皆川 里佳子 Ⅳ
翌日の昼休み、菫を体育館に呼び出した。私たちの高校は昼休みに体育館が開放されており、体育館二階の見学席でお昼ご飯を食べる事にした。
「里佳子からお昼に誘ってくれるなんて嬉しいな! ダイエットは止めたの?」
「ダイエットは中断する事にしたの。ご飯ちゃんと食べないとイライラしちゃうし」
「だから最近様子がおかしかったのかなぁ」
たわいもない会話から始まった。私は話をするタイミングを窺っていた。体育館では昼休みという事もあってボールで遊んでいる者やステージでダンスをしている者、隅っこで座って話している者と様々だった。なかなかタイミングが掴めずにいたが、半ば強引に話を始めた。
「私考えたんだ……、菫って趣味とかないじゃない? 何かいい趣味がないかなーって」
唐突だった事もあり菫は驚いた表情をしたが、それに構わず私は続けた。
「なんか趣味とか持っていた方が楽しめる事が増えていいんじゃないかな?」
「なんで? 別に今も十分楽しいよ」
「まぁそうなんだろうけど……なんていうか、もっとこう毎日が楽しい、新しい事いっぱい、みたいな……」
菫はペットボトルのお茶を飲みながら、あまりピンと来ていない表情をしている。話が周りくどすぎて伝わっていないのだろう。言っている私でさえしっくりきていない。
「つまりね……、一つの事にこだわりすぎないで新しい何かを見つけた方がいいんじゃないかなぁ。そうすれば
――」
「――そういう事ね……。なんか昨日のカフェでの事といいおかしいなと思っていたんだよね」
何かに合点がいったというような表情を見せる。しかし、それは私が意図した事をくみ取ったという訳ではない事はすぐに分かった。菫の表情は徐々に曇っていく、夕立を巻き起こす雨雲が徐々に大きくなっていくように。
「えっ? どういう事?」
「色々難しい事を言っているけど要するに私と一緒にいるのが嫌なんでしょ? だからそんな回りくどい言い方するんでしょ?」
菫の表情はますます雲行きを怪しくさせている。このままではまた菫を嫌な気持ちにさせてしまう。そうすると私は過去へ来た原因を解消する事も出来ず、更には現在に帰る事も出来なくなってしまう。必死で取り繕おうと言葉を探す。
「嫌だなんて……、そんな事あるわけないじゃない! ただ、私は菫の事を――」
「――だからキレイごとばかり言わないでよ! はっきり言えばいいじゃない! 私といるのが嫌なんでしょ! そう言いなよ!」
菫はそういうと広げていたお弁当箱を乱暴に閉じてカバンへ放り込む。そしてそのまま駆け出していった。
その姿を見ているだけで、私は何もできなかった。声を発する事も追いかけていく事も出来なかった。
この状況はさすがにまずいと思ったが、私としてはどうしていつもこうなってしまうんだという気持ちも強かった。その気持ちが一瞬の遅れを生み出し、その遅れの後、私も駆け出そうとしたが既に菫の姿は見当たらなかった。
――あぁ、またやってしまったかもしれない。何で私たちはうまくいかないんだろう……。
教室に戻り菫の姿を探すが見当たらず、クラスメートに聞いて回るが当然誰も知らなかった。教室に戻っているとばかり思っていた為、この状況に少しずつ胸が早鐘を打ち始める。
授業の開始を告げる予鈴がなる。それでも菫は教室に姿を現さなかった。駆け出す前の菫の顔が脳裏に浮かぶ。私はいてもたてもいられなくなり、気が付くと先生に体調不良を訴え教室を後にしていた。
――菫を探さなくっちゃ!
まずは校内を探し回った、トイレや保健室、屋上や体育館。考えられる所は見て回った。しかしどこにも見当たらなかった。
――どこなの? どこにいるのよ、菫……
学校を飛び出し公園や菫のお気に入りのカフェを確認したが菫の姿はない。考えられる所は探してみた。
いや、思い当たる所はあと一か所だけあった。しかし、そこは意図的に考えないようにしていた。そこにはいて欲しくない、いるべきではないという気持ちに起因していた。
しかし、もうあの場所しか考えられない。あの横断歩道だ。菫が死んだあの横断歩道。
可能性は充分考えられる。菫は私の言葉にショックを受けていたはずだ。前回の件があったので菫の表情には注意していた。臆病になっていたと言ってもよい。
ただ、またしてもうまく伝わらなかった。そして菫はいなくなった。菫の為に、私の為に投げ出した言葉だったのに。
そう考えていた時、ふとある考えが頭をよぎった。私は駆け出していた足を止めた。
――その言葉を投げかけた時に、本当に菫の事を考えていたか? 心からそう言えるのか? 私はあの時、私が現在に戻る事を考え方の起点にしていなかったか?
