表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

皆川 里佳子 Ⅰ

 私は失意のどん底にいた。友人の菫を死に追いやってしまったからだ。菫の為を思ってついたウソは私が思いもよらない結末をもたらした。


 ウソをついて菫を傷つけてしまった。その後しばらくしてからだった。菫は交通事故に遭い帰らぬ人となった。現場の状況から本人の不注意が原因となった。それは理由を知らない人が見れば、フラフラと赤信号に突入するなんて不注意以外に考えられないだろう。


 ただ私は知っていた。菫がフラフラと、夢遊病かの様に街を徘徊していた理由を。それはまさに私が殺したも同然の――私が言い放ったウソによるものに他ならなかった。


 菫の死の知らせを知った時、すぐに自分のせいだと思った。私は菫の為を想って、良かれと思い行動に出たのだが……。それは最善ではなく、むしろ最悪の行動だったのだ。


 もっと違う言い方は無かったのだろうか? 私は深く考えて行動したのだろうか? もしかしたら、自分では気付かない心の奥底では菫の事を疎ましく思っていたのだろうか?


 様々な思考が頭を駆け抜けていた。その思考は出口のない頭の中の内側で、突き進んでは打ち当たりを繰り返し痛みを伴わせていた。


 自らの思考も定まらない中、私は街を彷徨っていた。菫はもっと辛い思いをしていたのだろうと思いを馳せながら歩き回っていた。


 ずっと歩き回っていたものだから、足は靴ズレで皮が剥け鈍い痛みがずっと付き纏ってくる。頭の痛みと足の痛みから私は歩みを止め、空を見上げる。この空は菫のいる所まで繋がっているのだろうか、そうであれば今すぐに会いに行きたい。菫に会って謝りたい。謝って済む事ではないと分かっているけども……。


――どうしてあんなウソをついてしまったのだろう。


 その想いはウソをついた事を強く後悔させた。


 見上げた空の黒さからいつのまにか日が暮れて夜になっている事に気付いた。彷徨い歩いていて何処にいるのかもよく分からない。私は小さな公園を見つけ、そこのベンチに腰掛けた。


 頭と足の痛みは相変わらず疼いていた。その痛みを抱えながらしばらくベンチに座っていた。すると1人の男性が私の傍に歩みよってきた。


 男性は小太りであるが、清潔感がありその佇まいから紳士的な雰囲気を身に纏っていた。年齢は私の父と同年代か少し上の様に見えた。紳士的な印象はあるものの、こんな夜に私に歩みよってくるなんて怪しい人間だというのが第一印象だった。


 警戒しながら男性を見ていると、それを察した様に喋り出した。


「あのー、私怪しく見えるかも知れないんですが、ちょっと貴方が辛そうにしているのが見えたもので……。いや、そんな事ないのならいいんですがね……。あっ! 私、梨田と申します」


 いかにも怪しい人が言うセリフを口にしていた。ただ、その雰囲気からはあまり嫌な感じはしなかった。それだけで梨田と名乗るこの男性を信用した訳ではないが、誰か知らない人に私の犯した罪を聞いてもらいたい、私の愚かさを知ってもらいたいという気持ちもあり梨田さんの話に乗る事にした。


