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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男の娘リフレ探偵社"クピド・イン・ワンダーランド"の事件簿

 ーー個性って何だと思う?


 早く走れること?

 喧嘩が強いこと?

 勉強ができること?


 くだらない。

 そんなことできたって、誰がそれを認めるんだ。他人に認められなければ個性なんかじゃない。


 貴方も、そう思わない?


 え、君はどうなのかって?

 ーーは……男の娘(おとこのこ)だよ。


 それが、個性。


 だって、ねぇ、個性的でしょ? 男の娘って。


 ……誰だって認めざるを得ないんだ。特異なことをしている人間のことは。


 貴方は、そう思ってるはずだよ。だってーーと同じ男の娘なんだから。


 だから、さ、一緒になろう。溶け合って、貴方もーーの"個性"になってよーー。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 2019年05月24日、15時05分。


「ユーロくんはお土産何がいい?」


 "夜の街"案内用の雑誌やら、難しい文字が羅列された味気ないA4用紙やらが雑多に置かれた、無機質な室内。混沌、という言葉が似合う立方体の中に、彼の軽やかな声が響き渡る。


 空気を含んだようなふわふわの金髪に碧眼、纏う服はロリータ調の水色ドレス。混沌の中にあって、尚更、混沌を極めそうな見た目をした()に、俺は答える。


「冷麺。一週間分くらい」


「好きだねぇ、冷麺。僕がM岡支店行く時、それしか頼んでなくない?」


 そんなことを言われても仕方がない。正直、M岡市の名産品など、冷麺とじゃじゃ麺とわんこそばくらいしか知らない。3大麺というやつだ。これから夏に向かおうという春も終わりかけのこの時期、じゃじゃ麺よりは冷麺の方がいいだろ? わんこそばは土産としてはいかがなものかと思うので、そもそも対象外である。


「まぁいいけど。餡蜜(あんみつ)ちゃんは何にするーー?」


 不思議の国から迷い込んできたようなそいつは、餡蜜と呼ばれた男のところに向かった。餡蜜は声が小さいから、気を使ったんだろう。この事務所なら、わざわざ相手の近くに行かずとも、声は届くからな。


「わ、私はユーロさんと同じでいいです……」


「えー! 君はもっと可愛いものにしようよ! ユーロくんと同じなんてダメだよ!」


「おい、それはどういうことだ。俺だって可愛いところの一つや二つあるぞ」


「わかってるよぉ。ベッドの中の君はいつだって可愛いものね♡」


 こいつ……。そういうの白昼堂々言わないでほしい。ほら、餡蜜が困ってるだろう。あんなに俺をジトっと見つめて、今にも泣き出しそうじゃないか。


「はぁ~……。おっさんの腰をマッサージするより、君の全身を隈なくマッサージしたいよ」


「あのなぁ。ってか結局いつも、お前の方が乗り気になっちまうだろうが。最終的にはよ」


「それは君の反応がエッチだからじゃん。僕のせいじゃないですー」


 ベーッ、と舌を出す小柄な金髪男。俺、ついこの間まで異性愛者だったのになぁ。人とは分からんものだ。


 だってまさか、あんな美人がこんな組織の社長やってるなんて思わないじゃないか。


 過去、と言っても割と最近の出来事を思い出しながら、俺は窓際にある社長席を見た。


「あれ、ユーロ君。もう話は終わったの?」


 俺の視線に気づいたその人が、テレビから俺に視線を移した。

 肩まで伸びた銀髪の髪、フレームレスの眼鏡。青白く、少し不健康そうな肌が俺の父性を駆り立てる。


 この人がこの組織の社長、風音 風香(かざね ふうか)。俺が、ここで働き始めた理由。まぁあれだ、薄幸の美女的な雰囲気が気になって後を追いかけたら、ここに着いたんだ。君、ここで働いてみない? なんて、爽やかな笑顔で言うものだから、つい二つ返事でOKしてしまった。


 で、その組織の名はーー、


 プルルルル--ガチャーー


「はい、こちら『男の娘リフレ"クピド・イン・ワンダーランド"』です。ご予約ですか? はい。ラパン、ですね。申し訳ございません。ラパンはその日は本店出勤ではなくて……」


