出会い
「童話は好きですか?」
夕暮れ時、10歳くらいの男の子が私に話しかけてきた。
「嫌いじゃないよ。」
正直いきなり話しかけてきて何を言ってるんだこの子は?と思ったが、私は大人なのできちんと答えてあげた。
「なら、僕に本を読んで下さい。」
そういうと男の子は私の手を取り、どこかへと私を引っ張っていく。
突飛な行動に頭が付いていかず、私はその子になされるがまま付いていった。
途中から、見知らぬ男の子にどこかに連れていかれそうになっている状況なのを理解したが、きっと遊び相手もおらず寂しいのだろう…だから、(誘い方には問題があるが)こんな風に誰かと遊びたかったのだと納得し、しょうがないから遊んであげるかと思い大人しく男の子についていった。
「ついたよ」
そこは古びた図書館であった。
私は生まれてから今までこの町で暮らしていたがこの建物を見るのは初めてであった。
「こんな所に図書館なんてあったんだ…」
「さぁ、お姉ちゃん行こう」
男の子は私を引っ張り、図書館に入っていく。
図書館の中はとても広かった。それはもう滅茶苦茶広かった。
本棚が当たり一面に広がり、高さは5~6階くらいまである。上に方にも本棚がびっしりと並んでいる。この世の本の全てがあるのではないかと思うくらいであった。
とても外からみた建物では想像できないような構造であった。
「すご…」
あまりの光景に目を奪われていると、男の子がいつまのにか一冊の本を手に取り、私の方へやってきた。
「こっち」
奥の方には机と椅子があり、本が読めるスペースがあった。
そこに私を座らせ、男の子が向かい側に座る。
「これ読んで」
私に一冊の本を差し出す。
「赤ずきん…?」
初めて見る本であった。しかし、初めて見るにしてはどことなく懐かしいような雰囲気を感じた。私はこれをどこかで読んだことがある…?
「えーと、ある所に…何これ?白紙じゃない。ちょっと君これ全然内容が書かれてないじゃない。これじゃあ、読んであげられないよ。」
「ううん。書いてあるよ。」
そう言われ、ページを全てめくってみるが、どこにも内容が書かれていなかった。
「残念だけど書いてなかったよ。きっと誰かが本にいたずらしたのね。
違うの読んであげるから他の本を持ってきな。」
「ううん。それは紛れもなく赤ずきんの本だよ。ただ今は本の病気にかかってしまって正しい物語を紡がなくなってしまったんだ。だから白紙にしかみえないんだよ。」
…何を言っているんだろうか、この子は。もしやそういうお年頃なのだろうか。そういう設定とか作ってしまう、思春期特有の。だとしたら、私が取るべき行動は否定せず話に乗ってあげるのが大人な対応というものだろう。
「ふーん、そうなんだ。だとしたら病気を治せば物語がみえてくるのかな。」
「その通りだよ、お姉ちゃん。」
「で、まさか私にその病気を治してもらいたいとか言うのかな」
男の子は私の言葉に少し驚いたようだった。
「凄いね、何で分かったの」
「ふふふ、君よりお姉さんだからだよ」
すでにそういう年頃の時期を通過している者には分かる展開である。
「話が早くて助かるよ。お姉ちゃんの言う通り治して欲しいんだ。」
「いいよ。でもどうやって治せばいいのかな」
「本の中に入って正しい物語にしてくればいいのさ」
ほーう、そういう設定か。あるある。
「なるほど。じゃあ、どうやって入ればいいのかな」
「僕の手をつかんで」
男の子が手を差し出す。私がその手を掴んだ瞬間、景色がぐにゃりと曲がり気付けば森の中にいた。
「は?」
「よし、じゃあお姉ちゃん本を治しにいこう」
男の子が私の手を掴み、またどこかへ連れて行こうとするが、今度ばかりはいくら状況が理解出来ていなくても大人しくついていくことは出来なかった。
「ちょちょちょちょっと待って!ここどこ??え、今流行りのバーチャルなんとかってやつ?」
「何言ってるの?お姉ちゃん、ここは本の中だよ」
「あーそっか、なるほどー本の中かーってなるか!え、まさか何か薬でも飲まされた?