「いや、ちょっと落ち込む事がありまして……。それでフラフラしていたら迷ってしまって……、それで今ベンチに座ってるんです」

「そうなんですか……。失礼ではなかったら、そのの落ち込んでいる理由をお聞かせ願いますか?」


 梨田さんは気を遣ってか、ベンチに座る事なく立ったまま話をしている。私は菫の事を話した。そして、最終的には菫を死に追いやってしまった事を。


 話している間、梨田さんは優しく頷きながら話を聞いてくれていた。時折空を見上げるかの様に宙を見上げたり、何か手帳の様な物を見たりしていた。


 真剣に聞いてくれている事から、私は心を許していたのか涙が自然と溢れてきた。その涙をみると梨田さんはハンカチを渡してくれた。そして、おもむろに聞いてきた。


「ちなみに、そのウソをついた日というのはいつかは覚えていますか?」


 明確には覚えていなかった。今が8月であるのでおそらく6月の終わりから7月の初めだったであろう。そう伝えたが妙に食い下がって聞いてくる。


「何か覚えている事ないですかね? 何か印象的なニュースがあったとかはいかがですか?」


 何故こんなにも日付にこだわっているのか分からなかったが、言われた様に何かあったかと記憶をたぐっていった。


「あっ! そういえば、あの日の前日に××県に新しいテーマパークが出来たって言うニュースをみた様な気がします」

「テーマパーク? なるほど……」


 すると焦った様に手帳をパラパラとめくり、あるページで手を止め、震わせた。


「そういう事か……。理由は分からないがおそらくその日に何かの力が働いているかも知れない」


 梨田さんはそう呟いた。


 私が今の状況をあらかた話し終えると、梨田さんは私の落ち着き具合を確認し一度家に帰りなさいと言った。私はここがどこだか検討がついていなかったので一緒になって分かる場所を探すのを手伝ってくれた。


 その道中では梨田さんは自身の事をポツポツ話してくれた。そこでは、自分はある研究をしている事、本来はこことは違う場所で生活している事、趣味の事など当たり障りのない程度に話していた印象があった。


 私たちはようやく見覚えのある場所にたどり着き、そこで別れる事となった。見ず知らずの人に自分の心の内を話す事ができ、多少陰鬱な気持ちも軽減されていた。


 別れ際、梨田さんはもう少し話が聞きたい事があるので連絡先を教えて交換してほしいと言った。いつもであればこれ以上怪しい事はないとスルーするところではあるが、それに応じる事にした。


 気持ちを聞いてくれた事や、軽減されていたとはいえまだまだ癒える事のない傷から弱気になっていた事もあったのだろう。なにより、公園や帰りの道中から梨田さんに対する不信感は大分薄れていた事も大きかったと思う。


 私たちは連絡先を交換してその場を離れていった。一人になり家までの帰り道をとぼとぼと歩いていく。一人になるとやはり頭の中に菫の事が浸食してくる。再び、なぜ? どうして? といった思考が渦巻き涙が流れ落ちる。


 家に着くとそのまま部屋に直行してベッドへ身をうずめる。相変わらずの頭の中や足の痛みが私を追い込める。もう何も考えたくない、でも考えなくてはいけない、揺れ動く思考の中でいつしか眠りについていた。


 その後は家族に心配させてはいけないと出来るだけいつも通り過ごすようにしていた。しかし、家族からは時折、元気のなさを心配する声を掛けらる事もあった。そうする度に自分の不甲斐なさを痛感する。何をやるにもうまく出来ない、自分はどれほど未熟なんだ……と。


 これから何をしていけばよいのか? 何をしても菫は戻ってこない。全てに対して意味がないという気持ちがまとわりついてくる。


 自問自答を繰り返すだけの日を過ごしてた。そして2,3日すると梨田さんから電話がかかって来た。内容は会って話が聞きたいという事だった。会って話をしても何も変わらないと思った。


「会ってどうするんですか? 私は特に話したい事なんてないんですけど……」

「会って話すだけでも貴女の気持ちが和らぐかもしれないではないですか」


 無責任なそのセリフに少し頭にきた。


「気持ちが和らぐって! そんな事意味がないのよ! 私の気持ちが和らいだ所で現実は何も変わらない! 菫はもう二度と戻ってこないんだから!!」


 怒りに任せ言葉を投げ込んだ。梨田さんは気を遣って言ってくれているのかもしれない。ただ、一度会っただけの人間に変に気を遣われるいわれはない。ましてや、気持ちが和らぐなんて……。私の気持ちの事はどうだっていいのだ、死んだ人間は戻ってこない。


「そうですね……。では、菫さんが戻ってくるとしたらどうですか?」

「っ!」


 何を言っているんだろうと思った。それと同時に先程より強い怒りが体の底から沸き上がってきた。いい加減にも程がある。そんな荒唐無稽な話を私にして楽しいのだろうか? 私が喜ぶとでも思っているのだろうか?