私は首を左右に振り、今は菫を探す事に専念しようとした。そして、自然とあの横断歩道へと足を向けていた。
例の横断歩道が視界に入ってきた。そこには誰の姿も無かった。まだ誰もいなかった事に少し安心した。もし、既に菫が事故に遭ってしまっていたら取り返しのつかない事になる。
それから私は夜になるまでその場で菫が現れるのを待っていた。しかし、あてが外れたのか菫が姿を現す事はなかった。そして、もう何度目かになる菫のスマートフォンへの電話を行った。すると、長いコール音の後に電話がつながった。
「菫! 今どこにいるの!」
「里佳子……。家にいるよ。沢山電話くれていたみたいね……出れなくてごめん。体調が悪くて家で寝てたの」
菫の覇気のない声が聞こえた。電話に気付かなったと言うがおそらくウソだろう。私は菫がいなくなってすぐに電話をかけている。あの後家に帰っていたとしても私が最初に電話をかけていた時はまだ家にはついておらず、電話には気付いていたはずだ。
ただそこを追及しても意味がない事だと思ったので触れる事はしなかった。やはりそれなりに私の言葉で傷を負っていたのだろう。
「そうなの。家にいるのね……。安心したわ。急に学校からいなくなったから……」
「ごめんね。ちょっとまだ体調が戻り切っていないからもう寝るね」
「そう……。お大事にね」
そういって電話を切る。今日菫は何かを起こす事がなく済んだけれど、不安定な精神状態である事は間違いないだろう。これからずっとこんな事を繰り返していかなければならないのだろうか? 菫がこの先もずっと何事もなく過ごしていくには、私への依存を許容して過ごしていくしか方法はないのか? 本当に菫はそんな人生でいいのだろうか? そして私は……?
帰り道、歩きながらそのような事ばかり考えていた。家に着くと、日中からの一件で心身ともに疲れ果てており、すぐにベッドに身を預ける。
するとスマートフォンが着信を告げる。菫からかと息を飲んだが、画面に表示された名前は梨田さんのものだった。
「こんばんは。毎日毎日電話をかけてしまってすみません。何か状況の変化はありましたか?」
「いえ、こちらは特にありません。昨日言っていた現在に戻るきっかけというのも難航しています」
「気長にやっていくしかないんですかね? でもこちらもあまり長くなるようなら親御さんに一度お話しなくてはなりませんね」
「そうですね……。梨田さんは何か用があって電話をくれたんじゃないんですか?」
「えっ、いやまぁ……。こちらの皆川君の表情がずっと晴れないものでね……大丈夫かなと思いまして」
私を気遣って電話をしてくれたのかとありがたい気持ちになる。煮詰まっている今、気持ちの整理も含め梨田さんに話を聞いてもらおうと――私の心境を喋ってみようと思った。
菫を想って行動しているつもりが、どこかイライラしてしまう事が多く、そのイライラの原因は他ならぬ菫の考え方にある。本当は菫の事は二の次で自分自身の感情の為に菫の事を想っていると思い込ませようとしているのではないかと思い始めている事。
とりとめのない話を梨田さんはずっと相槌を入れながら聞いてくれた。一通り話し終え、間があいた時に梨田さんが優しく口を開いた。
「皆川君、辛かったでしょう。良く話してくれましたね……」
「すみません。長々と……」
「この話を聞いた上で私が感じた事を喋らせてもらっても良いですか?」
私は声に出さずうなずく。その間が了承の合図と感じ取ったのか梨田さんは再び喋り出す。
「まず、そんなに白黒はっきり自分の感情を決めなくても良いんじゃないですかね? その時その時感じている事が皆川君の本当の気持ちだと思いますよ。それを無理やり良い、悪いの型にはめようと思うからうまくいかないのではないですかね?」
「本当の気持ち?」
「例えば、ご友人の方がこのままじゃダメだ、成長して欲しいと思う気持ちや、依存されて自分ばかり構ってあげなくてはならない事にイライラしてしまう気持ち、またこれらの気持ちに挟まれて悩んでしまう気持ち。これは全部その時皆川君が感じている本当の気持ちに他ならない訳ですよね?」
「えぇ、まあそうですけど……」
「であれば、その気持ちを無理に分類する必要はないという事です。その時その時感じている気持ちを素直にぶつける事、これが一番相手には伝わると思います。体裁を気にせずに、率直に頭に浮かんだ気持ち――それは自分の一番本当の、ウソ偽りのない言葉だからです」
フッと気持ちが軽くなった気がした。今までこの気持ちはいい感情、これは悪い感情と自分の中でラベリングして話す言葉を決めていた気がする。
そうする事でどんどん自分の本心から遠くなり、余所行きの言葉になっていく。それによって物事がうまくいかないので余計にモヤモヤする。本当の気持ちで勝負していなかったので当たり前の事だった。
梨田さんにお礼を言って電話を切る。そして決意する。明日菫に本心をちゃんと伝えよう。私のウソ偽りのない本当の気持ちを……。




