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オオカミカエルの在り方 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うむむ、クリスマスイブもまた冷えるねえ。

 こんな日こそ家でのんびりしたいけれど、そうも行っていられないのが現代社会。大人はいつも通りの仕事が待っている。

 もはや曜日とか気にしていられない。出る日か出ない日しか存在しない感じだよね。子供のころは楽しみにしていた一日一日が、こんなにもしんどく感じられるなんてなあ。そこに寒さもともなえば、自然と身体の動きも鈍くなるわけでして。

 

 動物たちにとっても、寒い間の過ごし方は課題となることが多い。

 いわずと知れた冬眠もしかりだし、そうしてじっと休んでいる動物を狩るために、冬に活発に動く肉食の獣もいるらしい。

 冬はいわば、天然の冷蔵庫。とらえた獲物を長く保管しておくに、適した環境が整っている。動物たちも経験からそれらを学んでいるんだろう。

 人間たちの間にも、この冬場になると奇妙な獲物を追って山に入った言い伝えが、ちょろちょろと各地に残っているらしい。僕の聞いた話なんだけれど、聞いてみないかい?

 


「オオカミカエルが冬越す前に、獲ればその冬、また越せる」


 僕の地元に伝わる一節だよ。

 話によると、ニホンオオカミがまだ数いたころ、冬に出歩くオオカミたちの中に「オオカミカエル」と呼ばれる珍種が紛れ込むとされた。

 その図体は並のオオカミよりひと回り大きく、特に下腹は中に子でも抱えているかのように、大きく膨らんでいる。

 動く時も、走るというよりも前方に大きく、何度も飛ぶようにして進んでいく。近くの獲物には?みつくが、少し間が開いたものには、口から飛び出す舌で瞬く間に絡め取り、自由を奪いながら引き寄せるのだとか。

 その奇妙な生き物の胆は、煮込んで食べると、それだけでひと冬の間は食事に困らなくなるという。そう流布されたものだから、熟練からかけ出しの猟師まで、オオカミカエルを求めて山へ繰り出すわけだ。


 聞くに不可解な生き物相手。やみくもに当たったところで、見つかるとはとうてい思えない。それを裏付けるように、かつてはオオカミカエル専用の狩りの準備があった。


 まず、くたびれた革手袋を用意する。薄ければ薄いほどよく、穴がまばらに空いているなら、なおよし。


 次はそれに動物の血を混ぜた骨粉をまぶし、獲物の匂いを十分に皮へなじませ、山中へ置いておく。

 このとき、手袋間には十分な間隔を開けることが望まれ、たいていは猟師たちの話し合いで調整されたそうだ。もっとも、手前勝手にやる奴は後を絶たなかったが。

 

 仕上げに、あらかじめ剥製はくせいとしておいた鹿の脚を、手袋近辺の地面に押し付け、足跡を残しておく。あたかもここを獲物が通ったように見せかけるためだ。


 後は待つ。半日、一日で成果が出るとは限らない。

 何日も見張り、オオカミカエルの訪れを待つ。それもあいつらに悟られないように、野営するなら、ある程度の距離を置いた場所で行うことが求められた。

 もしオオカミカエルが来たのなら、その場の様子ですぐに分かるという。



 ある年若い猟師も、前々からオオカミカエルのウワサは耳にしていた。

 父は昨年に腰を悪くして現役から退いていたし、ここはどうにかオオカミカエルをものにして、暮らしの一助にできればと考えていたそうだ。

 かつて父は、長い猟師人生の中で一度だけオオカミカエルと出会ったことがあったらしい。先の狩る準備もまた、父が教えてくれたことだ。

 ただ、できる限り近場で野営し、オオカミカエルを待ち受けようとする息子を、父は止める。


「そんなことをせんでも、奴が来るときには、すぐにそうと分かる。普段通りに過ごしていろ」といった具合に。


 実際、山へ入るたびに手袋の様子を探っても、特に変哲はなかった。

 本当にオオカミカエルが現れるのかと、不審に思いながら10日ばかり経った夜。



 息子は奇妙な夢を見た。

 まだ明るい山の中に、自分は立っている。そこは例の手袋を用意したところだ。

 夢の中でも身体の自由がきいた。反射的に近くの幹へ身を隠すと、ほどなく手袋近くの木の陰から、ひょっこり顔をのぞかせてきたものがある。

 カエルだ。土と同じ茶色に背中を染めたカエルは、転がっている手袋へまっしぐらに飛び跳ねていく。

 しばらく手袋を周りを跳ねていたカエル。何度か顔をこすりつけるような動きをした後、手首側からもぞもぞと中へ入り込んでいく。

 カエルは土の浅いところ、あるいは落ち葉の影などで冬の間は休むことを、彼はしばしば確認していた。それをわざわざこの手袋を選ぶなんてと、意外に思いながら見守る彼の視界へ新たに入ってくるものがあったんだ。


