プロローグ
好きになった女がいた。小学生のときだ。低学年のとき。1年とか2年の頃。
もうよく覚えていない。覚えていたくもないことだから。
女を好きになった、好きになった女がいた、なんて、思うだけで吐き気がする。
ありえない。まじでありえない。おえ。
本当にどうかしていた。あの頃のオレはオレじゃない。
女を好きになる、なんて、そんな人間はオレではないのだ。
ただ、そんなことをげろと一緒に吐き重ねていても話は進まない。過去は変わらない。ので、一度吞みこんで――人間、過去にひとつは間違いを犯すものだ――なんて人生の酸いも甘いも知ったような言葉で包んで吞みこんで。……ただ酸っぱいだけで、オレは盛大に顔を顰めるのだが。
そんなオレも確かにいたのだと。そんな間違いも確かにあったのだと。
オレの、間違いの、過去の、話をする。
彼女に告白をした。フラれた。――なよなよしてる。女の子みたい。
そう言われた。
子供は男の子じゃなくて女の子が欲しい、そんなことをオレが産まれる前から言っていた両親は、オレに――産まれた男の子に、女の子の格好をさせていた。
かわいい服を、かわいい格好をさせて、髪も女の子のように伸ばす。
だから、当時のオレは、確かに女の子みたいだった。
虐待だ、と思うだろうか。ただオレは、嫌じゃなかった。
とある絶対的なひとつの理由により、自分が女の子の恰好をするのも、両親がオレにかわいい服を着させてキャーキャーと写真を撮るのも、嫌じゃなかった。
それが当たり前だと、普通なんだと、思っていたくらいだ。
子供……園児また小学生の低学年なんて、自らの家庭が世界だ。
普通の世界を知るのは、それより少しあと、高学年ほどになってからだろう。
だから、オレは、『なんとなく自分はほかの子たちと違う』と思っていたのが、そこで。
『自分はほかの子たちと違うんだ』と理解した。認識した。
これがプロローグ。オレという人間のプロローグ。
さて、では。
自分はほかの子と違う――男の子なのに女の子みたいな男の子、だと認識したオレは、どうしたのか。
ひとつ、教えておく。
オレは、はっきりしないことが――なよなよしてることが、クソ嫌いだ。
だから、結論を言う。――オレはなにも変わらなかった。
変わらず、女の子みたいな男の子のままでした。
意味がわからないと思うだろう。きっと理解はできないだろうが、理由を言う。
理由はひとつ。先のとある絶対的なひとつの理由だ。――オレは、かわいい。
オレはかわいいのだ。
それが絶対的なひとつの理由であり、絶対的なひとつの事実。
今年の冬を迎えて17歳になる。成長したいまとなっては、美人、という言葉を選ぶほうが正しいのだろうが。そう、オレは、かわいかった。
女の子みたい。
それは、女の子の格好が似合っていた、違和感がなかった、ということで。
両親が特に母さんが「うちの子は超かわいいねぇ~」「蝶よりも花よりも世界のどの女の子よりもかわいいよぉ~」とオレの母親であることが納得できる美人が台無しのクソ気持ち悪……だらしない顔でオレを着せ替え人形にしていたのは、ただの親バカということではないのだ。
オレがかわいすぎた。それだけ。
彼女が気持ち悪かったのは彼女のせいじゃない。オレのせい。
かわいいは罪、という言葉があるだろう。オレが罪なのだ。
名前も顔ももう覚えていない、彼女にフラれたオレは、なにも変わらなかった。
なにも変わらなかった――けど。しかし。
さすがに思うところはあって。
仮にも、初こ――ウォエッ。……失礼。
初こi――ヴォェエ――ッ。
……はぁ、はぁ……、初、恋、……だったんだ。
初恋は、特別だ。それははじめての恋だからということも当然。初恋とは滅多に実らないものであるから。
初恋が実った人間は、オレは宝くじの1等が当たった人間よりも少ないと思っている。さすがにそれはない? いや、教えてくれなくていい。初恋が実った人間なんて――人間なんて、興味がない。
オレが教えてほしいのは、初恋が実らなかったとき。
初恋相手の彼女あるいは彼にフラれたとき、どうするか。どうするだろうか。
忘れたり。忘れて違う人間に恋をしたり。忘れられずにもう一度追いかけてみたり。トラウマになって恋をするのをやめたり。
色々あるだろう。人それぞれ。千差万別だ。
さすがに千も万もないだろうが、人間は、人間の行動は、人間それぞれに違って。だからオレみたいな人間もいる。
オレは――復讐だった。
そう、復讐だ。
と言っても、言葉から連想するような過激なことじゃない。
彼女になにかしたわけじゃない。するわけない。
オレはもうそのときには、彼女に――オレ以外の人間に、興味なんてなくなっていたから。
――女の子みたい? なら、もっと女の子になってやる。
――男のオレがお前よりもかわいい女の子になって、見返してやる。
そんなことを思ったのだ。
そしてオレは彼女に復讐をした。復讐を果たした。――そう、果たした。
もうひとつ教えておく。
オレは、女の子みたいじゃない。――女よりも女らしい、男だ。
言っておくことは、彼女のせいでオレは変わった、彼女によってオレという人間は変えられた――そうじゃない。
名前も顔ももう覚えていない彼女も、オレにかわいい格好をさせはじめた両親も、それはあくまでもきっかけで。
オレがこうなったのは、オレ自身だ。オレの気持ち。意思。
他人に、人間に、変えられたわけじゃない。そんなのはありえない。
オレをなんて思おうと勝手だが、そこだけは間違って思わないでほしい。
本当に、どうしようもなく、吐き気がする。
オレは、女が、男が――人間が、嫌いだ。
そんなことを、常日頃、毎日、四六時中、考えていたからだろうか。
そんなことを考えていたから、こうなったのか。
「貴方しかダメなのですね。貴方の血を、飲ませてはいただけないでしょうか?」
オレは〝吸血鬼〟と邂逅した。
頭のなかでは9章ほどできているのですが、どうにも仕事が忙しくて遅筆です。
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