 男の娘リフレ"クピド・イン・ワンダーランド"。

 女性のごとく可憐な男性、即ち、男の娘が在籍するリフレ店なのである。


 東北の地方都市、S台市の繁華街、K分町に事務所を構えるこの店は、いかがわしい店などでは断じてない。仕事に疲れたサラリーマンから男の娘に興味があるサブカルボーイ(ガール)まで、ありとあらゆる男の娘好きに癒しを与える超健全店なのだ。


 サービス内容は、おしゃべりからマッサージ、膝枕など幅広い。全国津々浦々、男の娘店は数あれど、在籍者数、その容姿レベル、サービスのクオリティいずれも高水準な優良店である。


 何の因果か未知の世界に迷い込んだ俺は、本来迷い込むのはお前の役割だろう、という格好の金髪碧眼男の娘嬢付きのボーイになった訳だ。


 その男の娘の名は、六府(ろくふ)ミミ。通称、ロップ。源氏名はラパン。源氏名を付けたのは社長らしい。なんでも、同じ名前の昔の知人に似ていたからだとか。ラパンってどこの国の名前だよ。


「この日はM岡支店に出張だってホームページに書いてるのになぁ。日本人なら日本語ちゃんと読んでほしいよ。……あれ、そろそろ予約の時間じゃない? 餡蜜君」


「あ、そうですね。それじゃあ行ってきます、社長」


 黒髪の小柄なそいつは、トテトテと可愛らしい足取りで事務所を出ていく。

 この娘は餡蜜。最近この店に入った、期待の新人男の娘嬢である。白いファーで縁取りされた熊耳付きフードの黒パーカーに黒いミニスカート、細い脚を強調する黒いストッキングと、ロップよりも自然な可愛らしさを思わせる服装をしている。

 餡蜜というのはもちろん源氏名だ。本名は知らない。

 ……いや、俺が薄情な訳じゃないぞ。アングラな世界だし、基本そういうもんだ。ロップが例外なんだよ。


「さて、餡蜜君も行ったし、そろそろ今回の依頼の話してよ、社長。じゃないと僕、今日の予約に遅れちゃう」


「はいはい。じゃあ早速だけど2人とも、"男の娘狩り"のことは知ってるかな」


 ロップの顔が歪む。明らかに嫌そうだ。


「最近、ニュースでもよく見ますよね。狙われるのは男の娘ばかり。まぁニュースだと"女装してる男性"って言ってましたけど」


「そう、それ。今回はその犯人を探し出してほしいってのが依頼よ」


「探し出してほしいって、この事件は完全に警察案件でしょ。俺たちが介入する余地なんてあるんです?」


「報道の通りならね」


 この人は警察関係者にパイプがあるらしい。まぁこんな美人相手なら、ついつい口を滑らせてしまう、その関係者とやらの気持ちも分かる。


「報道だと、被害者たちは性的暴行を受けた後に殺害された、ということになっているけど、それはありえないのよ」


「どうして?」


()()()()()の。被害者はもれなく衰弱死。それも原因不明のね」


「衰弱死って……。そもそも殺人なんですか? 変な薬やってたとか……」


「まぁ、6人も連続して起きてなければ、警察もただの変死体として扱ってたかもね。薬に関しては……その可能性はなくはないかもね。それでもやっぱり私たちの領分だわ、これは」


「……異能力絡みってこと?」


 黙って聞いていたロップが口を開いた。性的暴行を受けたわけじゃないと聞いて安堵したか。ニュースで流れる度に機嫌悪かったからなこいつ。


「そういうこと。まぁニュースでそんなこと話すわけないから、ユーロ君が警察案件だと思うのも無理ないわ」


 優しい。この人はどこまでも優しいな。なんでこんな人格者がこんな仕事してるんだろう。


「それで、どの辺が異能力絡みなんでしょう?」


「すっからかんだったのよ、遺体がね」


「すっからかん?」


 何を言ってるんだ社長は。遺体がすっからかん?


