WB LIE Ⅲ-Ⅱ
「そして皆川君は現在に戻って来ました。長くなりましたけど、これが私が初めて過去に人を送った時のお話です」
所長は長く話をしていたので喉が渇いたのであろう、冷えたコーヒーの口に含みそれを飲み干した。
「色んな話があって衝撃的でした。僕らの仕事って国家プロジェクトから始まっているんですね」
「そうなんです。だから我々のお給料も国から支払われていますし、研究報告を国にあげたりもしているんです。実は結構凄いお仕事なんですよね」
おぼろげながらこの仕事の全体像が掴めて来た気がする。難しい事は分からないがその他にはこんな説明もあった。
タイムマシーンはその建物ごと移動してしまう為、あまり目立たない様に人里離れた場所で小さな建物に移されているらしい。だから里佳子さんが嫌う様なこんな場所にあるようだ。
また、タイムマシーンのプロジェクトは地域を分割かして何部隊かで研究を続けているらしく、それぞれが異なったアプローチをしているみたいだった。
そして、話は里佳子さんの過去の件に及んだ。
「まぁ当たり前なんですが、里佳子さんは無事戻ってこれたんですね? 今一緒に働いているので分かっているんですがドキドキしちゃいましたよ」
「そうですね。皆川君が戻って来た時は本当にホッとしましたよ。何せ戻って来られる確証なんてありませんでしたからね。今思えば、当時は興奮していたとはいえかなり無謀でしたね……」
少し反省する様な表情で所長は言った。確かに戻ってくる事が出来なければかなり大事になってしまっただろうし、その事が明るみになればタイムマシーンの研究についても世に知られてしまう事になっただろう。
「でも、現在に戻ってくるきっかけって時間経過でしたよね? 75時間後っていう」
「皆川君が帰ってきた当初は後悔のウソを無くして、後悔がなくなった時に戻って来られると考えていました。しかし、その後の依頼でどうやら時間らしいという事が分かってきたんです」
所長はまだまだ研究段階なんで色々な発見が今後も出てくるでしょうと、それを望んでいる様な期待を込めた口振りでそう言った。
「ただどの依頼においても、全てのきっかけは人が発する後悔の念――ウソをついた事への後悔が引き金になっています。人の気持ちというものは、計り知れない強い力を持っているんでしょうね。逆を言えばそれが無いと発動しないという事でもありますが……」
その時何故か所長の顔が辛そうに歪んだ気がした。だが、それは一瞬の事で僕の見間違いかと思った。
「いつか、その辺の仕組みも研究が進んで自由に過去へ旅する事が出来る様になると良いと考えております。まぁ、その頃には私はもういないかもしれませんけどね……」
「まだまだ道のりは長いって事ですね。ただ、自由に時間を行き来出来る様になるのって実際いい事なんですかねぇ」
「難しい問題ではありますね……。私は行きたいですけどね、過去へ……。」
所長は何か思い詰めた様に言った。僕は反論したと捉えられてしまったかもしれないと思い、話題を変えた。
「そ、そういえば結局里佳子さんと菫さんの関係性ってどうなったんですか? 黒川さんの時にすごく必死だったんで……、もしかしてうまくいかなかったんですか?」
「それは私の口からじゃなくて本人から聞いた方が良いんじゃないですかね? 私も彼女の本当の気持ちは分かりませんし」
「……、それもそうですね。明日聞いてみます!」
話はそこでお開きとなり僕たちは帰宅の路についた。その道すがら所長から聞いた話を思い返す。
タイムマシーンの完成、確かにそれは技術的にみて大躍進だと思う。多くの人に喜びを与える事だろう。
ただ、僕は希美との経験から後悔が人を成長させるとも考えていた。タイムマシーンが完成されれば人はそこまで後悔をしなくなるのではなかろうか。
またいつでもやり直しがきく世界では、失敗したからやり直そうと言った具合に考えてしまい、一つ一つの決断が軽くなってしまう気がする。
やり直しがきかないと考えるからこそ、後悔が生まれる。その後悔から何が出来るのか本気で問題に取り組むからこそ、そこに成長があるのだ。
そういった意味ではタイムマシーンの完成は両手を広げて歓迎できるものではないのかもしれない。
しかし、タイムマシーンがあれば救われる人がいるのも確かだろう。考えれば考える程、答えが分からなくなる、そういった問題なのだろう。結局は扱う人間次第なのかもしれない。
この仕事をしていく中で模索していこう、僕はそう思った。
翌日、WB LIEに出勤して来た里佳子さんに所長から昔の出来事を聞いた事を伝えた。里佳子さんは照れた様な顔つきで反応した。
「そう。聞いたんだね……。びっくりしたでしょ? まさか私がWB LIEの依頼人の第一号だったなんて」
「確かに驚きましたよ! ただ黒川さんの時に出た話があったんで、そこで繋がった感じはしました。自分が経験していたからあんなに真剣味があったんですね」
「失礼な! 私はいつでも真剣勝負よ!」
里佳子さんはムッとした様にして言った。やはり僕に対しては導火線が短い。
「す、すみません。的確なアドバイスをって意味だったんですが……。ちなみに、今菫さんとはどうなっているんですか?」
「菫ねー。あの一件があって私たちは成長出来たと思うよ。菫も私につきっきりじゃなくなったし」
「そうなんですね。良かった。僕も嬉しいです」
「何で君が嬉しいのよ。適当な事言って……」
「いやいや、本心ですよー」
あまり僕を信用していない顔をしている。
「まぁ、いいか。菫はその後ずいぶん社交的になってね、もともと愛嬌ある子だったし。今じゃ一児の母だしね!」
「おぉー。おめでたいですね!」
またもやひと睨みしてくる。お決まりの反応だ。
「ただ、子供にベタベタでね。子離れ出来るか心配だわ……」
そう言う里佳子さんの顔は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。菫さんとの関係性が良い事を伺わせる。
「過去に行けた事には感謝しているよ。そのおかげで新しい生命も誕生したしね。本当に良かった。もちろん所長にも感謝してるよ!」
里佳子さんも僕と同じく後悔のウソを解消し、成長する事が出来たのだ。傷を負い、それを自分なりに消化する事で成長に繋がる。
その自分なりの消化へのきっかけになる後悔。後悔する事が無ければ気付かなかった事も多いのだろう。
WB LIEはこのきっかけが無ければ現状は発動しない。発動条件を持たずに悲しみに耐えている人々はこの恩恵に預かる事が出来ない。
そう考えると自由に過去へ行く事が出来る様になる事は所長の言うように喜ばしいものになるかも知れない。
しかし、それに簡単に首肯出来ない僕も依然として存在していた。




