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6-2

 近い。

 近すぎる。


 昔から、そういう所はあったけれど、特に最近のリオンの距離感は、少しおかしい。

 幼馴染の私だから動揺せずに済むけれど、初心なお嬢さんなら、この端正な顔に食い入るように見つめられると、一撃で心を撃ち抜かれてしまうだろう。

 そう、私も人並みの審美眼はあるつもりなので、リオンがそれなりに良いお顔をしていることは、否定しない。ちょっとだけ、見惚れてしまったりもするけれど、それ以上に


(……私より若いからか、まだまだお肌が綺麗ね)


 というか、私が至近距離で彼を見ているということは、彼もまた、私を至近距離で見ているというわけで。

 二十代後半に差し掛かった微妙なお肌のお年頃なので、抵抗がある。


 やめてほしいわー。


 私は、リオンの胸を軽く押して、距離を取った。


「貴方にこき使われるのは大変に遺憾に思いますが、ジーク様のご遺志に背くわけにもいきませんからね」


 とんでもない遺言を残されたものだと思うけれど、大切な人からの最期のお願いだ。無碍にはできない。

 もちろん理由は、それだけではないけれど。


「それに、フォスターに私がいると、無用な争いが起きるかもしれませんし」


 私はかつて、母に問われた言葉を思い出す。


『エレナ。貴女は、この地を継ぐつもりはある?』


 その問いかけに対して、領主を継ぐ気がないことを表明した時から、フォスター領の後継者は義弟になった。義弟ユーグは、遠い親戚の子で、とても優秀だったので、母が養子に迎えたのだった。


 となると、実子である私がフォスター領に留まっていることによって、義弟を快く思わない輩が、私を擁立しようと企てる恐れがある。私という存在は、騒乱の元にしかならない。

 それに加えて。


「私は一番上に立つようなタイプではないのだと思うの」


 母の側で、母の領地運営を支えてきた私は、その日々の中で、自分の適性を悟った。自ら陣頭指揮を執るよりも、補佐の方が動きやすい。母も薄々それに勘付いていたからこそ、私に意思を問うたのだろう。


「誰かを支える方が性に合っているのよね」

「そうだな。人の弱みを握って、裏で動き回る方がお前らしいよな」

「なんか、そういう風に言われると、悪役みたいで嫌ですね」

「悪役じゃないのか?」


 この上なく真顔で問い返された。失礼な。


「私は善良なる小市民です。何度言ったら分かるんですか」

「何度言われても、納得いかない」


 何故、納得してくれないのか、意味不明である。どう言えばリオンに理解してもらえるのだろうと考え込んでいると、不意に真剣な声が私に向けられた。


「フォスターに残るのが問題ならば、一生ここにいればいい」


 真っ直ぐな瞳が、私を貫く。

 どうして突然、真顔? さっきまで軽口を叩いていたはずなのに。


 射抜くようなリオンの眼差しに、私は何だか、いたたまれない気持ちになって、憎まれ口を叩いてしまう。


「えー、一生こき使われるなんて、嫌です。貴方の領地運営が軌道に乗ったら、どこか静かな地で余生を過ごします」

「なんだ、その隠居間近な老婦人みたいな生涯設計」


 うん、いい感じに突っ込んでくれた。妙な空気も掻き消えてーーうん、私たちには、こういう距離感が丁度良いはずだ。


「素敵でしょう?」


 満面の笑みを向けると、リオンが面食らったように息を飲んだ後、ふいと視線を逸らして、ぼそりと呟いた。


「お前をその辺に放置とか、そんな危険な真似、できるか」


 なんですかね、その危険人物のような認識は。とても理不尽です。


「貴方の領地を乗っ取ろうなんて考えたりしませんよ?」

「当たり前だ。というか口に出すな。他の人間が聞いたら真に受けるだろうが」


 最後までリオンに、私が要注意人物ではないということを伝えることができないまま、私は姿勢を正す。時間は有限だ。そろそろ本題を切り出さなくては。


「それで、貴方の要件は何?」


 まさか私の顔が見たいという理由で乗り込んできたわけではないはずだ。何か用事があって訪ねてきたのだろう。

 水を向けると、リオンは神妙な顔つきで頷いた。


「頼みがあるんだが」

「嫌です」


 即答した。


「………」

「………」


 私たちの間に緊張感のある沈黙が走る。


「……俺はまだ内容を言っていないんだが?」

「内容を聞かなくても、面倒なことに巻き込もうとしていることは分かります」

「………」

「目が泳いでる」


 ぴしりと指摘して、私は腕を組んだ。


「たとえば貴方が私に、普段の四倍の仕事をさせようとするでしょう? 間違いなく貴方は、私に何か尋ねることもなく、問答無用で、部屋の外に仕事の束を持った使用人の皆さんを、ずらっと並べる。部屋を出た私はそれを見て絶望する。……それが貴方のやり方で、頼み事がある、なんてまだるっこしいことを言ったりはしないでしょう?」


 何度その状況に出くわしたことか。朝起きて、朝食を食べに移動しようと部屋を開けた途端、


「おはようございます!」


と威勢の良い挨拶が両脇からかけられ「ああ、私の一日はこれで終わった」と感じる心境。


 ……よくよく考えれば、ほぼ毎日だった。


「つまり、わざわざ会いにきて、口に出して頼む、なんて、もう本当に、ろくでもない依頼に決まってる」


 リオンの頼みは想像がつく。多分、反リオン派の親族と会う機会があるので、その随行を、ということだろう。

 すごく気が重いから、一旦は拒否の意を示してみたけれど……私が必要な状況なのだと思う。


(やだなぁ……)


 気が重くなって、ため息をつく。そしてリオンが口を開くのを待つのだった。

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