第5話 その愛は誰がために
三人目、すでに前の二人が失敗しているというのにその顔に戸惑いも逡巡もない。肝が太いのか単にネジが飛んでいるのかどちらともいえない。だが勇者とは多かれ少なかれどこかおかしいものだ。
彼女の名前は三鷹 三夜子、通称「歌舞伎の女王」。芸能の歌舞伎ではない、東京都新宿区歌舞伎町である。日本屈指の繁華街である歌舞伎町において夜を支配していると言われるのは都市伝説でも何でもない。長年の歌舞伎町の高級風俗で働き、売り上げ一位を維持しているのはその卓越した絶技と情報網に所以する。一種の房中術までに昇華した性技は老若男女を問わず手籠めにする。そのハニートラップに数えきれない男が破滅し、数えきれない女が沈んだ。
そして女王と呼ばれる女は本物の女王に相見える。
恭しい一礼、慇懃にも見えるそれはかぐやの興味を惹くには十分だった。本物を知る人間には付け焼刃は効果がない。そして本物は本物を知る人間をうならせる。彼女を買うのには一晩で数百万かかると言われる。でも彼女の予定は一年後まで埋まっている。彼女が相手をするのはそこらの社長や成金ではない。
「初めまして、かぐやさま」
「・・・」
政治の重鎮、または五摂家。文字通り日本の動脈や心臓クラスが利用できる、高級のまた一段上に位置するものである。
「拝謁できて光栄ですわ。して、今回は伴侶をお探しになっているとのこと」
「・・・そうね」
彼女は決して貴族や裕福な家庭の出身ではない。その彼女が歌舞伎町の夜を完全に支配していると言えば彼女の異常性が理解できるだろうか。
「愛を示せとのことでしたが、私は私の業があなた様を満足させるのに足りると確信しております」
「で、それが私の愛を示すものになると?」
「なります」
かぐやが女王と言うのは比喩ではない。その性格、暮らしともに豪放を極めている。だからこそ「歌舞伎の」という余計な二つ名は要らない。純粋な女王である。
「古来より、伴侶の務めは夜伽も含まれます。伴侶を極楽に連れて行くのもまた伴侶の務め」
「ふぅん。じゃあ、今から始めていいの?」
「フフ、ご冗談を。夜伽は夜だからこそ燃え上がるものですよ」
「あら、夜伽の何たるかを理解しているとは思わなかったわ」
「伊達に女王なんて祀り上げられているわけではないので」
三夜子の希望通り、照覧は夜間に行われた。結果は火を見るよりも明らかであった。ベッドの上で息も絶え絶えに突っ伏す三夜子を見て、彼女が勝ったと思う者は誰もいないだろう。
「・・・」
荒い息と水を飲み干す喉の音だけが部屋に響く。どちらも一言も発さずただその結果を受け止める。かぐやは予想できた未来が予想のままに訪れ、三夜子は予想を完全にひっくり返された。
今回、民衆が観覧していないが、勝敗はすぐに伝わる。歌舞伎の女王の敗北は歌舞伎において、それなりの驚愕を以て受け止められたがそれも歌舞伎だけだ。大多数の人間にとって彼女など水商売の女でしかないのだから。