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第4話 砂上の楼閣で行われる皮算用

 二人目が連れてこられる。彼女の名前はメイそれ以上の名前はない。中国人であることが顔などで辛うじて判別できるのみでそれ以外の情報はない。だが彼女にはそれで十分だった、十分すぎた。家族は亡く、親類縁者はおらず、友人や恩師もいない。仕事も、金も、家も、何一つない彼女が唯一持っているのがその美貌だった。美貌しかない彼女には当然運もない。彼女を拾ったのは軍隊の中でも暗殺、情報収集を行う諜報部隊。地獄の底で暮らす彼女を拾った彼らが与えたのは地獄の底が生ぬるい地獄だった。名すら持たない彼女に美という名前を与え、様々な悪辣な任務に使われた彼女の次の任務はかぐやの篭絡であった。


「初めまして、かぐやさん」

「初めまして、メイさん。もう少し近くに寄ってもらえる?顔が見えないわ」

「申し訳ありません」

トテトテという音が聞こえてしまいそうなほど危なっかしくかぐやのほうに歩いてくる。ともすればそういう女だと勘違いするのが大多数だろう。たとえそれが《《同性》》であっても。

「あなたのことは知っているわ、メイ。で、あなたは私に何を見せてくれるの?」

「しばらく一緒に暮らすお許しを戴きたいのです」

「ほう?」

常にたおやかな、天女のほほえみと称される営業スマイルに一瞬ひびが入る。それがどれだけ驚愕の事態なのかは傍に控えている執事の顔を見れば明らかである。

「冗長なのは嫌いなの。過程じゃなくて結果を教えてくれる?」

「私なら、あなたを惚れさせて見せます」

「一緒に暮らせば、ということ?」

「ええ、そうですね」

即断を至上の旨としている彼女にしては珍しく長考をしながらもその顔は興味に満ち満ちた笑顔をしていた。

「いいでしょう、私が許すわ。期限は一週間でどう?」

「十分です」


一日目、彼女は叩き込まれたそのハニートラップの技術を遺憾なく発揮し、完璧で貞淑な妻を演じて見せた。確かにそれは完璧だった。彼女にとって誤算だったのはかぐやが望むのは己に劣らぬほどの欲と自信。三歩後ろを歩く貞淑には毛ほどの興味も美徳も感じていなかったことだった。

二日目、三日目、彼女は自分の失策に気づくこともなく、貞淑を演じた。いや、演じるというのは正しくない。本来の自己を持たない彼女にとっては全てが自分であり、全てが自分ではない。

四日目、そこでやっと彼女はそこで己の失策に気づく。悲しいかな、文化の溝は彼女や彼女の上司が思っているよりも深かったということだ。

五日目、彼女はやっと察する。自分の行動が最初から何一つ彼女に届いていないことを。気づいた時にはもう遅い。


気づくのが遅すぎた時点ですでに彼女の作戦は失敗していたといっても過言ではない。彼女の組織には失敗は許されていない。代えは幾らでもいる。彼女の価値は成功のみによって担保されており、一度の失敗は彼女の終わりを意味している。

彼女はその時点で彼女に保護を求めるべきだった。彼女が常識外れなのは美貌だけではない。その器量もまた規格外。彼女を伴侶ではなく、役割を与えて庇護下に置くこともできた。でもそれは、彼女が望めばの話。望んでもいない者に手を伸ばすのはお釈迦様だけだからである。


「かぐやさま」

「・・・なに?」

「よろしかったのですか?」

「別にいいのよ。私が助けるのは助けてほしい子だけ。たとえあの子が助けを求めることを知らないとしてもそれは私の与り知らぬことよ」

「然様ですか」

黙って出て行った彼女がどこに行ったのか、どうなったのか、誰も知らない。

でも誰も気にすることは無い。大衆は敗者を気にかけることは無い。

だってまだ候補者は他にもいるのだから。


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