梨田 泰造 Ⅱ
翌日昼過ぎに目が覚めた。こんな時間まで寝てしまうのはいつぐらいぶりだろう。頭はズキズキと痛み、若干の二日酔いだろう。起きたとてやる事もなく頭痛も手伝い、もう少し寝ていようかなと思った。
ホテルの狭い一室、無音の状況も寂しいので何気なくテレビをつける。そこから流れてくる人の声に少しだけ安心感を覚え、再び微睡みかける。
次の場面で私は突然駆け出していた。何かに追われているのか必死で走っている。酔っているせいもあってかかなり息苦しい。なぜ追われているのかは分からないが、捕まってはいけない気がして恐怖すら感じている。
後ろを振り返る余裕などなくひたすら前を見据え走っていた。やがて前方に女性が見えてきた。その女性も同じ方向へ歩いている。走っている私はどんどん女性に近付いていく。
そして、女性を追い抜こうと意識的に更に速度を早めようとした時、それまでの疾走もあいなり足がもつれてしまった。
危ないと感じ手を前方へ突き出した。すると女性を押し出すような形で突き飛ばしてしまった。そのおかげで私は転んでしまわずに済んだ。しかし、女性は無防備な所へ、急に押し飛ばされたもので脇の塀へ頭から突っ込んだ。
私は走りながらも横目で女性を見遣る。そこで見た女性の顔に驚愕した。
その倒れ込んだ女性は私の妻だったのだ。私は大きく目をみはり叫んだ。
――なんで君が!
ガバっと起き上がる。そして目を瞬かせ、辺りを確認するとそこはホテルの一室だった。混乱する頭をフル回転させ状況の把握に努めようとする。やがて、頭が整理されてきたのか徐々に冷静さを取り戻してきた。
どうやら夢を見ていたようで、体中がベトベトしており汗を大量にかいていたようだった。
――良かった……。しかし、なんてひどい夢なんだ。妻があんな事になるなんて……。
喉の渇きも尋常ではなかった為ペットボトルの水を探す為ベッドから立ち上がった所でテレビに視線が向いた。
音声が耳に入りひっかかりを覚える。聞こえてきた音声の端に『逮捕されていません』という言葉があった。ふとテレビ画面を見るがすぐに切り替わってしまった。しかし、一瞬見えたその映像はあのカフェに似ていた。
私は胸騒ぎがしてテレビをザッピングする。昼下がりの午後という事もあり情報番組ばかりが流れていた。
目当てのニュースはすぐに見つかった。ニュースを見て自分でも青ざめていく事が分かるほどショックを受けた。
どうやら先程見た夢は、テレビから流れていた音声が無意識的に作り上げていたものらしく、ニュースの内容はほぼ夢の内容に近かった。
犯人の男は私が最後に見た時には警察官に囲まれていたが、更なるやましい事があったのかその囲いを突破して逃げ出したらしい。そして警察官に追いかけられながら走っていく途中で妻を突き飛ばして更に逃走し、結局逃げ切ってしまったのだ。
突き飛ばされた女性の安否を伝える音声を聞いて私は更に青ざめる。それは今まで行ってきた事を全て無に帰すような結果だった。女性は――妻は打ち所が悪く亡くなってしまった。
そんな事があっていいのだろうか。過去に来て犯人が捕まるように仕向け、更に妻にウソまでついて現場から離れさせた。なのに、どうして死は彼女を追いかけてくるのだろうか? この運命は変えようがないのだろうか?
運命は変える事が出来る。今までの依頼で何度もその現場を目の当たりにしてきた。後悔のウソをなくして新たな人生を再開させている人を何人も知っている。
だか、何故私の場合は許されないのだろう。直接的にタイムマシーンが反応した人物ではないからだろうか。仮にそうだとしたら自らの意思で過去へ行こうとする事は不完全なものとなるだろう。
何かによって恣意的に選ばれた人間のみが享受できる改変。それでは、タイムマシーンが完成したとしても救われない人生は多く存在してしまう。
何の為のタイムマシーンなのだろう、こんな無意味なものに人生の多くの時間を支えていたのか。
私の頭は大きな空虚感に覆われる。もう何も変える事は出来ない。それは今もこれからもだ。今後の希望によって埋める事の出来ない空間を何かで埋めなくては息苦しい。
そんな思いで私はある場所へ向かっていた。そこはかつて妻と一緒に行った海岸だった。
結局私は妻との思い出でその空間を埋めようとしたのであった。