「そ。魔力が枯渇してたの。私が見てきたのは殺害された6人中4人の遺体だけだけど、まぁ6分の4なら、他の2人もそうでしょうね」


 魔力。マナ。異能力ーー社長は"ギフト"とか言ってたっけなーーを使用するために必要となるエネルギーみたいなもんだ。


「けど、マナって元々、大気中から吸うもんじゃないの?」


 ロップが言う。確かに俺もそうだと思う。大気中から体内に取り込んだマナを、体外に放出することで異能力が発現するはずだ。放出するときに通すフィルターが人によって違うから、能力も人それぞれなんだと説明された記憶がある。


「今回の場合は、同じ魔力でもオドの方よ。異能力を使うときに取り込む量と比べたら微々たる量だけど、確かに身体にも魔力は巡ってるの。死んだ直後なら、まだ僅かに残ってるはずのそれがなかった。傍目からはそう見えなくとも、干からびていた、という表現もできるわね。警察でも追えないような未知の薬よりかは、異能力絡みの方が可能性高いと思うわよ」


 外傷なし、衰弱死、生命力枯渇。それってまるで、


「サキュバス……」


「鋭いね、ユーロ君。私も遺体を見た時に同じこと思ったわ。まぁ、インキュバスの可能性もあるけど」


「そんな存在ほんとにいるの?」


「昔はいたけど絶滅したわ。今の時代なら生きて行けたろうにね彼らも。人々が、性欲を満たすことよりも生きることに必死な時代に亡びちゃったの」


 そりゃ難儀なもんだ。サキュバスと手合わせしてみたかったが残念残念。いないんじゃどうしようもない。


「つまりね、彼らと似たような能力を持った異能力者が、犯人じゃないかと睨んでる訳」


 社長は、眼鏡を光らせにやりと笑う。


「了解。そりゃ警察じゃなくて、我が探偵社のお仕事ですね」


「そういうこと。スマホにデータ送るから、聞き込みよろしくね、ユーロ君」


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 ってな訳で、男の娘リフレとは仮の姿。その実態は、異能力絡み専門の探偵社。


 男の娘リフレ探偵社"クピド・イン・ワンダーランド"。


 ……うーん、盛りすぎだよねぇ。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


「で、異能力はいいけど、それでどうやって生命力を吸い取る所まで持ってったのさ?」


 ユーロ君を見送った僕は、風香社長に問う。

 夜の予約あるから彼と一緒には出られないし、とはいえ今は暇だから、社長にはおしゃべりに付き合ってもらおう。ほんの気まぐれだ。僕は社長のことあまり好きではないからね。


「そりゃあ、サキュバスにせよインキュバスにせよ、生命力を吸い取る方法はアレでしょう」


「性的暴行じゃない、って社長が言ったんじゃない」


「被害者が性的暴行を受けたわけではない、と言っただけよ。どちらかと言えば受けたのは、加害者」


 何言ってるのこの人。普段から天然ぽいと思ってたけど、天然通り越して頭おかしいんじゃないかな。

 ユーロ君もこんな女のどこがいいんだろう。


「もー。そんな憐れむような眼で見ないでよロップ君。外傷がなかったって言ったじゃない」


 この人はこうやって、たまに僕を試すようなことを言ってくる。こういうところも気にくわない。


「被害者の方から生命力を差し出したってこと?」


「ご明察~」


 うざい。


「つまり、()()()()()()ってことだね。相手から自分を襲うように仕向けることができる能力。相手の好意を自在に操れるとかかな」


「そんなとこだろうね。ユーロ君、当たりを引いてないといいけどねー」


 わざとらしい。僕に何を求めてるんだこの人は。


「ユーロ君にはそんな能力効かないでしょ。心配する必要ないよ」


「ユーロ君、今の聞いたら悲しむだろうなぁ。ロップ君が自分のこと想ってくれてない、って」


 あー、今のはちょっと効いた。少し傷ついた。ユーロ君が悲しむのは見たくない。


 鳴瀬 優狼(なるせ ゆうろ)。通称、ユーロ君。僕の最も大切な人。僕たちの関係は、他人から見れば、()()というやつかもしれない。彼がいないと、多分僕は潰れてしまう。彼が僕をどう思っているのかは分からないけれど、少なくとも、僕はそう思っている。


「少し出てくる。まだ予約まで時間あるから、散歩」


「今のは冗談だって~。折角だから、ロップ君の推理、もう少し聞かせてよ。君のことだから、まだ、気になることあるんでしょう?」


「はぁぁ」


 社長に聞こえるように、わざと大きくため息をつく。めんどくさいと思いつつも、僕は口を開いた。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、18時30分。


