第一話 ピースポート
この旅の行き着く先は決して明るくはなく、私はきっと地獄に落ちるだろう。
それでも私は必ずやり遂げる。
そう、それが私だけこの世に生を受けた贖罪なのだから。
ざぶん、ざぶんと波が押し寄せる音が聞こえてきた。
「やっと街にたどり着いた。食料もなくなりかけてたし、ここで一旦宿をとろうかしら。」
「それにしても綺麗な街並みだこと。夜に来たら灯りが灯ってとても綺麗かもしれないわね。」
太陽の光を反射する白い壁に明るいオレンジ色の瓦屋根の素敵な建物が急勾配のある坂道の上にぎっしりと建ち並んでおり、岸壁の下には港が設けられている。これからこの坂道を登るのかと思うと少しため息が出る。きっと疲れた身体にこの坂は堪えるだろうから。
「はぁ、落ち込んでも仕方ない。さて、宿はどこかしら。」
しばらく歩いた先に宿らしき看板がぶら下がったお店を見つけた。
「グレース酒場・・ここで泊まることもできそうね。」
キィイ
「すみません。今晩ここで泊まりたいのですが誰かいませんか~?」
「なんだいこんな朝早くから、まだ営業時間前だよ!」
その男は熊みたいな巨体であった。ブラウン色の髪の毛が本当に熊を連想させる。
「すいません。旅のものでして。今晩ここに泊まりたいのですが営業時間外なら仕方ありません。出直してきます。」
「あぁお客さんかい。いいよ、いいよ。宿の利用者なら歓迎さ。ここに名前を書いてくれ。1泊料金3000カランだよ。夜飯はこの酒場で適当に食べてくれていいよ。ただし酒代は別料金だ。朝飯はでないから自分で見繕ってくれ。それでお代の方だが前払いでよろしく頼むぜ。」
「わかりました。3000カランですね。この辺りの宿はどこも同じくらいなんでしょうか。」
「いやいやうちは晩飯までサービスしてるから安いほうさ!嬢ちゃんピースポートには観光できたのかい?ここは観光の名所さ!ここがどこだかくらい知ってるんだろう。」
ピースポート?ここはピースポートという街なのか。だから港のようなものが外に見えたんだわ。確かにこんなに綺麗な街なら観光には打って付けかも知れないけど、そこまで知らないとおかしく思われるようなことなのかしら。
「お恥ずかしい話なのですが、地方出身なものでそういうのには疎くて。あまりここがどういった街なのか知らないんです。」
「嬢ちゃん本気で言ってるのかい!?ここはピースポート。東のアズラエル帝国と西のルチェラ連邦が 10年前に和平を結んだ場所だよ。だからここは平和の象徴としても有名な街なんだ。街の中心の広場にはその時に建てられた平和の鐘が飾られているのさ。良かったら今からでも観に行くといいさ。
しかも、ここは商人の行き来も多くて大抵のものは手に入る流通の街としても知られている。欲しいものがあるなら今のうちに揃えておくことをお勧めするぜ!
なぁ嬢ちゃん!まだ日も高いことだし観光しに行ったらどうだい。晩飯までに帰ってきてくれれば準備しとくからさ。」
昨日から何も食べてないうえに3日も歩きっぱなしで足はもう棒のようだ。本当は今すぐにでも休みたいところだけど、営業時間外だというし仕方ありませんね。
「この街がそんなに凄い場所だなんて、知らずに足を運んでしまいました。教えていただきありがとうございます。それでは少しこの街の見学をさせてもらうとしましょう。・・とその前にお金ですよね。3000カランここに置いときますね。グレースさん、色々親切にしてくださってありがとうございました。」
「おう、毎度ありがとよ。気を付けて楽しんできてくれよな!ってグレースは女房の名前なんだけどな・・もう行っちまったか。」
宿を出ると太陽の日差しがエマをじりじりと照らしてきた。
「とりあえず宿は確保できたし、グレースさんの言う通り観光でもさせてもらいましょうか。といってもあまりお金はないんですけどね。それにしてもここは暑いわ。」
「姉さん、姉さん。僕一番高いところからの景色見てみたい!凄く眺めも良くて綺麗だよきっと!」
