして、学校生活が忙しい中、まるで逢瀬の様な外出もしなかった訳ではない。(ただ、逢瀬だと思いたかったのは、クリストファーだけだったのかもしれないが。)

 もう十年以上親しくはしてきたが、肝心なクリストファーとジェーンは、お互いの気持ちについて明確に話し合った事はなかった。

 そしてクリストファー自身も余りにも幼く、自分の気持ちに気づいてはいなかった。

 その曖昧な、付かず離れずの状態で、ジェーンはクリストファーの周りからいなくなってしまうと言うのか。


(このままだと、ヤバい)


 その頃まだ十四歳だったクリストファーは、どうしたらいいか、一生懸命考えざるを得なくなった。

 そう、勉強する事も、試行錯誤する事も苦手な、あの彼が。


 同じ高等学校に通っていても、ジェーンが卒業すれば離れ離れになってしまう。

 その行った先で、ジェーンが誰かを好きになってしまったら、どうしよう?

 自分より頭が良くて、もっとハンサムな人に出会ってしまったら?

 そもそも、今の時点でジェーンは自分の事をどう想っているのだろう?


(俺は、こんなにもジェーンの事が好きなんだ)


 クリストファーはやっとそれを理解した。

 同時に、彼にはジェーンが急に、とてつもなく遠い存在に想え始めた。


(どうするどうするどうする)


 クリストファーは考えた。

 大した才能もなく、自慢できる取り柄もない自分に、何ができる?

 こんな自分を、彼女に好きになって貰えるのか?

 好きだと伝えられるのか? 伝えてもいいのか?


(いや、駄目だろ・・・)


 でも、だったら、何ができる。


 ジェーンに「好き」と伝えるのは、怖くてできなかった。彼女がどう反応するのか、わからなかった。幼馴染で、仲が悪い訳では決してなかったが、それが「恋」だと思っているのは、クリストファーだけかもしれないのだ。

 気持ちを伝えて、気まずくなるのは全く望ましくない。今後も絶対と言っていいほど家族同士の付き合いがあるのだ。妙な展開はジェーンに対しても無神経だ。


(だったら、何が・・・)


 出来る事は、ただ一つ。


 クリストファーは、勉強が苦手な上、魔力を使う事にも自信がなかった。

 そんな彼が出来る、たった一つの魔術は・・・


「モノ」の外見を変える事だった。


 洋服の色を変えたり、紙に描いてある模様を変えたり。大きい物や、細かい物を変えるのには無理があったが、努力すれば、限度はあってもそれなりに様々な物の見た目を変えることはできた。(人間の容姿を変える事は決してできないが。)


 そして、頭脳を使うゲームは全然ダメなクリストファーも、好んでする娯楽が一つあった。

 ジグソーパズルだ。

 子供の頃、両親に誕生日のプレゼントとしていつか一つ買ってもらってから、いくつもの種類のパズルを集めてきた。

 そしてそれは、彼の魔力で自由自在に変化させる事ができた。楽しみは無限だ。


 更に、パズルは社交や会話を苦手とするジェーンがクリストファーと時間を過ごす時にする主な遊びでもあった。

 ジェーン自身がパズルのピースをはめる事はあまりなかったが、少なくとも、パズルが生み出す絵を眺めているのは、彼女は好きなようにクリストファーには想えた。


 ただ、いい年してパズルが好きな青年でいると言うのも、クリストファーには気が引けた。あまりにも子供っぽく、カッコ悪い。

 もちろん、心優しいジェーンは、彼に対してそんな考えを持っていると言う素振りを見せた事はなかった。

 ただただ彼の近くに座り、静かにテーブルの上に出来上がっていくパズルを観ていた。僅かに微笑みながら。


 そうだ、彼に出来る事は一つしかなかった。それも、一ヶ月近く、一生懸命考えてから、実行に移す事に決めた。


 クリストファーは、欲が深い訳ではなかった。ただ、ジェーンの側にいたいだけ。ジェーンに自分の側にいてもらいたいだけ。そして偶に、二人で座ってジグソーパズルをする。

 たったのそれだけだ。


 だから彼は、新しいパズルを一つ買い求めた。そして帰宅してから小一時間でパズルを完成させると、出来上がった絵を自分の魔力で変えた。

 それも、ただの魔術ではない。パズルの絵は、時間が経つにつれて、少しずつ変化していくーークリストファーにしては、骨が折れる程繊細な魔術であった。


 そして彼は、もう一度そのパズルを崩し、全てのピースを元の木箱に入れ直した。


 * ~ * ~ *


 次の晩、キングストン夫妻がジェーンを連れて、マシューズ家に夕食を一緒に取りにやって来た。

 食卓に着く前に、クリストファーはいつもの様に図書室でジェーンと話していた。

 彼は緊張で汗だくだった。


「ジェーン」

 パズルの木箱を後ろ手に持ち、クリストファーはジェーンに向かって言った。

「もうすぐ君の卒業式だし、その為の準備できっと君は忙しくなるだろう? だから、もうあまり僕と時間を過ごさない方が良いと思うんだ」


 話しながらも、彼の口の内はどんどん乾いて行った。


「でも、会えなくなる前に、これを君に渡したかったんだ。気が向いたら、やってみてよ」

 そう言って、彼はパズルの箱をジェーンの方に差し出した。


 窓際の本棚の側に立っていたジェーンは、差し出された木箱とクリストファーの顔を交互に見つめた。


「クリストファー様・・・?」

 彼女の表情が一瞬曇った。でも、それにクリストファーは気付かなかった。それどころではなかった。


「今まで随分二人で時間を費やしてしまったね。君は忙しいのに、本当に申し訳なかった。でも、もし暇ができて、僕に会いたくなったら、いつでも言ってくれよ」


 彼女の顔を眼の裏に焼き付ける程、彼は彼女を見つめていた。


「だから、ジェーン。少しの間、距離を置こう」


 * ~ * ~ *


 それが四年前だった。

 それ以来、クリストファーはジェーンと一切話していない。

 会おうという努力がなければ、これ程にも接点がないのかと、クリストファーは気が遠くなっていた。


 ジェーンが卒業して医学部に進んでからは、彼女がマシューズ家を訪れる事は無くなった。

 クリストファーも騎士団に入団してからは、兵舎に住む事になり、キングストン家の人達に会う事も随分と減った。


 送ったジグソーパズルは、やはり開けられる事はなかったのだろうか。

 彼女はパズルが創り出す絵を観なかったのだろうか。

 彼の想いは、届かなかったのだろうか。


 そう悶々としながら時間だけが過ぎて行った。

 そして——


 騎士団から兵舎にクリストファーが帰宅したある晩。

 自室に入るなり、部屋の隅のテーブルの上に置かれたそれが目に入った。


 以前ジェーンに送ったジグソーパズルの木箱だった。


 送り返された。こんな所にまで。

 パズルすら受け取って貰えなかったのか?

 そんなにも彼女にとって、クリストファーの存在は必要とされない物だったのだろうか。


 クリストファーはやっと理解できた。

 そして、一つ大きな溜息を吐いた。

 好きなのは彼だけだった。そして今も彼は、彼女の事が好きなのだ。


次回はジェーンのお話になります。

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