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1−2

 葬儀が終われば当然、死者の元婚約者の居場所なんて、ここにあるはずもない。私が退去のため部屋の荷物をまとめていたら、リオンの従者であるソールから突然、


「リオン様がお呼びです。早急に書斎へお向かいください」


と呼び出されたのだ。

 まあ、その時は、


「なんか手続きが残っていたのかな」


という程度で、深く考えていなかったんだけど。

 書斎に入るなり、私は自分の考えの甘さを呪った。


 書斎には私に他にジーク様の親族も呼び出されており、私のことを胡乱な目で見ている。いや、ごめんなさいね、私、場違いで。

 でも、領主の一人息子であるリオンに呼び出されたのだから、仕方ないのです。


 そして先の「息子リオンに家督は譲るけど、エレナに補佐させてね(要約)」っていう爆弾遺言書である。


 当然、親族の皆様が色をなす。


「そんな……! こんなもの、でたらめだ!」

「筆跡だ! 筆跡を確認しろ!」

「いや、たらし込んで書かせたのだろう! こんなもの無効だ!」


 口々にリオンに訴える。

 まあ、皆さんの意見も分からないでもない。後妻が死んだ夫の財産を独り占めにするといった事例は、枚挙にいとまがない。

 しかし、最後の言葉を言った人。私をよく見てご覧なさい? 全財産分け与えて良いと思えるほど、魅惑的じゃないよ?


 あ、自分で考えてて、なんか悲しくなってきた。


 いやいや、そうじゃなくて!

 ジーク様は色香に迷って、そんな軽挙を犯すような人ではない。ジーク様に失礼だ。


 そんな大騒動の中、終始、黙り込んでいたリオンが、唐突に重々しく口を開いた。部屋が水を打ったように静かになった。


「内容については専門家を雇って精査する」


 しかし、親族の一人が食い下がる。


「このようなもの、精査する必要もない!」

「そのとおり!」


 誰かがそれに追従する。しかし、


「専門家に任せる。そして、この場は解散する」


とリオンはそれらの言葉を一蹴し、重々しく告げた。


「リオン!」


 まだまだ食い下がる。なかなかにしつこいな。

 しかしリオンは周囲をぐるりと見渡すと、底冷えするような冷たい瞳で、


「……聞こえなかったか? 解散する」


と、もう一度、静かに繰り返した。……怖い。

 その迫力に、一同、押し黙る。

 そして、しぶしぶとリオンの言葉に従い、書斎を後にして行った。


 それじゃあ、私も失礼して……。


 どさくさに紛れて書斎から退出しようとしていた私は、


「待て、お前は残れ」


というリオンの言葉に静止させられた。


 えー、やだな。私も解散します。


 そう言いたいものの、私たちに話し合いの必要があることは事実だ。だから私は大人しく立ち止まり、リオンの元へ歩を進めた。





 誰もいなくなった書斎は、しんと静まり返っている。

 当のリオンは、引き止めたくせに、しばし無言だった。

 顔が綺麗に整っていることも相まって、六歳も年下なのに、圧倒的な威圧感を醸し出している。

 しかし、このまま黙りこくっていても話は進まない。私は一刻も早く、この屋敷を出たいのだから、時間は有効に使いたい。


「あのー」


と口を開くと、全く同じタイミングで、リオンが口を開いた。


「お前、どうするつもりだった」


 わざと被せてきたような気がする。が、気にせずに身の振り方について説明する。


「いやあ、私ってここの親族でもなんでもないし、出て行くのが当然かなって。ほら、いくら遺言があっても、私は部外者でしょう? ここに私がいても、無駄な争いの種を撒くだけだもの」


 うんうん。家族間の権利関係は、家族間で解決する。第三者が絡むとろくなことがない。私の言い分には、何の問題もないはずだ。

 しかし。


「面倒ごとに巻き込まれたくない、と顔に書いてある」


 即座に突っ込みが入る。


「そんなもの、書いてません」

「書いてある」

「クソ面倒臭いなあ、なんて書いてありません」

「…………書いてある」


 断固として退かないリオン。目が据わっていて怖いので、そっと目を逸らした。なんとなく頬を手で隠しておく。


「お前がいないと、俺が領地を継げないんだが?」


 確かにそれは大問題だ。しかし。


「えー、大丈夫だと思います。だって貴方、ジーク様の唯一の子なんだから」


 だいたい、嫡出子であるリオンの他に領地を継げる人なんていない。あの親族たちだって、そんなことは十分承知だろう。彼らがやりたいことは、リオンの歓心を得て、思うままに権勢を振るうことである。


 しかし、リオンは無言で首を振ると、遺言書を私の顔の前に突きつけた。遺言書の扱いが雑!


「継げないんだが」


 静かに繰り返された。目が、本当に、怖いです。

 私は更に目を逸らしながら、善後策を繰り出した。


「ほら、ここに残らなくても、私たちの屋敷は近いんだし、いつでも貴方の相談に乗れるから」


 遺言には「業務を輔弼する」と書かれていただけで、常に側にいなければならない、なんて、どこにも書かれていなかった。つまり、ひと月に一回程度、定期的に会議する、とかでも十分条件を満たすような。

 しかし。


「…………」


 とうとう無言だ。…………背筋が凍るほどに、怖い。


「はい。ここに……残ります」


 実家に帰ったら夜な夜な化けて出てきそうなリオンの迫力に負けた私は、最早、そう言うしかなかった。つらい。


 でもなぁ。


 本音のところでは、リオンも私を追い出して、せいせいしたかっただろうに。遺言書の力、すごい。

 ちょっとだけ可哀想に思いながらリオンを見ていると、彼は迷惑千万といった表情で言い放った。


「何で残っているんだ? もう用はないから、さっさと出て行け」


 ……やっぱり、全然可哀想じゃなかった!


 かくして私は、元婚約者の家で居候という、大変胃がキリキリ痛む生活が始まったのだった。




 ……帰りたいです。

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