「クリフ!姉さんはここに来るまでどれだけ歩いてきたか。やっとの想いで宿にたどり着いたけど夜まで観光してこいって言われてもうクタクタよ。街並みの観光より先に朝ごはんにさせてちょうだい。」
「えーつまんない。姉さんはすぐ疲れた~とか休みたいとか言うんだから。もっと体力つけた方がいいよ~。」
「仕方ないでしょ。姉さんここのところ野宿で十分に寝れなかったしずっと歩きっぱなしだったんだから。クリフも見てたでしょ。それにこの街、ほとんどの建物が白いせいか、私たちの故郷よりも気温が高いわ。」
「僕は同じ景色がずっと続くものだから途中スヤスヤと違う世界にいってたよ。そのおかげでほら、ご覧の通り元気いっぱいだよ。姉さんが言うほど暑くもないし!!早く行こうよ!姉さんほら、早く!」
「クリフあなたね。姉さんだけに歩かしておいて居眠りしてたくせによくそんなこと・・はぁ・・まあいいわ見に行きましょう。朝ごはんはそのあとね。」
「わーい!やったぁ!姉さんも実は行きたかったでしょ!なんだかんだいって。」
「行 き た く な い で す。」
「ほら、愚痴は終わり!早くしないと昼ごはんになっちゃうよ。」
「はぁ~~ もうわかったわよ。はいはい、行けばいいんでしょ。」
「素直な姉さん、僕は好きですよ♪」
都合のいいことばかり言って、私が今どれだけ疲れているか・・背中に伝わる汗が気持ち悪い。もう3日も水浴びもしていないし、今すぐ水浴びをして、屋根のついた家で安心して眠りにつきたい・・なのにこの子ったら。
まぁでも・・楽しそうなクリフを見ると元気が湧いてくるのも事実なのよね。私は姉さん・・なのだから弟の我儘を聞いてあげるくらいの余裕を持たないとね。
「ハァハァ 結構登ったけどまだ頂上は見えないわね。この辺りでもういいんじゃない。クリフ!ここからの眺めも綺麗よ。」
「ダメだよ!姉さん。一緒に頂上に行かないと、ここまで来た意味はないもの。」
「あなたって意外と頑固よね。」
「姉さんの意思が弱すぎるだけだよ。ほら、もうあとちょっとだよ。頑張れ!頑張れ!」
「ハァハァ」
「ハァハァ」
「ついたーーー もうダメ。疲れたわ。」
「姉さんお疲れ様。見てみて!!凄いよ!景色最高♪」
「あんたは能転気でいいわね。でも確かに・・これは凄い景色ね。」
この辺りからだと東の大陸も西の大陸も見渡せる。ちょうど中間くらいの位置にあるのね。ここで争いが起こることなく、和平が結ばれたお陰で私たちはこの素晴らしい景色を観ることが出来たのね。
「これだけ凄い景色見せられたら、争いなんかどうでもよくなっちゃうんじゃないかな~。そういう気持ちをこの景色が芽生えさせたのかもしれないよね。」
「ふふ、そうね。そうだといいわね。」
「おい!さっきからあんた、なに一人でお喋りしてんだい。」
「!? これは失礼しました。独り言が好きなもので、つい景色に見惚れて一人でぶつぶつと話してしまいました。耳障りな音であなたを不快にさせていたなら申し訳ありません。」
私とクリフが話しているの聞かれてた!?こんな木陰に人が寝てるなんて・・
「いやいや、そうじゃないって!謝らないでくれよ。俺は仕事をさぼってここで少し休憩してたんだ。そしたらこんなところに珍しい恰好した人がいたからさ、つい見ちまってただけの話よ。俺の名前はヴィクトリアーノ、ヴィクトルでいいよ。」
「そうですか、それなら安心しました。こんにちは、ヴィクトル。私の名前はエマよ。エマ・バンクス。 よろしくね。」
ヴィクトルもそうだけど、この辺りの人達は生まれつき髪の色が茶色なのかしら。ブラウンの髪にブルーの瞳、とても綺麗だわ。
「エマか、こちらこそよろしく。この街にはいつきたの?観光かい?」
「つい先ほど着いたばかりなの。とても綺麗な街だから頂上からの景色も素敵だろうなって一度登って観てみたかったの。観光といえば観光になるのかな。」
「着いたばかりで山登りなんて、エマは物好きだね~。ここは港の街だし、魚は絶品さ!