「何馬鹿な事言ってるのよ! 悪趣味だわ! 意味わからない事言って私をおちょっくているの!?」

「いいえ、貴女をバカにしているわけではありません。これは可能性の話です。私自身も菫さんが戻ってくるとは断言できません……。ただ可能性は充分あると考えております」

「可能性!?」


 梨田さんのあまりにも真剣な語り口に、怒りがわずかに引いているのを感じる。理由はそれだけではなく、おそらく『戻ってくる可能性』について心が動かされつつあるのだろう。バカげた話だとは分かっている。だけれども、もしそんな事が本当に起こるとしたら? 私はその考えを捨てきる事が出来ずにいた。


「そうです。詳しく電話でお話しする事は出来ませんが、私の研究とも関連していて、私としてはかなり高確率の可能性だと考えております。どうか一度こちらへお越し頂けませんか?」

「……そちらへ伺えばもっと詳しく話してもらえるんですよね? その可能性ってものを……」

「えぇ。私の研究と合わせてご説明させて頂きます」

「……分りました。完全に信じたわけじゃありませんが、可能性があるなら話を聞いてみたいです……」


 そして、私たちはこの間別れた場所で待ち合わせし、梨田さんの案内で研究所に向かった。


 研究所にはよくわからない本が室内の壁を埋め尽くしていた。それに数式らしきものが殴り書きされているホワイトボード、簡易的なデスクにはパソコンが設置されていた。その中で一際目を引くものといえば傘のようなパラボラアンテナを携えた大きな機械だった。


「散らかってますが……、その辺の椅子に適当に座っていただいて結構ですよ」


 そういうとパイプ椅子を指差して、自分は簡易デスクの椅子へ腰掛けた。


「何から話せばいいですかね……。そうですね、まずは私の研究についてお話しましょう」


 にわかに信じがたい話だった。国がタイムマシンを作ろうとしているなんて……。


 梨田さんによると、タイムマシンは理論上完成しているが稼働できずにいたらしい。


 それが先日――私と梨田さんが会った日に、突如としてアラーム音と共に研究所ごとこの地に移動してきたのだそうだ。


「研究所を出て、周りの見たことのない景色に驚きました。常識的に考えて建物が瞬時に移動するなんてありえませんからね。ただし事実は事実として受け入れなければいけません。この事実を逆手にとってある考えに行き届きました。それは研究所がありえない事になっているのだから何が起きても不思議はないと……」


 その後梨田さんは研究所の周りを散策している時に私に出会ったようだ。


「貴女を見て何か引っかかりを覚えました。本当に直観的に、貴女には関連性があると思いました。そして話を聞いていくうちに、私がこの直観を正しかったのではないかと思ったのは、貴女が後悔のウソをついた日がタイムマシンに記されてる日付と同じだったからです」

「同じ日付?」

「そうです。貴女がウソをついた日は、例のテーマパークが完成した次の日でしたよね? その日はタイムマシンに座標として表示されていたのです。つまり、研究所が貴女の付近に出現した事、タイムマシンの座標と貴女にとって重要な日が同じである事、これらの事実はタイムマシンの稼働に貴女が関わっている事を示している。私はそう思っています」


 タイムマシンの稼働と私に関連性があると言われたが、あまりの話のスケールにピンとこない。梨田さんの力説ぶりを見るに冗談で話しているようにも感じない。おそらくその仮説は本気で考えている事なのだろう。


「ようするに、私が過去にいく事で菫を助ける事が出来ると言いたいわけですか?」

「おっしゃる通りです。私が申し上げた可能性はそこです。過去に貴女を導く事が出来れば、貴女はご友人を追い詰めるような発言をしなければいいのです。そうすれば、ご友人が亡くなる事も免れると考えています」

「……菫を助ける事が出来るかもしれない」


 私は独り言のように呟いていた。菫を助ける事が出来るとしたら今このタイミング以外ではありえない。少しでも可能性があるのならば試してみる価値はある。そう思い過去へ移動してみようと思った。


「……。私行きます」


 私は覚悟を決めた。出来る事は何でもしたかった。そう言うと梨田さんは少しだけ苦い顔をしたが、それを私に気付かれまいとしたのかすぐに表情を元に戻した。


「よくぞ決心していただけました。私としても初めての事で何が起こるか予測できていません。危険が伴うかもしれません。こういった提案をした私が言うのもおかしな話ですが……、それでも貴女は過去へ行ってみますか?」


 梨田さんの中でも葛藤があるのだろう。自分の提案で私に何かが起きてしまったらと思う気持ちも存在していそうだ。私はもう一度考えてみる。もし過去に行く事が出来たとして、ここへまた戻ってこれるのだろうか? これがまず一番の問題だ。


 行ったきりで戻ってこれないというのは大いに考えられる。家を出て帰ってこない娘を、両親はどう思うだろう。菫がいなくなった私の様に悲しみに打ちひしがれてしまうかもしれない。


