愛の光を捕まえに
「おはよう」
キッチンの方から微かに聞こえてきた声。
私は隣のぬくもりがないのを確認して、フローリングへと降り立つ。
そして両手を前へと出し、手探りで声がする方へ、ぬくもりがある方へと歩き出す。
よたよた、目的の方へと歩み寄っても気配を感じないな。どこ行った?
私はまた両手を伸ばす……背後に近付いてくる気配に胸が高鳴っていく。あ、後ろ?
「おはよっ!」
がばっと後ろから、その探していたぬくもりに包み込まれた。もう、いつもなんだから。
私は口元を緩ませながら、彼の手の上へ自分の手を重ねる。そして、くるっと体を回転させて彼の背中へと腕を回し抱き締める。
「おはよ」
私は目が見えない。産まれた時からずっと。
全く見えないわけではない。微光や強い色みぐらいなら分かる。ずっと暗闇の中に居るわけではないのだ。
でも彼の顔は見えない。見た事はない。
彼の顔の輪郭を撫でる。おでこ、目元、鼻、口、ほっぺ。このラインは記憶しているから、勝手な想像だけしている。「俺はカッコいい」という彼の言葉を半分だけ信じている。
顔なんて見えなくても、その気配、温度、ぬくもり、声、体のライン、匂いをちゃんと覚えていて近くに来ると分かってしまう。
自然と心臓が反応する。好きだから反応する。
突然降ってきた唇に心臓が大きく反応した。
これも彼の唇だ。この感触も知っている。
◇◇
彼は色々な景色や風景を一つずつ私に教えてくれる。下手な説明ばかりだけど。
「一線の光が伸びて、夜空に花を咲かせたよ。白や金色や赤や青。一瞬で消えちゃった」
花火だね、色鮮やかなんだろうな。光は感じるよ。音も心に響いてくる。
「山全体がオレンジ色、赤色、茶色」
うん、紅葉だね。グラデーションが綺麗だろうな。
「白いふわふわな玉が舞ってるよ。ボタンみたい。足を入れると足あとがつくよ」
あぁ、雪?牡丹雪って牡丹の花びらの事だよ。ボタンの事じゃないらしいよ。
私は想像だけで彼が見ている景色を味わう。
その想像をするのが楽しい。人によって景色の感じ方は違うだろうけど、私たちの感じ方は同じ。彼が感じたものが私の感じたもの。
それはきっと2人だけの特別だね。
◇◇
喧嘩をした日は背中を向けてベッドで眠る。
本当に腹が立つ。顔なんて見たくない。
だから、見えないからちょうどいい。
無言で眠っても、明日の朝にはきっと……。
「おはよう」
がまた聞こえ、私はその愛の方へと手を伸ばすだろう。
手探りをしてその愛を捕まえにいく。
そんな毎日が私は好きだ。
end