よかったら美味しいところ紹介するから今から一緒にお昼なんてどうだい。」
観光客を狙う詐欺?でも私の見た目的にお金もあまり持ってなさそうなのはわかるし、怪しい・・いや考えすぎかなぁ。
刺激しないよう断ってみよう。
「私とご飯食べても楽しくないかもしれませんよ。」
「そんなことないさ!ひょっとしてこの後、忙しかったりするのかい?」
「いえ、そんなことはありませんが・・」
「姉さんここはヴィクトルについていこうよ!僕も絶品な魚気になるし、食べてみたいよ!」
「クリフ、あなたね、私の気持ちも知らないで。今あった異性の方といきなり食事なんて」
「大丈夫だよ、ヴィクトル悪い人に見えないし、この街のこと色々教えてくれるかもしれないしさ♪」
「ハァ~まぁそうね。あなたの言う通りなのだけどね・・・」
「じゃあ問題ないじゃん♪さすが姉さん♪」
「私にも心の準備というものが・・・」
でも、クリフの言う通り人を拒んでいては何も得られないわ。ここはヴィクトルに付いていくことにしましょう。
「そうね、まともな食事は数日ぶりだし嬉しいわ。ぜひ、ご一緒させていただきます。」
「よし!決まりだ。美味しいシーフードが食べれるお店に行こう!」
「シーフード・・じゅるり・・」
「クリフ、そんな涎たらしても、あなた食べることは出来ないでしょう。目で見て楽しむつもり?」
「うん、目でも楽しむけど、姉さんの感想聞いて美味しかったらいずれ食べるリストに加えとくだけだよ!身体を手に入れた時の楽しみは多いほうがいいし!」
「・・そうね。あなたが身体を手に入れた時はもう一度姉さんとこの街に来ましょう。その時は食べきれなくなるまでシーフードを頂きましょう。あっでも、クリフはこの街に来る前にたらふくご飯を食べてもう一歩も動けない~~とか言いそうね。」
「むっ、失礼だな姉さんは!僕だって加減するよ・・きっと・・」
「本当かな~。」
「もう!姉さん!」
「ふふふ、冗談よ。」
クリフは生まれた時からずっと一緒にいる私の大切な双子の弟、魂だけが私の身体に宿っている状態でこの世に存在している。クリフはおそらくこの世に生を受ける前に命を落としてしまったのだろう。しかし、母親のお腹の中にいる間に無意識下でクリフの魂を私が自身に取り込んだんだと思う。勿論記憶はないのだけれど・・何故だかわかってしまう。それが双子の兄弟というものなのかもしれない。
「姉さん、どうしたの?考えごと?」
「ううん、何でもないわ。行きましょうか。」
カランカラン
「いらっしゃいませー!お二人ですか?窓の近くの席にどうぞ。景色がすごくいいんですよ。」
「ありがとうございます。そうさせていただきますね。」
海が一望できる素敵なレストランだわ。窓際の席は潮風が入って来て先ほどまでの暑さを和らげてくれる。気持ちがいいわ。
「お兄さん、今日のお勧めってあるかい?この人にピースポートの美味い魚を食わしてやりたいんだ。」
「今日のお勧めは白身魚で活きの良いのが獲れたんでそちらのムニエルなどはいかでしょうか。」
「じゃあそれを二つと飲み物はウォーターサイダーを二つ。後はサラダを見繕ってくれ。」
「かしこまりました。」
「ヴィクトル、今の私、そんなに手持ちがないの。魚だけでも十分だわ。」
「何言ってんだよ。俺から誘ったんだぜ。ここは俺の奢りに決まってるだろ。遠慮せずに食べてくれよ。」
「いや、そんなの悪いわよ。だって私たち今さっき会ったばかりなんですから。奢ってもらう筋合いなんて・・」
「異国の人にこの街をもっと好きになって欲しいんだ、俺は。それにあんた凄く綺麗だし、こんな綺麗なな人と飯が食えるだけでも俺としては嬉しいからさ。あそこで会えたのも何かの縁ってことでいいんだよ、今日は俺に奢らせてくれ。」
いやそんなわけには・・後で莫大な請求とかされても困るし・・どうしようかなぁ~
エマ・・エマ・・
あれっ?おじいさん?
エマ・・縁を・・
人との繋がりを・・
大切にしなさい。
私たち人は一人では生きていけない生き物なんだよ・・
・・・お爺さん・・何故だか昔よくお爺さんが言っていた言葉をふと思い出した気がした。
人と人の縁を大切にか・・おじいさんらしいわね。そうね、これも何かの縁だわ。
「確かに凄く素敵な街だわ。景色も綺麗だし、何よりこの街の人達は皆さん異国人にも親切だわ。ここで会えたのも何かの縁かもしれないわね。それなら遠慮なくご馳走になろうかしら。ありがとうヴィクトル。」
「おう、遠慮なく食べてくれ!!
