表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪魔として処刑された少女は御遣いとなって罪を回収する

作者: こ~りん

一部残酷な描写がありますので、苦手な方は閲覧を控えるようにしてください。

 暗く冷たい石畳の上で、少女はカビの生えた硬いパンをボソボソと食べていた。

 まるで死刑囚のような扱いに、少女が不満を言うことは無い。そんな気力はとっくに失われているからだ。

 何故生きているのか。何故ここにいるのか。

 哲学的な思考すらも飽き、少女はただ鉄格子の隙間から覗く景色をぼんやりと眺めていた。


 身体を洗う水も、清潔な布も与えられず、足枷とボロボロの貫頭衣だけが少女に与えられたものだった。

 髪はもう長いこと切っていない。床にべったり着くほどの長い髪は日によって色を変える。だが、どんな色の時も必ず黒みがかり、淀んでいて穢らわしいからと近寄る人間はいない。


 時間を掛けて残飯以下のパンを腹に収めた少女は、血のように赤黒い瞳で月を見つめる。

 美しい、と感じた。真っ暗な夜の中、悠々と輝く月を眺めることは、少女の唯一の娯楽だった。

 窪んだ顔、痩せ細った身体、ズタボロの貫頭衣、錆びているせいで肌を傷つける足枷。月を眺めている間はそれらを忘れることができる。


 生まれも育ちも、今に至る全てを忘却できるこの時間が……少女は好きだった。

 やがて眠気に襲われる。

 そのまま冷たい石畳に寝そべり、少女は何も考えること無く眠りについた。



 ある日、一国の王の下に予言が届いた。


『虹が曇り、凶兆の星が輝いた。災厄が来たる』


 それから数日経つと、平和だった王国は災厄に見舞われ始めた。

 まず天気が荒れた。作物は連日の大雨で不作となり、物価が急上昇した。王や貴族はなんとか食料を掻き集め凌いだが、金も食い物も無い平民はバタバタと死んでいった。

 次に、魔物が大発生した。世に害を為す、淀みと穢れと瘴気が悪意を持って誕生した生物。領土の至る所に発生したそれらの対処に兵が動員され、戦える者の半数が僅か一ヶ月で亡くなった。


