煙
固執、執着
退廃
ぐしゃりと箱を歪めて、中から一本だけ取り出す。見よう見まねではうまくいかず、必要以上に角が潰れてしまった。格好つけただけの取り出し方。未だに慣れていない俺には不相応だったらしい。二十本全てを吸いきる頃には紙屑も同然になっていることだろう。
カチリとライターのボタンを押して、小さな光を灯したが消えてしまった。寒い上に湿気が多く、二度三度と繰り返してやっとゆらりと揺れる炎になる。百均のライターはとても硬くて、俺の指の腹に跡を残した。日に日に吸う本数が増えている気がする。そろそろちゃんとした物を買わなければ…と思いながら、気がつけばコインとライターを引き換えている自分がいる。人はそう簡単に変われない、誰よりもわかっているはずだった。
くわえたまま小さく息を吸い込む。近づけたライターの炎が火種を生んで、点のような命を繋いだ。ゆっくりと煙が登り始める。一口、息を吸い込んで汚染された空気を身体の中へ送る。気管へそして肺へ。息苦しさと臭さと苦さと一握りの中毒性を孕んだ煙が俺を満たしていった。肺が膨らんで、萎む。それから害のある煙を吐き出した。宙へは登らず、渦を巻くように散らばって視界を曇らせる。
何もかもが不愉快だ。この小さな白い筒に踊らされている。まだ俺はこいつに慣れていなくて、嗜んでいるとは到底言えない。吸わされているというのが正しいだろう。腕を上げて、降ろして。息を吸って、吐いて。自分の意思ですらなくその行動を繰り返す。ゼンマイ仕掛けのおもちゃの様に。
やがて、その身を灰と煙に変えながら燃え縮んでいく。目に見える寿命を垂れ流し、少しずつ短くなって人差し指と中指に熱を伝え始める。
「もう終わりか」
そいつの頭をすり潰した。先に灯った生まれたばかりの熱が、ジュッという不機嫌な声とともに灰皿に尾を引いて消える。鼻と喉と肺と俺の服と、そして心に染み着く苦味だけを遺して。…あいつと一緒だ。
くそったれだ、炎はすぐに消える。だというのに焦げ臭さばかりが残って消えない。影が後をついて解けない。コートに突っ込んだこの手さえ離してくれない。冷たい雨が濡らしたアスファルトが、後味の悪い水気をばら撒いて未練がましさを漂わせる。最悪な気分だ、ずっと最悪な気分だ。いつまで経っても忘れられない。最悪な気分なのに忘れられない。
火種が死んだ後でも俺の目にはあの煙がよく見える。指に挟んだ筒よりも細い、緑の棒からたなびく白い尾が。振り払うようにもう一本、箱を歪めて口にした。
仏に供す線香はこの世の臭さを消すために煙るらしい。だけどこの煙は、誰の匂いも消してくれない。吸うたびに思い出す。
思い出すために、吸っている。
忘れないように、消えないように。燻った煙を抱きしめている。
「不味いな」
だけど銘柄は、これしか知らなかった。
百害あって一利なし