 オオカミだ。

 冬に合わせ、白く毛並みをそろえたその姿に、息子はぴんと背筋を伸ばしてしまう。

 このとき、まだ夢の中と気づいていなかった息子は、とっさに得物を確かめるも、丸腰。下手にその場を去ろうにも、音を聞きつけられる恐れがあった。

 息を殺しながら様子をうかがうも、オオカミはこちらをちらりとも見やる様子はない。その視線はまっすぐ、手袋へ注がれている。息子が仕込み、いまさっきカエルが潜り込んだばかりの手袋に。

 タチタチタチ、とこちらまで音が聞こえてきそうな、緩い四本足の運び。やがて手袋のそばで立ったオオカミが、その鼻で手袋の手首をこじ開けようとして――。



 息子は目を覚ました。

 外は夕焼けで、家全体を染めるように赤い光が差し込んできている。どうも昼飯を食べてから、そのまま寝入ってしまったらしかった。


「見たのか?」


 家の片隅で横になっている父が、頭をおさえた息子に尋ねる。


「見たなら、すぐに行ってみるといい。きっとそこにあいつがいる。

 だが、武器はいらんぞ」


 父がそう話すも、あの夢で見た丸腰の心細さが、息子の背中に張り付いている。

 いつも使う弓矢を背負い、山刀を腰へ帯びて、息子は手袋のあったところへ急ぐ。


 いつの間にか山には、新しい雪が浅く積もっていた。自ら履くわらじの足跡、立つ音を気にしながら進む彼は、やがて夢のように、さっと幹へ隠れた。

 あの手袋の近くで、オオカミが仁王立ちしていたんだ。夢で見た通りの白い毛並みで、こちらに背を向けながら、うつむいている。

 しかし、その後ろ足の間からのぞく腹は、地面にこすれるかというほどに膨らんでいるじゃないか。

 手袋の手首からは、かすかに色のついた水がこぼれ出ている。あれが夢に出てきたカエルのものならオオカミがカエルを食べたのか? もしそうなら、あの小さい身体でオオカミのお腹が、あんなにも大きくなることがあり得るのか?


 湧き出しかける疑問を振り払い、彼は少し身を乗り出し、弓に矢をつがえた。

 経緯はどうあれ、格好は話に聞くオオカミカエルそのものだ。吟味は、こいつをしとめてからでもいい。

 弦を引き絞る音。それを聞きつけて、オオカミが顔をこちらへ向けたが、「もう遅い」とばかりに、息子はひょうっと矢を放った。


 信じられなかった。

 矢はオオカミへ届く直前に、いきなり姿を消してしまったのだから。

 いや、そのわずかな間で、オオカミの口元が動いたような……。

 すぐ二の矢を継ごうとする息子だが、つがえるより早く、自らの持つ弓がぐいっと引っ張られた。

 こちらの握力より、ずっと強い。拮抗できたのはわずか三拍ほどで、弓は相手にもぎ取られてしまう。


 今度ははっきり見られた。

 オオカミの開いた口、そこからひものように伸びた長い舌が、弓の握り部分へ巻き付き、思いもよらない力でもって、引っ張ってきたんだ。

 舌の引っ込むまま、口元へおさまった弓を、オオカミはさして口を開かないまま、真っ二つにかみ砕く。その折れたところから器用に口の奥へ突っ込むと、ときどき音と木くずを出しながら、あれよあれよと弓を食べきってしまった。

 こうなれば山刀を投げつけてと、手を伸ばすより先に、オオカミカエルの舌が届く。

 柄をひっつかんだ舌は、鞘ごと息子の身体を倒さんばかりの力で引っ張ったんだ。突っ伏した息子が立ち上がった時には、もう山刀は影も形もなく、ただオオカミカエルが口の中で、何度も硬い音をそしゃくする音が響くばかりだった。


 もう武器はない。

 夢と同じ状況になって立ち尽くす息子だったが、オオカミカエルはごくりと大きくのどを鳴らすと、ついっときびすを返して、山の中へと向かってしまう。

 やはり話で聞いた通りに、走るのではなく、何度も大きく前へ跳ねながら、あっという間に小さくなっていく。

 残された息子が恐る恐る手袋をのぞくと、その中は黒ずんだ血の洪水となっているも、中にいただろうカエルの痕跡は、他に何もなかったんだ。



 その日から、息子が何か話すでもなく、オオカミカエルが現れたという話が広まった。

 同時に得物を食われたという声も多くあがる。中には犬がやられたと話す者まで出てきた。


「あいつは武器や生き物に敏感でな、人の反応ではどうにもならんだろう。

 だがひとつ、敵意なき人には向かってこん。むしろ懐くような動きさえ見せる。そうして逃げ場のない屋内へ招き、罠にかけたりしてだまし討つ。それが一番確実なのだ」


 調子のよい時に父がそう話すも、息子が再び出会う前に、オオカミカエルを仕留めたという報が息子に届けられる。

 その胆は村長主導の下で大鍋でゆでられ、村民に分け与えられたという。

 息子も父親も身体が大いに温まり、特に父親は悪くした腰がいくらか良くなる兆しがあった。そしてひと冬とはいかないものの、およそ半月の間、二人が空腹を覚えることはなかったそうなんだ。

 きっとオオカミカエルのみならず、それまでに食べたものの熱が、胆に宿ったままでいるのだろうと、息子は思ったそうな。


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