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2 夜討ち朝駆けはやめてください

 チチっと朝を告げる小鳥の鳴き声が聞こえる。窓から見える空は快晴。うん。爽やかな早朝だ。


「よし」


 私は一つ頷き、額にうっすら滲んだ汗を腕で拭った。

 ここはジーク様より私にあてがわれていた部屋で、最初から必要なものは何でも備わっていた。そのため、私の個人的な持ち物は、あまり多くない。

 それを大きな鞄に詰め込む。この鞄は、私がここに来た時に私物を入れていたものだ。物が増えていなければ、私の持ち物は全て、この中に収まるはずであり、実際、きちんと収まった。

 夜逃げする準備は完璧だ。いつでも逃亡可能である。


「ふふっ………くふふふっ……」


 私が鞄を抱いてにたにた笑っていると、扉を叩く音が聞こえた。


 こんな朝早くに、誰かしら。

 まあ、多分、私の侍女のリナだろうけど。


「はい」


と答えて、何の警戒もなく扉を開ける。そしてーー硬直した。


「おはよう」


 扉の向こう側にいた人物。それは私の天敵、リオンだった。

 夜討ち朝駆けはやめてほしい。いや、そんなことより。


 うわっ、鞄、見られる!


 我に返った私は、咄嗟に扉を閉めようと思ったけれど、時既に遅し。

 リオンは、扉の隙間にがしっと足を入れる。巷で問題になっている押し売りも顔負けの強引さである。


「おはよう。いい朝だな」


 手で扉の縁を掴み、挨拶を繰り返つつ、にっこりと微笑まれた。すごく……作り笑いっぽいです。


 部屋に入れろ。


 そんな無言の要求に負け、私はしぶしぶリオンを部屋に招き入れた。リオンは部屋を一度ぐるりと無遠慮に見回し、そして言った。


「見事に何もないな」


 何事か含んだ物言いに、私は澄ました顔で、こう答える。


「整理整頓は、清潔な暮らしに必要です」


 するとリオンは肩をすくめ、こう続けた。


「どう見ても夜逃げの準備なんだが?」


 ぎくり。


「そんなわけ、ないじゃないですかー」


 動揺を悟られないよう、私は努めて飄々とした態度を崩さず、彼の疑念を否定する。しかし敵は手強かった。

 リオンは勝手に部屋の中央まで踏み込むと、私の鞄を無遠慮に開いたのだった。


 おい、こら。


「乙女の鞄を勝手に開けるなんて、紳士にあるまじき行為だわ!」

「誰が乙女だ、この年増」


 ぐわー、腹立つー!

 確かに「乙女」は、自分でも失敗だと思ったけども!

 私が屈辱に悶えている中、リオンはぼそりと呟いた。


「色気のない下着だな」


 失礼な。

 確かに地味な下着ばっかりだけど、ジーク様との初夜のために準備していた、とっておきの悩殺ものもあるんだから!

 ……結局、結婚もできず、着ないままで終わったけど……。


 それと下着はもうちょっと中の方に入れておくべきだった。旅の途中とかで、うっかり鞄の口が開いた時、公衆の面前で下着をぶちまけてしまう、なんてことになったら恥ずかしすぎる。


 何はともあれ、このままじっと下着を検分され続けるのも嫌なので、私は要件を尋ねた。


「で、貴方はここに、何しにきたのよ?」


 するとリオンは、にっこりといい顔で微笑んだ。


「お前の私物を預かりに」


 ……ん? 今、何て言った?


「人質……いや、物だから物質か? それがないと、お前、逃亡するだろう?」


 そして、私の鞄をちらと見やり、にやっと笑った。


「丁度まとめてあるみたいだから、良かったな」

「良くない!!」


 しかし、傍若無人なリオンは、私の鞄の取っ手を引っ掴むと、


「じゃあな」


と言って、鞄を持ったまま、部屋から出て行こうとする。


 ああ、私の私物が……。

 抗議したいけれど、相手は屋敷の主人で、いわば専制君主だ。どう考えても私の方が、分が悪い。


 なす術もなく見送る私を、リオンは扉を閉める直前に、ふと思い出したように振り返った。


「ああ。必要なものがあれば、リナに言うように」


 そして、今度こそ、私の荷物と共に去って行った。

 入れ替わるようにして、私付きの侍女であるリナが澄ました顔をして入ってくる。


「リナぁ」


 私は恨めしげに彼女を見る。

 だって、リオンのこの襲撃。タイミングが良すぎて、誰かの手引きがあったとしか考えられない。そして、それができるのは私付きの使用人であるリナしかいない。

 リナは、にっこりと笑って、こうのたまった。


「わたくし、もっとエレナ様と一緒に過ごしたいのです」


 リナはこの屋敷の使用人だけど、子供の頃から、頻繁にここに遊びに来る私の世話を任されていた。つまり、リオンと同じように割と付き合いが長く、頭が上がらないところがあるのだ。私だって、リナともっとたくさん過ごしたいのは山々なんだけど。


「こんな魑魅魍魎だらけのところ、早く脱出したいのに〜」

「貴女だけ逃しません。わたくしと一緒に魑魅魍魎ライフをエンジョイしましょう!」


 ちなみに、別に私だって、今すぐ逃げようと思っていたわけじゃないのよ? ちゃんと「残る」って言ったわけだし。

 ただ、いずれはここを去る予定だから、準備と予行演習は早くするに越したことはないと考えていただけで。


 それにしても、ふつふつと怒りが湧き上がる。

 リオン、許すまじ。

 何が許せないかって? それは、私の下着を盗って行ったことである。


 下着はね、結構、自分に合った着心地が良いものを見つけるの、大変なのよ? 地味だけど、動きやすく、暖かく、それでいて汗の吸収も良い。そんな機能的な逸品だったのだ。


 とにかく、いつか下着は買いに行ってもらいますからね!

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