 そう思うと決心が揺らいだ。しかし、その揺らぎを打ち消すかのような気持ちが表れる。私が戻ってこれなくなるのは仮定の話だ。


 しかし、現実に菫は戻ってくる事が出来ない……、それも私のせいでだ。それならば、やはり私が何とかしなくてはならないのではないか? 例え両親を悲しませる事となっても、これだけは私がやらなければならない。そう気持ちが固まってきた。


「大丈夫です。私はもう決めましたから……」

「分かりました……」


 梨田さんもどことなく決心をしたように見えた。


「では念の為、親御さんにしばらく帰らないと伝えておいた方が良いでしょう。また、こんな事はあってはなりませんが貴女に何かあった場合には私が自分の研究の事から全てを親御さんにお伝えしますので……」


 そう言われ、研究室を出て私は母に電話を掛けた。幸い今は夏休みなので、しばらく友人宅に泊まりたいとウソをついた。ここ数日の私の元気のなさを感じ取っていた母はそれを快諾してくれた。


 母にとっては何気ない電話での会話だっただろうが、私はもしかしたら母と話をするのはこれが最後かもしれないと思い、流れてきそうな涙をこらえていた。

 

 電話を終え研究室へ戻ると、梨田さんはパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。私の存在に気付くと無理やり笑顔を作り大丈夫でしたかと聞いてきた。


「えぇ、大丈夫でした。もう過去へ向かう準備は出来ているんですか?」

「そうですね……。おそらくこれで大丈夫かと思います。本当にどうなるか私にも分かりませんので、どうやって貴女が過去へ行くのかも想像つきませんが……」

「そういえば、梨田さんに私って名前伝えましたっけ? 私の事ずっと貴女って言ってますよね?」

「実は伺っていません。私も気付いたんですが、なかなか言い出せませんで……」

「私、皆川里佳子っていいます!」

「皆川里佳子さん……、では皆川君と呼ぶ事にしましょう」

「ハハハ! 何で君付け何ですかー!?」

「……、おかしいですかね?」


 些細な事だったが久々に笑ったような気がした。菫がいなくなって以来、私が笑う事もなんだか菫に悪い気がしていた。これから過去に向かい、あのウソを無くす事が出来れば以前の様にまた笑って生活を送る事が出来るだろうか? そうあって欲しいと願うばかりだ。


 梨田さんが最終チェックに入っている。いよいよ過去へ向かう時が来た。私はただそれを眺めながら待っている。じきに準備が完了したのか私の方を見てうなずいた。


「さぁ、準備は完了しました。あとはこのボタンを押すだけです。皆川君の方の準備は宜しいですか?」

「はい……。大丈夫です」


 そう返事をした瞬間信じられないくらい鼓動が早まる。まるで、100mを全力で走った後かのように心臓が脈打つ。息をするのも難しいような感覚に陥る。


――落ち着け、落ち着け!


 心の中で必死にその言葉を繰り返す。これまで歩んて来た人生がフラッシュバックする。まさに走馬灯のようだった。母に抱かれている小さな頃の私、小学校入学の時の私、菫に出会った頃の私、中学、高校と次々と記憶の断片が流れていく。


 まだ高校生なのでそれほど長く生きてきた訳ではないが、それなりに積み上げてきたものがある。それを思い起こしながら、菫の事をまた考えてしまう。


――菫の積み上げてきたものは私が崩してしまったんだ。ごめんね菫……。今からそれを取り戻しに行くからね。


「それでは行きますよ!」


 梨田さんの声が聞こえた次の瞬間、何も見えなくなる。感じるものは異様に明るい光。その光がすべてを覆いかぶせていく。その勢いはとても早く、まさに瞬く間といった感じだった。


 光に包まれて体が浮き上がってくる感覚になり、空を飛んでいるようにも感じられた。そのままフワフワしていると、スッと落ちていく。


 その終着点では突然光はなくなり暗闇となる。暗闇の中でじっとしていると徐々に体が自分の感覚を戻していった。


 私はゆっくりと目を開けてみる。目の前には私がいた。ギョッとして驚く。状況が飲み込めずあたふたしていると、目の前の私もそれと同様の動きをしている。


 そこは私の家の洗面所だった。目の前にいる私は鏡に映った私だったのである。研究所ではなく、家に戻っていた。過去に辿りついたという事だろうか。


 私は疑問を頭に抱えつつ洗面所を出てリビングに向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