「あんたが黒木 天歌(くろき てんか)さん?」


 K分町メインストリート。

 店の明かりがちらほらと灯り始めた夕暮れ時、人の波が増す通りで、俺は金髪の女に声をかけた。

 赤い長袖シャツ、黒いスキニーパンツに身を包んだ彼女に。


「そうだけど……貴方、何?」


「あーいや、その娘困ってるよ」


 彼女の手は、内股でいかにも非力そうな男の娘の手首をがっしりと掴んでいた。


「だから何? 貴方に関係ないでしょう?」


「関係はあるさ。その娘の()()、これから奪うのかい?」


「!!」


 彼女は軽く舌打ちをすると、男の娘を掴む手を離す。

 鎌をかけた部分もあったけど、どうやらビンゴだったらしい。


 逃げていく男の娘には目もくれず、髪色に似合わぬ幼げな瞳で俺を睨んできた。

 この感じ、どこかで感じたことがある。そう思った俺は、これまで出会った金髪の女を思い返してみるが、これといった解答には思い至らなかった。


「貴方、どこでそれを……」


「何、地道な聞き取り調査だよ。最近、()()()()()で男の娘喫茶なり、リフレなりを利用しまくってる女はいないかってな」


 まぁ、犯人が女だってのは風香社長から貰ったデータにあったんだけどな。そこまで分かってるなら、わざわざ俺を使わなくてもいいだろうに。


 とはいえ、探偵社の一員として何の役にも立たないのも悲しい。折角のチャンスなら活用させてもらおうじゃないか。


「男だったらそこそこ数がいたかもだけど、女って条件ならこれに合致するのはあんただけだったよ。必ずしもあんたの行動範囲内にいる嬢が被害者って訳じゃなかったから、賭けの部分もあったんだけどな」


 まぁ、行く先々で男の娘が死んでたんじゃあ、すぐに足がつくだろうし、ある程度の警戒は当然っちゃあ当然だとは思うが。

 男の娘と見れば殺さずにはいられない、みたいなサイコパス女じゃなくて、ちょっと安心。


「そう。私ったら受け答えが迂闊すぎたみたいね。まぁいいわ。捕まる気はさらさら無いから」


「へぇ。こんな人通りの多いところで、俺から逃げ切るつもりか?」


 彼女は答えず、俺とは反対方向に走り出す。


「待ちやが……」


 追いかけようとした俺は、目の前をガタイのいい男に塞がれた。


「すまんが、人を追ってるんだ。どいてくれ」


「まぁまぁお兄さん。一緒に飲まない? 奢るよ」


 ……は?

 なんだ、この馴れ馴れしいおっさんは。

 初めまして、だよな?

 実は知り合いだった、とかだったら申し訳ないと、顔をしっかり見てみるが、やはり初対面だ。全く知らん顔。


 その人相よりも、どこか舐めまわされるような視線に寒気を感じ、一歩後退する。


「もー。お兄さん、無視? 俺、傷ついちゃうなー。いい感じのバー知ってるからさ、行ってみない?」


 なんだこの、チャラ男が駅前でナンパしているみたいな口振りは。

 頭ひとつ分俺よりでかい、というのもあって、純粋に恐怖だ。


 いや、今はそんなことはどうでも良い。


 俺はその男の脇から、去っていく黒木天歌を見る。

 彼女は、通りを行く人々に、タッチしながら逃げていく。


 何をしているのか、と頭の中で考えるより先に、触れられた人間の異常に気付いた。


 そいつらは愛玩動物を見るような下卑た目で、俺を見ている。

 路地裏の猫に近寄るように、じわりじわりと俺との距離を詰めてくる。


 何人だ? 少なくとも十人以上はいる。

 これを縫って黒木天歌に追いつけるか?


