3−4
領主の仕事は忙しいものだ。
夕方以降の方が、時間が取れるだろうと考え、リオンの侍従であるソールに面会の申請をすると、
「エレナ様は補佐なのですから、いつでもお会いできますよ」
と言われ、さらに、
「ただ、できましたら日の高い時間の方がよろしいかと」
と付け加えられた。気を使ったつもりだったけど、空回りしちゃったのかな。
「そっか。せっかく夕方以降のんびりしようと思ったのに、私が来ちゃったら、台無しだものね……」
流石の私も、リオンの憩いの時間を邪魔するのは忍びないから、次からの面会はお昼の時間帯にしておこう、と考えていると、
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
と言葉を濁される。訳が分からず首を傾げていると、ソールは、一体どこから取り出したのだろう、小さめの棍棒をそっと私に渡してくれた。
「??」
ますます意味が分からない。忙しすぎて機嫌が悪すぎるリオンが、無差別に攻撃してきたりするのだろうか。
…………。
いやいや、リオンはそんなに暴力的な人ではないし、そもそも、武術に秀でている彼に本気で攻撃を仕掛けられたら、私はひとたまりもないだろう。
でも……。
ソールが心配げな眼差しで私をじっと見つめている。その視線に負けて、私は棍棒を懐にそっと忍び込ませたのだった。
☆
ソールの言うおり、リオンの部屋を訪ねると、すんなりと通してくれた。でも、机を見れば書類が山積みで、ソールは、ああ言ってくれたけれど、昔のように気軽に訪れるのは控えた方がいいのかなって思った。
リオンは私を見ると、書き物をしていた手を止め、少し顔を顰めた。
「妙齢の女性が、夜中にふらふらするのは感心しないな」
開口一番、そう言われて初めて、私はソールの警告の意味に思い至る。
(あー、そういうこと……)
でも、この屋敷自体は、そんなに危険だとは思わないんだよね。しっかりリオンの目が行き届いているし、厄介な親族の出入りも、きちんと管理されている。
あの親戚の少女だって、大した害はないって判断されて入ってきたのだろうし。
……リオンが危険ってことは、ないと思います。私に対してイライラすることはあっても、ムラムラはしないだろう。
「で、何の用だ?」
何にせよ、早くリオンを休ませてあげたいので、要件は手短に済ませておこう。
「私の荷物、ちょっと開けたいんですけど」
そうお願いすると、リオンは「勝手にどうぞ」というように顎で部屋の一角を指し示す。その視線を辿ると、確かに私の鞄が置いてあった。埃が被らないように布をかけてくれている。
私の鞄。
その中に「本物」の婚約指輪は入っている。
そう。リオンの親戚の子に見せた婚約指輪は、偽物だった。リナに頼んで、急いで準備してもらった既製品である。けれど、私がジーク様との婚約中に身に付けていたものも、自分としては認めたくないけれど、偽物の婚約指輪だったのだ。
つまり、自分でも訳が分からなくなるのだけれど、私は二対の婚約指輪と一つの偽物を作成していることになる。
より正確に言えば。
一、ジーク様が準備してくださった指輪が一対。裏にイニシャルが彫られている「本物」の指輪である。私の荷物として、リオンが持って行った鞄の中に入れていた。なお、私個人からすると、これを「本物」と認めるのはかなりの葛藤がある。
二、私が準備した婚約指輪が一対。裏に名前が彫られている。一つは先のとおり黒ずんでしまい、もう一つは亡きジーク様の棺の中だ。本来、婚約指輪は男性側が作成するものだから、これは偽物としか言いようがない。
三、リナに急遽、準備してもらった指輪が一つ。今、私がはめている物である。
ということだ。
二の指輪は、実のところ、ジーク様が亡くなって、この家をお暇しようとした時に、ここに置いて行こうと思ったのだ。痛い思い出しかない代物だ。だから本当のところ、盗まれても大きな痛手があったわけではない。
私は、鞄の奥に手を突っ込む。そして、一対の宝石箱があることを手触りで確認した。
………リオンは、中身、見たりしてないよね………?
見ていたのなら、何か言及されるはず。黙っているってことは、見ていないと断じて良いだろう。
私は、ほっと安堵の息をついて鞄を閉め、そして鍵をかけた。一応、リオンに断りを入れておく。
「下着を被られたりしたら嫌なので、鍵をかけました」
「誰が被るか!」
また怒られた。……反抗期なのかしら?
第3話 了