ところでエマ、なんであんたみたいな若くて綺麗な人が一人で旅なんかしてるんだい。何か事情があるのかい。生き別れのお父さんを探してるとか!俺なんかで良ければ助けになるぜ!」
「ありがとう。でも大丈夫よ。ただ私はこの世界をもっと見てみたいだけなの。自分の国に留まるだけでは何も得られないわ。もっと沢山の経験をしてみたいだけなのよ。」
ごめんなさい、ヴィクトル。私あなたに噓ついてる。
「それは大層なことだけどさ、女の子が一人旅なんて危ないんじゃないのか。せめてボディーガードでも付けていれば良いとは思うけどさ。それに旅費だってどうするんだよ。毎回俺みたいなのに食わせてもらってるわけじゃないだろう。」
「そうね。確かに危険なことだって沢山あるけれど、旅をするんだから当然リスクは付き物だわ。今までだって何とかしてこれたもの。大丈夫よ、心配してくれてありがとうね。あと旅費はね、これで稼いでるの。」
「心配ないっていうけどさ・・俺は・・まあこれ以上俺が口を挟むのも野暮ってもんかな。すまん、忘れてくれ!にしても、変わった楽器だな。エマは音楽家だったのか。それで旅費を稼いでいるってわけか。」
音楽家?変わった呼び名ね。でも素敵な響きだわ。
「あなた達の国ではそう呼ぶのね。この楽器は二胡といって私の故郷にある楽器なのよ。ちょうど旅費も稼ぎたかったものだから、ヴィクトルにお願いしようかしら。この辺りで楽器を演奏して稼げる所を教えてほしいの。できれば大勢の人が集まる広場なんてのは最適よ。人が多く集まれば、それだけお金も集まるものだから。」
「それなら、二日後に街の大広場で和平10周年のフェスティバルが開かれる。国をあげてのイベントだし、沢山の人がこのピースポートに集まるってわけよ。その時に演奏するってのはどうだ。」
「それ、すごくいい考えだわ!ありがとう、ヴィクトル!」
人が大勢集まれば・・今度こそ・・必ず見つけてみせるんだから。
「あぁ、俺も・・・」
「失礼します。お待たせしました。白身魚のムニエルと新鮮野菜のサラダになります。ごゆっくりとどうぞ。」
「美味しそう~~ ヴィクトル!冷めないうちにいただきましょう!」
「おう、そうだな。食べるとしよう。いただきます!」
「美味しい~ 生臭くもないし、バターの香りが凄く食欲をそそられてとても美味しいわ。サラダもみずみずしくてシャキシャキで美味しい。」
「あぁ、それは良かった!ここの魚はとにかく新鮮で美味いんだ。俺はこの街で育ってずっとここにいるけど毎日食べても飽きることはないよ。」
「確かにそれぐらい美味しい魚よね。ヴィクトルはこの街が大好きなのね。ところで聞き忘れたけど、ヴィクトルって一体なんの仕事をしているの?漁師とか?」
「違う違う。俺の仕事は郵便配達だよ。この街から出ていった人からの手紙だったり色々なものを運ぶ仕事さ。この街は坂道が多いから誰もなりたがらない仕事だけど、毎日みても飽きない素敵な景色も見れるし、多少さぼってても怒られないし、最高の仕事さ!アズラエル帝国からルチェラ連邦に和平の手紙を配達したのも俺の親父達が届けたって話さ!まぁっつてもそん時まだ俺は子供であんまり覚えてないんだけどさ。」
郵便配達、なるほどね。この坂道を毎日往復するから、それでこんなに筋肉質の身体つきをしていたわけね。
「凄いねヴィクトルのお父さん。立派な人なのね、お父さんは今お元気かしら。
それに、ヴィクトルってちゃんとした仕事してたのね。私てっきり何もしていないただのサボり癖のある人かと思っていたわ。」
「ひっでぇ~! 俺がサボっていたからってエマ!ひどいよ~それは~俺だって立派に働いているんです!!親父は・・
親父は死んじまったんだ。
和平の手紙を届けた3年後に異国で事故に遭ってな・・」
「そうなの・・・ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまったようで。」