 いや、それよりも、()()()()()()()()()()逃げ切れるか? 俺は。


 相対したまま、ジリジリと後ろに下がる。


 まさか敵さんの方にクピド(エロース)がいるとはな。社長に言ったら暫くツボってそうだ。


 なんて思っているうちに、目の前の奴らは、俺が逃げ出すと敏感に察知したらしい。一斉に、こちらに向かって走り出す。


「待ってー!」「抱いてー!」「こっち向いてー!」「イケメンのお兄さーーん!!」


「くそ! お前らにそんなこと言われても嬉しくねーよ!」


 社長とかロップに言われるならまだしも、よく知らん人にそんなん言われても恐怖でしかない。

 アポロンに追われるダフネの気分だ。

 月桂樹になるなんて、ごめん被るが。


 それにしてもナンパって、軽い感じでも女の子は割とビビってるのかもなぁ、なんて、余裕の無い頭で考える。


 ……そんなこと、今はどうでもいいな。この状況をどうにか切り抜けて、黒木天歌の情報をロップ達に伝えないと。


 くそ。あんまり一般人の前で使うなって、社長から言われてたけどーー。


 走りながら、呟く。


「"(オンブル)"、"(クレー)"」


 後ろから追ってきた有象無象は、俺を通り過ぎ、キョロキョロしている。


 俺の異能力(ギフト)、"影"。影の濃淡、つまり自身の存在感を調節する異能力。

 認識できない程度まで影を薄くすることで、あの有象無象は俺の姿を見失ったって訳だ。


「ロップの仕事が始まる前に伝えねーと」


 俺はスラックスの左ポケットから、スマートフォンを取り出した。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、20時10分。


「うん。了解です。それじゃあ」


 スマートフォンの通話終了ボタンを押す。

 ホーム画面に戻ると、餡蜜を食べるユーロさんの横顔が映し出された。


 はぁ。かっこいい。貴方のためにも頑張るから、私。


「えーと、次はセブンアワーズの408号室……」


 今日最初の仕事は先程終わったが、事務所に戻ることなく次の現場に向かう。


 私は餡蜜。男の娘リフレ"クピド・イン・ワンダーランド"の新人男の娘嬢である。


 この仕事には、とてもやりがいを感じている。自分の人生を生きている、という実感が持てるほどに。

 男の娘喫茶から転職して良かったと、心から思えるほどに。


 何がいいって、お客様と一対一というところがいい。

 引っ込み思案な自分は、周りに同僚がいると上手くお話しできないから、寧ろそっちの方が気が楽なのだ。


 それにお客様はみんな紳士的。怪しい世界なんじゃないかと思ってたけど、全然そんなことはなかった。

 これまで、何かを強要されるようなことも一度も無いし。


「ボーイのユーロさんはカッコいいし……」


 ユーロさんは、いつでも私を気遣ってくれる。職場で話しづらそうにしてると、間を取り持ってくれるし、道に迷って予約の時間に遅れた時は、一緒にお客様に謝ってくれた。


 それに、


 男の娘喫茶で働いていた時、職場の空気が悪くてビクビクしていた私を指名した彼は、私がその日、他のお客様の対応をしなくてもいいように、閉店まで一緒にいてくれた。


 初対面の私のために、彼は、彼の貴重な時間を割いてくれたのだ。


 彼が私のためにしてくれたことを挙げたら、キリがない。

 その度に、私は彼をーー。


 ピンポーン。


 お客様の部屋、セブンアワーズの408号室に着いた私は、インターホンを鳴らす。


 ガチャ。


「あれ? 餡蜜ちゃん?」


「あ、ロップさん。さっきぶりです。社長から連絡あって、あの……」


「あ、私が呼んだのよ。ボーナス入ったから、W男の娘コースにしようかと思って」


 部屋の奥から顔を出したのは、今回のお客様。

 赤い長袖シャツに、黒いスキニーパンツ。

 髪を金に染めた、二十代前半の女性。


「あ、そうなの? もー、2人相手なんて贅沢だぞ、お嬢様♡」


「せっかくだから、名前で呼んでよー。天歌、って言うんだ私」


「天歌ちゃんだね! よろしくー」


 2人は既に打ち解けている感じだ。

 ロップさんのコミュ力は本当に凄いと思う。

 けど、この人はきっと、誰にも心を開かない人なんだ。私には何となくわかる。


 それに、たまに怖い。


 今だって、口元は笑ってるけれど、目は笑っていないもの。


 私は、まるで石の下に大量の虫を見つけたときのような耐えがたい悪寒を覚える。ぶるり、と身体が震えたのを感じた。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、20時40分。


