第8話 吼えろ、月の姫
かぐやという人間は非常に諦めが悪かった。愛されるためになんでもしてきた、そしてそのたびに失敗してきた。一回目は1500年前に、二回目は1400年前に、そして今回。神に見放されているのかというぐらいに彼女の取り組みは失敗し、裏目に出てきた。それでも彼女は諦められない。
愛のような恋を、恋のような愛を。そんな砂糖菓子のような甘い夢を後生大事に抱えて抱えて生きてきたのだ。今さら捨てるには時間が経ちすぎた。
だからまた、自分だけを愛してくれる伴侶を求めてまた、彼女は選考を行おうかと考えていた。
急に屋敷に鳴り響く警報。飛び込んでくる執事。
「かぐや様!敵襲でございます!」
きっと私を愛してくれていない好々爺はいつもの落ち着きをどこかに落としたような形相だった。
「敵襲?」
このご時世にわざわざ敵襲なんて言葉を選ぶ事態なんてそうそうある話ではない。それすなわち・・・。
「月からでございます!」
自分を地球に追放し、祖父から連れ去り、そして自分で捨てた生まれ故郷からの敵襲。いつかそんな日が来るのかもしれないとは思っていた。だとしても早すぎる。
「待って。敵襲?遣いじゃなくて?」
「はい。敵襲でございます。早くこちらに」
執事の後をひた走る。刺客が来るなんて尋常な事態じゃない。前々回も、前回もそこまで重い判決は下っていない。地球への流刑は王族にとって死刑に等しい刑だが、だからこそそれ以上があるなんて考えていなかった。そもそもそれがあるならとっくに私の首は晒されている。とはいえ多少手荒なことをされる可能性は考慮している。敵襲に対応するだけの備えはある。大丈夫、のはずだ。
「屋敷の警備は?」
「いえ、警備にあたっていたものは壊滅しております。生き残りはいますが、既にお嬢様の盾にはなりえません」
壊滅?選りすぐりの精鋭が?硝煙臭い戦地帰りに血臭がとれない戦士。自分でも過剰かと思うぐらいの戦力を集めたのに?いったい月はどれだけの戦士を送って来たのか。
「お嬢様!」
足が緩んだのを感じたのか叱咤が飛んでくる。今はそんなことを考えている時間はない。準備はした。努力はした。それでも尚足りないなら・・・いったいどうすればいいの?
執事と自分しか知らない秘密の地下鉄。緊急事態に逃げるためだけに存在する地下鉄。これを使う日が来るとは思わなかった。
ドスッ。
嫌な音が聞こえる。思わず自分の体をまさぐる、が自分の体に異常はない。
隣で崩れ落ちる執事。
「え?」
それは懐かしさすらある王家の紋章が入った槍。執事の背中に深々刺さった槍はどう安く見積もっても命を仕留めるに値するものに見えた。
「困りますなぁ、姫殿。いや、”元”姫殿かな」
「誰よ、あんたら」
見覚えのない顔が見覚えのある装備に身を包み剣をこちらに向けていた。しばらく放逐されていたとはいえ、王家に仕える兵士なら顔はほとんど知っているはずだし、日が浅い者をここまで送ってくるとも思えない。
「まだわからないのですか?あなたはもう姫じゃないんですよ」
放逐されようと姫は姫。だからこそ、私は死刑ではなく流刑に処されているのだ。でもそれが変わったということは、月でなにかあった?
「・・・クーデター?」
「勘がいいですね。ま、あなたにはもう関係のない話ですが」
「・・・」
「あなたは悪逆の限りを尽くした姫として処刑されるのですよ。もちろんあなたの父上も今頃同じようになっているでしょう」
お父様が?辣腕をふるっていたあの父がそこらの馬の骨にどうにかできるとは思えない。いったい何が・・・。
「月には正当な後継者がいたということです。さ、お話はここまでにしましょう」
剣をふりあげる兵士。身体が恐怖で動かない。動け動け動け動け動け!
剣先が鼻先を掠る。土壇場でやっと身体が動いたらしい。
「手間を掛けさせないでほしいですね」
「何が、気に入らないのよ?」
「は?」
「誰かに愛してほしいと願うことがそんなに悪いわけ?」
今までずっと心に秘めた思いが口をつく。暗に否定され、誰にも言うことが出来なかった気持ちが溢れだす。
「ただ愛されたいと思うことをなんでそんなに否定されなきゃいけないのよ!?」
「意味がわか」
「一回目も!二回目も!三回目も!全部私が誰かに愛してほしいって願っただけでしょ!そんなに大それた願いだった?王族に生まれただけでそれは否定される願いなの?!」
「・・・」
「かっ」
胸に大きな剣が突き刺さる。身体に力が入らない。
「あっ。誰か・・助け」
まだ、私は、誰にも愛されてない。誰か、だれか、愛してくれるだけでいいの・・・。
どんどん瞼が重くなってくる。もう目を開くだけの気力もなく、私は目を閉じた。
「愚かですね、今際の際ですら誰にも愛されていないと思っているとは」
「我々には関係ないことです」
「それはそうですが、・・・憐れな人でしたね」
お疲れ様でした