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3−2

※注※ 不思議な造語が出てきます。

 さて、昨日のうちに、指輪を捨てられていそうな場所に目星をつけておいた。忘れ物もない。

 いくつか探す候補地はあったんだけど、最初に向かった先に、それはあった。


(一発目で当たり、ね)


 そこは洗濯小屋である。

 

 すごく不自然な感じに、平たい桶が置いてある。明らかに、私のものではない字で「触らないこと。エレナ」と書いてある。突っ込みどころ満載である。


(頭痛い)


 昨日の夜にでも、こっそり設置されていたのだろう。洗濯している使用人の皆さんも、どうしたら良いものか扱いあぐねて、放置してある感じだ。

 誰もが、敢えて、そちらに視線を向けないようにしている。正しい判断だ。


「あの、申し訳ないのですが、こちらを少し使わせていただきたいので、空けていただけますか? リオン様にはお話しておきますので」


とお願いして、人払いをする。怪しすぎる桶の扱いに困っていた使用人の皆さんは、一様にほっとしたような表情で、部屋を明け渡してくれた。


 さて。

 問題の平たい桶には、たっぷりと水が張ってある。その中には、白い服が漬けられていた。


(私の服じゃないですか)


 指輪だけでなく、服まで盗まれていたのか。全然気づかなかった。それもこれも、私の荷物を全部持って行ったリオンのせいである。

 しかも、この桶に張ってある水は、恐らく普通の水ではない。この洗濯小屋で使われているのだ。十中八九、薬剤が溶かしてあるはずだ。


 その薬剤っていうのは、この辺では白製剤って呼ばれる、布巾なんかを白くさせる薬品だ。布製品だけでなく、茶器なんかについた渋も綺麗に落としてくれるのだけど、近年、安価に入手できるようになって一気に普及した、便利な代物である。

 ちなみに、銀と反応すると、銀を黒くする性質がある。

 いや、それ以前に。


(こんな長時間、薬剤入りの水に浸けていたら服が傷むなあ)


 そんなことを考えながら、この服の形状を思い出す。確か、ポケットがあったはずだ。


「…………」


 私は準備していた水を弾く素材でできた手袋をはめる。この白製剤は、素手で触ってはならない薬品だ。まあ、希釈されているから、跳ねた水が少しかかるくらいは大丈夫だけど。

 私はしゃがみ込み、桶に手を突っ込む。水を含んで重くなった服を取り出した。そしてポケットを探ると、確かに、小さく固い感触があった。


 思ったとおり、指輪は服のポケットの中に突っ込まれていた。


(…………)


 取り出した指輪は、予想に違わず、銀と薬剤が特殊な反応を起こしており、黒ずんで見る影もない。

 裏に彫ってあるジーク&エレナの名が辛うじて分かるくらいだ。


(あーあ……)


 分かっていたこととはいえ、我知らずため息が漏れた。


 と、その時。


「あら、エレナ様ではありませんか」


 そんな声が頭上から聞こえてきた。まあ、見なくても分かるけれど、一応振り仰いで見ると、リオンの遠い親戚が立っていた。

 なお、その隣にはリオンの姿もある。


 わざわざ連れてくるとは……ご苦労なことだと感心する。


 ちなみにリオンは、すっごく面倒臭そうな顔をして私から目を逸らしている。関わりたくない、という気配が全身から発されていた。


 いや、全部貴方のせいだから、何とかしてください。


 そう言いたいのは山々だけど、ぐっと堪える。文句は後にして、今は、この娘に対処するのが先決だ。


 リオンの遠い親戚は、私の手の中にある指輪を見て、わざとらしく口に手を当てた。


「まあ! それが貴女のおっしゃっていた指輪ですの?」


 そのまま、私が口を挟む間も与えず、続けた。


「やっぱり失くされていたのね。しかも、大切な指輪なのに、このようなことになって……貴女はジーク様に相応しくなかったのですわ。そう思いませんこと? リオン様」


 勝ち誇った声と顔で、彼女はリオンに告げる。リオンは、すごく興味なさそうな顔で、


「うん? そうなのか?」


と私に聞いてくる。いや、聞くな。

 ほら、貴方が私に尋ねるから、お嬢さんが悪魔のような形相になっているじゃないですか。

 ……仕方ないので私はリオンを完全無視して、少女に向き直った。


「あのー。盛り上がっていらっしゃるところ、少しよろしいですか?」


 そして、にっこりと微笑んでみせた。


「誤解があるようですので、訂正させていただきたいのです」


 そう言いながら、私は手袋をそっと取る。そして素肌が露わになる。

 右手の薬指。

 そこには銀の指輪が光っていた。少女が目を見開く。そんな彼女に向けて、私はもう一度、微笑んだ。


「私とジーク様の婚約指輪は、ほら、このとおり。ここにあります。この黒ずんだ指輪は、きっと私の指輪とは別のものでしょう」


 手を裏表、おどけたように、ひらひらさせてみた。そんな私の仕草を見て、少女が顔を真っ赤にして、がなり立てた。


「こんなもの、偽物に決まっていますわ!」


 まあ、そう言うよね、普通。でもね。


「その根拠はなんでしょう? 本物か偽物か、貴女にお分かりになる、と?」


 私は腕を組む。そして首を捻って見せた。


「それは不思議ですね。貴女は私の婚約指輪を、そんなにまじまじと見たことはないはずですが」


 右手を上げると、指輪がシャンデリアの明かりを受けて、きらりと光った。


「もし、貴女が知っているとおっしゃるのなら、きっと貴女は私の指輪を、手に取って、しっかり見たことがある、ということですね」


 私は指輪に軽く口付けて、相手に向き直り、微笑んだ。


「でも、それはおかしいですよね? 私はジーク様が亡くなるまで、この指輪を常にはめていましたし。ジーク様の指輪は、亡骸と共に火葬されましたから」


 そう、私の手元に指輪がある以上、誰もそれが本物か偽物かを判じることなんて、できない。ーー盗んだ人以外には。

 そもそも、婚約指輪って、シンプルなものが好まれるから、どんなものでも似通っているのよね。

 ……だから正直、婚約指輪を使って私を陥れる、なんて計画は、最初から無理だったのだ。まあ、それもこれも、婚約指輪に多大な憧れを抱く、乙女としての若さゆえだろう。


「私、婚約指輪を盗まれた覚えなんてありませんし……これは、本物ですよね?」


 私は念押しする。

 本物と言えば、丸く収まる。しかし偽物だと言い張れば、何故そう言い切れるのか追求される。彼女には最早、選択の余地はないのだ。


 やがてリオンの遠い親戚の子は、絞り出すような声で言った。


「本物……だと思いますわ」

「そう。分かってくださって、とても嬉しいです」


 私は極上の笑顔を、その子に送った。

 ……親戚の隣で、リオンは「やれやれ」といった表情で首をすくめていた。

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