「気持ちいいですかー?」


 ロップさんは、うつ伏せになった彼女の腰に跨り、肩から背にかけて、指圧マッサージを施している。


「極楽極楽〜。いや〜やっぱり美少年はいいねぇ」


 その言葉を受け、私は彼女の金髪を撫でる。


「あら、嫉妬しちゃった? ごめんねー。餡蜜ちゃんの方が可愛いよ?」


 なんだか、そう言わせたみたいで少し悲しくなる。

 もっと堂々と接客できたらいいのにな。


「もー、それはそれで僕に失礼だよー、天歌ちゃん! こんな可憐な僕がご奉仕してるのに!」


「ごめんごめん。もちろん、ラパン君も可愛いよ?」


「でしょー!」


 2人の茶番を暫く眺めていると、突如、彼女がとある提案をしてきた。


「BLプレイってオプション?」


「オプションだけど、まぁいいよ。僕、好きだから。BLプレイ」


「え? ちょ、ロップ……ラパンさん!?」


 ロップさんは、私の手を取ると、急速に距離を縮めてきた。

 吐息が当たる程の距離。なんか、甘い香りがする。わ、私、ブレスケアしてたっけ? なんてことを憂いている間に、彼は私の唇を塞いだ。


「餡蜜ちゃん、可愛いよね。男の僕から見てもすっごく可愛い。君の恥ずかしそうな顔、もっと見せてよ」


 一度唇を離した彼は、再び顔を近づける。


 ロップさんは躊躇いがない。

 私も、こんな風に生きられたらどれだけいいだろう。

 この人のように、遠慮なく声をかけることができたら、彼は、ユーロさんは私に振り向いてくれるだろうか。


 いや、きっとダメだ。私がそんなことしたところで、きっと優しい彼に気を遣わせてしまうだけだろう。

 それならば、この想いは心に秘めたまま、せめて側に居続ける道を選びたい。


 ーーだからね、ロップさん。


 貴方は自身のその遠慮のなさを、呪いながら死んでいくといいよ。


(……()()()の"魅了"を使うまでもなかったね)


 私は、彼の唇を思い切り吸い上げたーー。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、15時35分。


「犯人は1人じゃないと思うよ」


 投げやり気味に、僕は社長に答える。

 ニヤリ、とした社長に少しイラっとしたが、顔には出さない。


「だって、死ぬまでだなんて、そんなに搾り取ったら疲れちゃうでしょ。搾り取る側だって」


 社長の言葉を待たずに、自分の考えを述べる。


「えー、でも、そういう能力かもしれないじゃない? 人の好意を操る、ではなくて、生命力を吸い取るっていう、ストレートな能力」


「まぁ、それは確かに。けど、やっぱり複数人だよ。

 だって、被害者は暴行をした側で、外傷がなかったんでしょ?」


 社長との会話を思い出しながら、自分の考えを纏めていく。話しながらだと、考えも纏まりやすい。

 それを見越して僕に話を振ったのだとしたら、やっぱり試されているようで、気分が悪い。


「多分だけどさ、被害者の性愛の対象ってバラバラじゃなかった?」


「そうだね。男を好きな人も、女が好きな人も、無性愛者もいたよ」


 後から情報開示してくるの、本当に人が悪いと思う。


「やっぱり。あと、これはニュースで見たからその通りなんだろうけど、事件現場は屋内外、どっちもあった。これらから考えると、最初の仮説、"犯人の異能力は好意を操る"は正しいんだと思う。外傷がないってことは、縛り付けた痕すらもないってことでしょ? 性愛の対象、事件現場の状況もバラバラなら、犯人がどれだけ魅力的な人間だとしても、個人の魅力だけで、被害者に抵抗させないようにするのは、まず不可能だよ」