「謝らないでくれよ!もう7年も前の話だし、親父はこの仕事に誇りを持っていた。その仕事の際中に死んでしまったなんて親父も本望だったろう。でもそうだな~ 悪いと思ってるなら今度代わりにエマの演奏、俺に聞かせてくれよ!」
「うん。そんなことでよければぜひ!今度広場で演奏する時聞きに来て!それで旅費を稼げたら今度は私がヴィクトルにご飯をご馳走するわ。」
「おおお それは凄く、凄く楽しみだ!!俄然、明後日のフェスティバルが楽しみになってきた!」
「ふふ、私もよ。あっヴィクトル! 口にソースついてるよ。ゆっくり食べないと。」
「あぁ、ごめん。恥ずかしいななんだか。ハハ。ハハ。」
姉さん、もしや・・これは良い雰囲気というやつでは・・生まれてからずっと姉さんと一緒にいたけど姉さんが同年代の異性とこれだけ楽しそうにお喋りするのは珍しい。
僕も何かアシストした方がいいのかな・・
でも僕には恋愛経験もないし・・どうしたら・・
カランカラン
「いた。ヴィクトル!!お前またこんなところでさぼりやがって!」
「ゲッ、モリスさん!?いやぁーなんというかご飯ですよご飯、サボりじゃありませんって。僕たちの仕事は体力勝負!体力をつけねば午後からも全力で手紙を運ぶことは・・」
「うるさい!お前の場合は日中のほとんどが休憩だろうが。早く仕事に戻らんか。」
「はいはい戻りますよ。エマごめんね。お代は払っておくからゆっくり食べていってね。」
「うん、ありがとうヴィクトル。また明後日ね。」
「ヴィクトル!何してる、早く行くぞ!」
「分かってますって、今行きますよ!エマ!明後日楽しみにしてる。必ず広場に行くからね!」
カランカラン
・・・
「行っちゃったね、ヴィクトルってさわかりやすいよね。」
「何が?」
「えっ!? 絶対に姉さんに気があるでしょう。誰も知り合って間もない人にご飯とか奢らないし。姉さんに気があるから親切にしてフェスティバルのことまで教えてくれて・・」
「クリフ、人をそんな目で見ちゃいけないわよ。単にヴィクトルがお人好しなだけなのよ。」
「へぇ~~ そうか~~ 姉さんって意外と鈍感だったんだね。これじゃヴィクトルに勝機はないね~」
「ヴィクトルに勝機もなにも私たちは旅人よ。旅はこれからも続けるだろうし、人並みに恋をして子供を産んでこの街に永住するつもりなんて、今の私には考えられないわ。」
「まあそうなんだけどさ。僕も弟して姉さんには幸せになってもらいたいわけだよ。まあ相手はヴィクトルじゃなくてもいいんだけどさ。」
「私の幸せはあなたの身体を手に入れて堂々と二人で旅をすることよ。」
・・・
「宿に戻って休みましょう。明後日のフェスティバルで演奏してこの街の人々の魂を視るわ。今度こそ、黄金色に輝く魂をもつものがいればいいのだけど。」
「・・・そうだね、姉さん。ありがとう。」
人にはそれぞれ肉体と魂が必ず存在し、中でも稀に色付きの魂を持つものがいる。私は二胡を演奏することで人々の魂の色を識別できるようになるのだ。
お爺さんが昔言っていた。私が演奏することで人の魂を識別できるのは神様から与えられた力だと。お爺さんのお爺さんが昔私と同じ力を持っていたらしい。お爺さんは昔から困ったことがあれば、黄金色に輝く魂を持つものを訪ねなさいと言い聞かされてたらしい。だから、黄金色に輝く魂を持つ者を見つけることができれば、クリフのことも何とかなるかも知れないって言っていた。
見つけた後どうするかまだわからないけど・・とにかく私たちは旅を続ける。いずれ黄金色に輝く魂を持つ者を探し出すまでは・・・
「クリフあなた疲れたんじゃない。少し休みなさい。朝からずっと起きてるでしょう。」
「う~ん。じゃあそうさせてもらおうかな。姉さんがヴィクトルに寝込みを襲われないように僕が夜中監視していないといけないしね。」
「クリフ!寝込みを襲うって一体どこでそんなこと覚えて」
「お休み~~」
「クリフ!クリフ!・・もう・・」
姉さん・・
僕は例え人の身体を手にできなかったとしてもこうやって大好きな姉さんと共にいるだけで・・・
僕はね・・幸せなんだよ。