5-1 亡き婚約者の思惑
結局、あの後、
「こんなに俺に恥をかかせたんだ。お前も俺に付き合え」
とか何とか傍若無人なことを言われて、私はリオンの用事に付き合わされる羽目になった。まあ、下着店でちょっとだけ肩身の狭い思いをさせてしまったから、仕方ない。
てっきり報復として、男性用の下着店にでも連れて行かれるのかと身構えていたのだけれど、身近な使用人へのお土産選びと、小腹が空いたからと、喫茶店に入ったくらいだった。ちなみにリオンはサンドイッチと珈琲、私はパンケーキを注文したんだけど、リオンは私のパンケーキに飾ってあったチョコレートを勝手に食べたうえに、
「甘……」
と言って顔をしかめ、珈琲で無理矢理流し込んだのだった。何てもったいない、私のチョコレートを返せ! と思った次第である。そして、
(いつか、リオンにも食べられるチョコレートを作ってあげよう)
と固く心に決めた。
帰宅して自室に戻ると、早速「リオン様とのお出かけは、どうでしたか?」と興味津々に尋ねてくるリナに、私は今日の出来事を伝えた。
するとリナはにこにこして、
「それって何だかデートみたいですね」
と感想を述べた。
……………。
デート? あれが?
私は腕を組んで考え込む。
デートってもっと、こう、手を繋いでドキドキしてみたり、あーんってしてあげたり、とにかくもう、いちゃいちゃするものでしょう?
一方で私たちの絵面っていえば、仏頂面をして珈琲をがぶ飲みしている男と、パンケーキを脇目も振らずガツガツ食べる女。色気皆無である。いちゃいちゃの「い」の字にも達していない。
しかし。
(リオンと私、ねぇ)
その組み合わせに、胸に秘めていた苦い思い出が、にわかに蘇った。
☆
それは、ある麗かな午後。ジーク様と婚約することを決めて、しばらく経ったある日、彼の屋敷を訪れた時の出来事である。
「エレナ。君に渡したいものがある」
ジーク様に、そう言われて、私の心は最高潮にときめいた。
だって私たちは婚約者。婚約の証に相手に渡すものなんて、一つしかない。
(とうとう、この日が来たのね……!)
まさに感無量。幸せの絶頂である。
実の所、ジーク様は、なかなか婚約指輪をくださらなくて、少し、やきもきしていたのだ。
そうして、私はジーク様の私室に通され、勧められるままに、ふかふかのソファに腰掛けた。対面にはジーク様。その手には、深い紺色をした宝石箱。形状は間違いなく指輪を入れるものだった。
どきどきと胸が高鳴る。
多分、私は、鬼気迫る表情で、食いつくように宝石箱を見ていたのだろう。少しだけジーク様が引いたような感じでのけぞる。
しかし、すぐに気を取り直したようで姿勢を正し、私の方にすっと宝石箱を差し出した。私も、恭しくそれを受け取る。そして尋ねた。
「開けてもよろしいでしょうか?」
当然「どうぞ」という答えが返ってくるものとばかり思っていた私だったけど、
「その前に、君に伝えておきたいことがあってね」
と制止された。「聞いてくれるかい?」と尋ねられれば「はい」と答えるしかない。
……なんだか、すごく嫌な予感がする。
そして、そういう悪い予感ほど、よく当たるものだった。
「実は、私は君と婚約しようとは思ってもいなかったんだ」
……………はい。
まさに青天の霹靂でしたね。
私はただただ、口をあんぐりと開けるばかり。
私、何を、どう間違って解釈した?
でもジーク様は確かに「うちの嫁に来ないかい?」って聞いてくださったと思うの。それも私の都合の良い幻聴だった??
うろたえる私に、ジーク様は苦笑しながら、婚約指輪が入った箱を開けるよう、促した。
婚約するつもりがなかったのに、婚約指輪を渡すとは、これいかに。
私は消沈しながらも、ジーク様の勧めるがままに箱を開けた。
その中には、ちゃんと銀の婚約指輪が入っていた。
それって、婚約しようとは思っていなかったけれど、考えを変えてくれたってことよね?
期待を込めた目でジーク様を見やると、彼は、
「手に取って、内側を見てごらん」
と促した。
「…………」
中を見たその瞬間に、私は全てを察した。