「――アレを連れてこい」


 そして、王はある決断を下した。

 王城から離れた土地に厳重に隔離された監獄。その一室で虜囚の身となっている娘を連れてこいと騎士に命じたのだ。


 何も分からず連れてこられた少女を見て、王は親の仇と言わんばかりに顔を歪めた。少女はそんな父の姿を見て、これからどうなるのかを察した。


 王城前広場にある処刑場に連れてこられた少女は裸に剥かれ、逃げられないように足を固定され、そして腕を吊された。

 飢えに悩まされながらも集まった民に向けた王は言った。


「これよりこの女を処刑する! これは我が王国に災厄をもたらした悪魔だ!」


 悪魔の処刑。それを聞いた民達は呆気にとられ、そして口々に罵声を浴びせ始めた。対象はもちろん少女である。

 魔女め、悪魔に股を開いた売女め、地獄に堕ちろ…………


 処刑台の前に用意された数本の手斧を民に見せ、王は更に言う。

 陵辱刑に処す、と。少女を自由に嬲れと告げたのだ。


 それは女性の罪人の中でも、最も罪の重い者に課せられる処刑方法であった。人道的な断頭台は使われず、無数の人間の手によって時間を掛けて嬲り殺されるのだ。


 三日経った。

 少女は息絶えた。

 骨を折られ、腹を裂かれ、目玉を抉られ……処刑に参加した者の思い思いの悪意が、少女を凄惨で無惨な死体へと加工した。

 処刑された罪人の死体は鴉に啄まれ、骨と僅かな腐肉になるまで見せしめとして放置される。そして一週間が経った頃、少女の死体だったモノは近くの森に投げ捨てられた。


 災厄は、治まらなかった。



 鐘の音が聞こえる。

 厳かで神聖なその場所で少女は目覚めた。

 思い思いに嬲られた感触は消えていない。震えながら、少女はゆっくりと辺りを見渡した。


 神の国だ。そう直感した。

 自分は人だけでなく、神にも裁かれるのだと少女は思った。

 よく見れば、白く美しい柱の側には、同じく美しい白き翼を携えた女性が何人も静かに立っている。


 少女の周りには誰もいない。誰も近づかない。綺麗で、美しく、どこか恐ろしい女性達が遠巻きに見つめるだけだ。

 少女は思った。やはり自分は裁かれるのだと。


『――人の子よ、立ちなさい』


 声が鳴った。

 少女の身体はその通りに動いた。


『大いなる虹を宿して生まれた子よ、我が愛しき子よ、汝を罰する者はこの場にはおりません。恐れず、こちらへ来なさい』


 少女は訳が分からなかった。自分は裁かれるのではないのかと、不安になった。

 逡巡し、狼狽え、恐る恐る足を踏み出した少女を見かねたのか、柱の側にいた女性の一人が彼女を支えた。

 翼の生えた女性は何も言わなかった。ただ優しく少女を支えていた。


 暫く歩き、少女は声の元へ辿り着いた。

 神殿の最奥、玉座のような場所に座る一柱の女神。少女を支えていた女性が霞むほどの美貌に、いるだけで平伏したくなる存在感。

 少女は、いつの間にか頭を地に着けていた。


『大いなる虹の子よ、怯えなくてよいのです。こちらへ来なさい』


 そして女神は、少女をその腕で抱擁した。


『数多の神に祝福されながらも迫害された子よ、愛しき子よ、ここに貴方を縛る枷はありません。存分に甘えていいのです。泣いて、喚いて、正直になっていいのです』


 じわり……少女の目に涙が浮かぶ。

 少女は叫んだ。


 愛して欲しかった。褒めて欲しかった。国を治める父に、父を支える母に、化け物だと軽蔑されたくなかった。悲しかった。辛かった。痛かった。嫌だった。

 口から出た感情は止めどなく流れ、女神はその全てを受け止めた。

 怒りや憎しみは一切無かった。少女はただ愛して欲しいだけだった。


 ――誰にも愛されず曇っていた虹は、死んで始めて輝きを取り戻した。


『愛しき子よ、名を授けましょう。大いなる虹の子よ、祝福を授けましょう。悲しき人の子よ、役目を与えましょう』


 女神は少女に吐息を吹きかけた。

 優しく、暖かな吐息は星となって少女に宿り、祝福を授ける。

 垢だらけの穢れた身体は瞬く間に綺麗になり、ボロボロの貫頭衣は手触りのいいシルクへ生まれ変わった。少女を縛っていた足枷は砕け、黄金の装飾となって少女を支えるようになった。


『アマエルよ、罪を精算する能天使よ』


 二対の白き翼が少女を覆い、一対の翼が力強く羽ばたいた。


『貴方は我が子、我らが子。咎人に積み上げた罪を精算させることが貴方の役目。誤った人々に罪を教えなさい。貴方は大いなる虹の子であり、月に愛された子なのだから』


 アマエルと名付けられた少女は恭しく頭を下げ、女神に恭順の意を示す。

 大地にべったり着くほどの長い髪は虹のように色鮮やかで、血のように赤黒い瞳には罪を見る力が宿った。アマエルはこの女神を真なる母だと思うようになり、母のために役目を果たすことを誓った。


