001 女が嫌い
吐き気がする。
あぁ、今日もダメだ。ダメだった。知っていた。
マスク越しに吸いこんでも――マスクで濾して吸いこんでも、体に入った空気は、そのままの、人間が吐いた空気だと感じてしまう。
まぁ、着用しているマスクにそんな空気を濾過する機能はないのだから当然で、これはマスクが悪いわけではない。現代の科学力の至らなさが悪いわけではない。
すべては、息を吐く人間が悪いのだ。
「ど、どうしました? 大鳳さん……?」
立ちあがったオレに、『竹取物語』の古文を読みあげていた――教室一番手前、教卓で、教科書に目を落としていた古典の女性教師が気づいて訊ねる。
「〝気分が悪いので帰ります〟」
オレは彼女に視線を送ることなく、簡潔な言葉だけを送る。
「あ、ああ、えっと……気をつけて。お大事に」
少し言葉を探した彼女は、しかし、いつも教師たちがおよそこの状況で口にする言葉をオレに返した。
オレは、机の横の学生鞄を手に取って。鞄側面のポケットから黒の手袋を取りだし両手に装着しながら。様々な視線の一切を無視して、そのまま教室を出る。
『竹取物語』は好きな物語だ。まずかぐや姫がこの世の女の鑑みたいなところがいい。つまりはゴミ女なわけだが。いや、求婚希望の男どもに『じゃあこれを持ってきてね』なんてどこの悪女だよ。恋愛なんて知らないし一生理解できないだろう理解するつもりもないが、代価を求めるものではないはずだ。男たちが必死に求婚してきてだからかぐや姫は無理難題を要求したと言われるが、無理なら無理だときっぱり断ればいい。はっきりと断らず『じゃあ』と要求するのがゴミ。これなら諦めるでしょと思ったのかもしれないが、男はバカなんだから。本当にバカ。『わかりました』と女のために命をかけて。それで実際に死んでいたり盲目になったりしているんだからバカと言わずしてなにを言う。そもそも女を好きになるのがバカ。登場する女もゴミだし男もゴミ。あぁ面白い。最高に反面教師になる物語だ。教科書にこの物語をのせている文部科学省は賢いよとても。お前本当にこの物語が好きなのかって? 大好きだ。
大好きな『竹取物語』の授業だったので、オレは今日登校して授業を受けていたのだが。
やっぱり無理だった。――教師の声が。
女の声で朗読されるのが無理だ。ダメだった。授業開始10秒で席を立ってしまった。
彼女が悪いんじゃない。彼女が女だから悪いんじゃない。
ただ、オレが女が嫌いなだけだ。
教室後方の扉を手袋越しに開けて教室を出たオレがそして後ろ手に扉を閉める。
その直前。
後ろから。
教室内の生徒の小さな呟きが、聞こえた。
――なんで来たの?
――何しに来たの?
――気持ち悪い。