気付かない内にどこかへ連れ去られてた!?」
「落ち着いて、お姉ちゃん。ここは本の中だよ。僕の手を握ったでしょ?
僕は本の中を自由に行き来できるんだ。」
「は?は?あなた何なの?いきなり図書館に連れて来て、こんな変な場所に来させて、子供だからと思って深く追求しなかったけど、何物なの?」
「あー、そっか。そうだよね。名乗ってもなかったよね。僕はロア。あの図書館は本を補完している場所なんだ。保管じゃなくて補完ね。物語が欠けているものを補って正しい物に直していくの。お姉ちゃん、僕の話をすんなり聞いてくれてたから分かってるんだと思ちゃった。ごめんね。」
そしてロアという男の子は私に対して様々な事を説明してくれた。
あの図書館は本の補完場所であるということ。
本は病気にかかると意思を持ち、勝手に物語を変え、正しい物語を紡がなくなる。
元の物語に戻すには、改変された話を修正する必要がある。それを担うのが、図書館の管理人であり、自分はその管理人補佐というものらしい。
私を連れてきたのは本が病気になってしまったのに、それを治す管理人がいないため代理人を探していた所に丁度私がいたようだ。
「これで、何となく分かったかな?お姉ちゃん。」
「えーと、全然理解できないんだけど…それ私じゃなきゃだめなの?」
「うん。探してたけど資格を持っているのはお姉ちゃんだけだった」
「資格?」
「うん。僕が見えてたのはお姉ちゃんだけだったよ」
驚いた。この子が見えていたのは私だけだったのか。つまり他の人から見たら何もない所に話しかけている危ない人にみえていたのだろうか…。というか私霊感とかあったのか。
「あの…本当に申し訳ないんだけどこんないきなりファンタジー見せられても私ただの一般人だし、そもそも赤ずきんだっけ?その話知らないし、他の人をあたって欲しいな。だから帰してくれないかな?」
そう言うとロアは悲しそうな目をし、少し顔伏せながら申し訳なさそうに言った。
「それは出来ない」
「え?」
「一度本に入ってしまったら治すまで帰れないんだ…」
帰れない…?
「それ本当?」
その言葉にロアはコクンと頷く。
まじか…え、じゃあ正しい物語にしなきゃ永遠に帰れないとなると下手したら家に二度と帰れないじゃないか。消息不明、神隠し、誘拐、不穏な言葉が脳をよぎる。
無理、絶対無理そんなことになったら親を悲しませる所か、帰ったら帰ったで一躍有名人になるわ、新聞紙に乗っちゃうじゃないか。その時なんて説明すればいいのよ⁉本の中にいましたなんて言ったら絶対やばい奴になる…かくなる上は…
「教えて」
「え?」
「どうやったら正しい物語に治せるの?速攻で解決してやるから教えて!」
帰れないと聞いて落ち込んでいると思っていたのか、いきなりやる気に溢れている言葉を聞き、少しロアがたじろく。
「怒ってないの?僕が勘違いして連れてきちゃったから…」
「怒ってないよ」
これは本心である。この少女は起こってしまった事象に対しては、すんなり受け入れ、次に向けて思考を動かす事を心掛けている。もう本の世界に来てしまったなら、今更怒ってうだうだ言っても後の祭り。なら、早く元の世界に戻れるように動いたほうが賢明というものだ。
「私は一分一秒でも早く元の世界に戻りたいの。そのためには協力は惜しまない。
だからロア君も私にして欲しい事があったら言って欲しいし、教えて欲しい」
その言葉を聞いて、ロアは胸をなでおろす。そして、改めてこの少女を連れてきて良かったと思った。
「ありがとう、お姉ちゃん!まずはこの本の主人公の赤ずきんちゃんのお家に行こう。
行きながら、この本のお話の流れを話していくね。」
「了解よ。」
そうして、二人は赤ずきんの家に向かう。
その時、ロアがあることに気づく。
「そういえば、お姉ちゃんの名前聞いてなかった。」
「あ、確かに。私は白木雪。華の17歳よ。」
「ふふふ、雪お姉ちゃん。これからよろしくね」
「ええ、よろしくね。」