 弱々しかった少女は生まれ変わった。

 理不尽に貶められながら、誰も憎まず怒らなかった心優しき少女は、罪を教え負債を回収する天使となったのだ。



 災厄に見舞われて三ヶ月が経過した。国民の大多数が屍となり、王都ですら死屍累々の有様だった。

 国王は酷くやつれ、専属の薬師が薬を処方しなければ参ってしまうほど精神が衰弱していた。

 数百年の歴史を持つ王国は滅亡寸前であった。


 王国に未練を持たない冒険者や商人はそうそうに国外へ旅立ち、歴史家は王国の重要機密を持ち出して逃亡した。

 残るのは国を治める王と貴族、騎士、そして餓えた民だけだ。

 有能な者は王国を捨て、隣国で新たな仕事に就き始めていた。


 そんなとき、王都に光が差した。

 太陽の光ではなく、神々しい天の光。神々の国から差す、光であった。


「神は……我らを見捨てていなかった……!」


 王は久しく祈った。災厄に見舞われた我らを救ってくださるのだと思ったのだ。


「おお、あれこそは救いの光……神の慈悲は我々をお救いになられるのだ……!」


 王も、貴族も、平民も、王城前広場に集まった。人々は直感した。我らは神に救われた国として生まれ変わるのだと。

 細い光は次第に強まり、遂に地面に届いた。

 やがて、白く美しい翼を携えた天使が舞い降りた。


 人々はその美しさに心を奪われ、涙を流し、その尊顔を一目見ようと近くへ押し寄せた。

 天使は壇上に降り立ち、三対の翼を広げる。無機質な瞳でそこに集まった人間を睥睨していると、人々は次第に困惑し、恐ろしい妄想を脳裏に浮かべた。

 城から飛び出した王や貴族も同様だった。


 そう、天からの御遣いは、悪魔として処刑されたはずの少女と瓜二つであった。

 王は青ざめた。王族として生まれたにも関わらず不気味な髪と瞳をしていたあの悪魔が、女性としての尊厳を踏みにじる刑に処したあの娘が、御遣いとして舞い降りた事実に。


「――我が名はアマエル。汝らの罪を精算する天使である。疾く、頭を下げよ」


 肉親がいた。だが、それはアマエルにとってどうでもよかった。重要なのは咎人に罪を精算させることのみ。

 アマエルの母はあの優しき女神のみであり、人間の父と母には罪人としての価値しか感じない。


「汝らは罪を犯した。遙かな過去に交された契約を反故にし、多くの民を死へ追いやる原因を作った」


 告げられるのは純然たる事実。しかし、それを人々が知っているかどうかは関係ない。

 神々がそうだと断じたのならば、それに従い為すべき事を為すのがアマエルの役目だから。


「故に、我は汝らの罪を精算しよう。神々に代わり、罰を与える」

「――ま、待て! 待つのだリリー!」


 王は叫んだ。自分が罪を犯したのだと認めたくないから、今まで一度も呼ぶことの無かった少女の名前を叫んだ。

 しかし、少女はリリーではなくアマエルだ。侮蔑の籠もった眼差しで王に告げる。


「我が名はアマエル。貴様が我を悪魔と断じた時点で、貴様への情など失せている。我が母はかの女神ただ一柱であり、貴様らのような畜生では無いのだ」


 アマエルはその手に持った天秤のような杖を掲げる。

 杖は光を放ち、その場に集まった咎人へ枷を付ける。


「こ、これは……!?」

「なによこれ!」

「ひぃ!?」


 枷を付けられた咎人は恐怖で叫び始めた。今から神罰が行われるのだと理解したからだ。

 神々は人の法に縛られない。人の法で罪人かどうかは神罰に関係しない。対象であれば神罰が下り、そうでなければ見逃される。

 アマエルは神罰の対象となる者に、罪の重さに比例して枷が重たくなるようにした。


 咎人の中でも罪が軽いのは平民だ。極限状態で扇動されるがままに罪を犯したのだから、鉛のような手枷だけを嵌めた。

 貴族はまちまちだが、総じて足枷や手枷を付けられている。罪が重い者は立っていられずに這いつくばるほどだ。

 そして王には、首枷が嵌められた。重く、重く、王は仰向けに倒れてしまった。


「その枷は汝らの罪の重さ。精算するべき罪の重さである」


 アマエルは杖を振るった。


「これより、神罰を開始する」


 その瞬間、阿鼻叫喚が王都を包んだ。

 ある者は腕をもがれ、ある者は炎で顔を焼かれた。ある者は足が腐り、ある者は腸を取り出される。次々と行われる神罰は血生臭く、それだけ罪が重いのだと否応なく実感させた。


 王は苦しんだ。手足の末端が腐り、脳が溶け、だと言うのに死ぬことが許されなかった。

 腐り、溶けては燃やされ、治り、潰れ、腐り、溶け…………悲鳴すら叫べなくなる頃には形容しがたい肉塊となっていた。


「お前さえいなければぁぁぁ!」

「…………愚かな」


 ナイフが突き立てられる。あろうことか、御遣いであるアマエルに害を加えようとした者がいたのだ。

 その顔を見て、アマエルはただただ軽蔑するのみだった。


 ナイフはシルクのような布に阻まれ、アマエルを傷つけることは無い。しかし、御遣いに楯突いた愚か者は神罰に関係なく処罰される。

 リリーの母だった女は神聖な炎で身を焼かれた。悲鳴を上げ、徐々に炭化していく身体はボロボロに崩れ落ちる。


「――神罰は完了した」


 たった一時間で滅んだ王都の広場で、アマエルは再度杖を掲げる。神罰で死んだ人々の魂を回収し連れて行くためだ。

 だが、それは救いでは無い。

 アマエルの役目は罪を精算させること。その後は別の天使が引き継ぐことになっている。

 神罰で死んだ魂は、冥府に堕とされ隔離されるのだ。


 魂を集め終えたアマエルは翼を羽ばたかせ、神の国へ帰還する。王国は、災厄と神罰によって滅亡した。



 昔々、ある王国がありました。

 その国の国王は建国の際に大いなる虹と契約を交わしました。


『汝らを守護するため、我が虹を授けよう。我が虹は意思を持ち、人として生きる。差別する事なかれ。曇らせる事なかれ。それが我の望みである』


 それから、その国の王族は不思議な子を産むようになりました。情熱的な赤、暖かな日差しの橙、輝くような金、逞しくも優しい碧、愁いを帯びた蒼、覚悟を持つ藍、高貴な紫。様々な色を持った子が生まれるようになったのです。

 それから数百年が経ち、七つの色を持つ少女が生まれました。しかし、契約を忘れてしまった王族は少女を悪魔として処刑してしまったのです。

 大いなる虹は激怒し、王国に災厄をもたらしました。慈愛の女神は心を痛め、少女を天使として生まれ変わらせました。

 やがて王国は滅び、大いなる虹は大陸から去りました。しかし、大いなる虹の子、神に祝福された少女は天使として、今も大陸を見守っているのです。


「――おしまい。さ、お祈りに行きましょう。私達が罪を犯さないよう見守ってくださるアマエル様と、偉大であられる神々に」

大いなる虹「差別すんなって言ったよな? 何してんの?」

女神「処す? 処す?」

災厄「虹が消えたぜラッキー」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