4 お買い物へ行こう
空は晴れ渡り、気候もちょうど良く、絶好のお買い物日和だった。
「んー、いい天気! そう思わない?」
私は両手を上げて大きく伸びをしながら、隣を歩くリオンに声をかける。リオンは領民の間で流行っている服と眼鏡、そして帽子という格好だ。私も似たようなもので、つまり私たちは変装しているのである。
いわゆる、お忍びというやつだ。
もちろん、リオンに何かあってはいけないから、手練れの護衛もちゃんと付けてもらっている。つかず離れずを保ってくれていて、ありがたい。
(お酒の安売りかぁ)
きょろきょろと立ち並ぶお店を見回しながら上機嫌な私とは対照的に、リオンの眉間には大きく皺が寄っている。私の呼びかけに答えようともしない。
けれど、目当ての店に入ったところで、ようやく彼は口を開いた。
「なんで俺が、お前の買い物について来ないといけないんだ」
今度は、ぶつぶつと文句を垂れ流し始める。しかし、私の荷物を人質に取った彼に文句を言われる筋合いなど、ない。
さて、ここは御婦人方の下着を売っているお店だ。店内は、女性向けであるため、とても可愛らしい内装である。今も、お客さんは女性しかいない。
つまり、この場に殿方がいるということ自体、違和感があるわけでして。
私は、わざと大きめな声で、彼の問いに答えた。
「あら、だって貴方が私の下着を根こそぎ持って行ったからじゃないですかー」
はたして、私の言葉を聞いた他のお客さんが、リオンを見ながら、ひそひそと話し始める。
「聞きました、奥様」
「あの方、あの女性の下着を根こそぎ奪ったって」
「変態かしら?」
「変態ね」
聞こえていますよ、奥様方。
リオンが隣でぷるぷるしている。
……まあ、いいや。下着を探すのに、くっついて回られても選びにくいので、そのままにしておこう。私はじっくりと下着を見たい。
私はリオンを置いて店内を見て回る。リナがお勧めしてくれただけあって、品揃えが豊富だ。
そんな中、一際目を惹く一角があった。
(うわぁ)
凄いなあ。この何にも隠していない感じの下着。まさに勝負という感じだ。
私の中で悪戯心がむくむくと湧き上がる。それを手に取って、リオンの元に戻った。そして。
「こんなの、どう?」
私は、そのぴらっぴら、透けっ透けの下着を、冗談まじりに当てて、にっこりと微笑んでみた。
てっきり「お前みたいな年増が着ても寒いだけだ」とかなんとか悪態つかれるだけだと思ったんだけど。
リオンがぴしりと硬直した。
耳がほんのりと赤い。
ん? もしかして、照れてる??
……いやいや、リオンは地位があるうえに美形の部類で、夜会なんかでも、とっても人気者だ。彼自身、お嬢様方の扱いも洗練していて、初心だとか奥手だとかとは縁遠い人物なんだけど。
というか、何か言い返してくれないと、流石に私の方が恥ずかしいのだけれど。
……………。
……戻しておこう。
すごすごと棚に返しに行く私を見て、リオンが物言いたげな視線で私を見た。何? と首を傾げると、彼は少し口籠もり……そして、こう言った。
「買わないのか?」
「買いません」
私が着て、誰が喜ぶというのか。そのくらいの分別はあるのです。
ちなみに私は、いつものに似た、機能性重視の色気皆無な下着を見つけることができて、とても満足した。もちろん、お会計はリオンにしてもらいました。
女性用下着を手に、仏頂面をして会計に向かう若き領主。困ったような顔をして包装する店員さん。シュールな絵面だ。
「ありがとうございました!」
愛想の良い店員さんの声を背に、私たちは店を出た。
通りに出るなり、お花が描かれた可愛らしい包装紙に入った品を、リオンが乱暴に私に押し付けた。すこぶる不機嫌である。思い当たる節があるから、お姉さんがちゃんとフォローしておこう。
「心配しなくても大丈夫だからね」
「何がだ」
胡乱な目で私を見るリオン。
「いつかきっと、あんな悩殺下着を着てくれるお嫁さんが来てくれるから」
「そんなもの、いらん!!」
えー。なんか少し物欲しげな感じだったけどなぁ。チラチラ私を見ていたし。
残念ながら、私の友達とかに妖艶タイプはいないから、紹介とかお力にはなれそうもない。是非とも自力で見つけて欲しいな。
リオンならきっとできる! できる子だもの!
そんなことを考えていると、不意に頭にリオンの手が乗せられた。拳を作ったその手で、ぐいぐいと私の頭を上から押してくる。
「お前、また至らないことを考えているだろう」
「何も考えていません。無我の境地です」
正直に答えたのに、まだぐいぐいしてくる。すごく痛いわけじゃないけど、地味に痛いです。