 うんうん、と社長は頷いている。感情に気を配ると戻って来れなさそうなくらい苛立ちを覚えたから、自分の考えに集中する。


「だから、やっぱり犯人は2人以上はいる。"好意を操る"犯人と、"生命力を奪う"犯人。少なくともこの2人は、犯行グループの中に必ずいるはず」


「さっすがロップ君! 私もすぐには複数犯の可能性に気づかなかったわよ」


「すぐには、ってことはもう犯人の目星もついてるんだね? 被害者増える前に、さっさと社長が捕まえてくればいいじゃん」


「大丈夫よ。少なくとも今日の夜までは」


 よく分からないが、もう全て謎を解き明かしているらしいこの女が言うのだから、間違いはないのだろう。


 分からないと言えば、もう一つ。


「一つ。気になることがあるんだけど」


「なに?」


「動機。異能力が相手なんだから、普通の推理じゃ犯人を断定できないじゃない」


「……そうね。もう一つ、被害者に共通点があるわ」


「勿体ぶりすぎ。最初から全部話してよ。だらだらしてたせいでユーロくんに何かあったら、許さないからね」


「ごめんごめん。じゃあ簡潔に。被害者はね、全員もれなく、化粧を落とされていたの」


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、20時55分。


「あ……あぁ……」


 ロップさんは、恍惚の表情を浮かべ、身体を痙攣させている。

 生命力を吸われている間は、とても気持ちいいらしい。これまでの人たちも、みんな同じような表情をしていたから。


「……ぷはっ。ご馳走様でした、ロップさん」


 動かなくなった彼を、ベッドに仰向けに寝かせる。


「はいこれ、化粧落としシート」


 姉さんが、バックから取り出したそれを私に手渡してくれた。


 丁寧に袋からシートを取り出し、彼の顔の化粧を落とす。


 これで彼は、()()()()だ。男の娘ではない、ただの男。


 その個性は、私だけのもの。決して他人に譲ってなるものか。私には、これしかないのだから。


 化粧が落ち、露わになる本当の顔。

 これを見る瞬間が、密かな楽しみだったりする。

 真に可愛い男は、可愛い男の娘は、自分だけなんだという実感を得ることができるから。


 だから、少し焦点をぼかしながら、化粧を落としていた。

 途中でネタバレを喰らったらつまらないからね。


 ピントを戻す。


 私の目に映ったのは、"かわいい"を創る前の、男のーー


「かわいい……?」


 彼の頬を叩いた。衝動的にだった。

 かわいい? 化粧を落とした男が、かわいい?


 ふざ、けるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。


 もう一度、さっきよりも強く、顔を叩いた。


 乾いた音が、狭い室内に響く。

 唇が裂け、真っ赤な口紅が、白い頬の下を垂れていく。


 こんな、綺麗な男がいてたまるか。これではまるで、存在そのものが"男の娘"のようじゃないかーー。


 漫画やアニメとは違うんだ。そんな男がいるものか。

 いや、いたとしても、それは貴方じゃない、それはーー、


「……大丈夫だよ。乱歌(らんか)が1番可愛いよ」


 後ろから、抱きしめられた。黒木天歌。姉さん。唯一の家族に。


 自身の心を脅かしていた、締め付けるような重苦しさが、少し和らぐ。


「大丈夫。男の娘は、この世に乱歌1人だけ。だから、大丈夫」


「うん。ありがとう、姉さん。私が、唯一持つ個性だもんね……。私だけのものだよね……」


 心の落ち着きを取り戻してきたという自覚を得たと同時に、身体の力が抜けていくのを感じた。


 ベッドから立ち上がり、外に出た時に目立たないよう、服を着替えた。立ち去る前にもう一度だけ見てみようと、彼の顔を覗こうとして、異変に気付く。


「……姉さん、死体どっかに動かした?」


「え?」


 ベッドの上に仰向けで寝ていたはずの彼の死体は、忽然と姿を消していた。


「私、知らないわよ……」


 私たちは顔を見合わせた。

 珍しく、姉さんが緊張しているのが伝わってくる。

 それにつられて、心臓の鼓動が速まりかけた、その時ーー、


「餡蜜、"男の娘狩り"は本当にお前なのか?」


 背後から、低い、落ち着いた声。

 少し上ずっていたけれど、私がこの声の主を認識できない筈はない。


 だから、徐々に高まっていくはずだった心臓の鼓動は、一瞬で最大値に達した。


「……ど、どうして、貴方がここにいるの?」


 振り向かず、答える。いや、正確には、振り向くことが出来なかった。この状況で彼の顔をまともに見る勇気など、私には存在しないからだ。


「どうしてって聞かれると、うーん、探偵なんだよ、俺。だから、潜入捜査」


 多分、潜入というより、侵入だよね。そう思ったけど、口にはしない。


「冷静なんだね。ロップさん、死んじゃったのに。貴方が動かしたの? 死体」


「あーいや、それなんだけど……」


「勝手に殺さないでほしいなぁ!」


 !?

 この声、どうして!?


 あまりの驚きに、私は無意識に振り向いていた。

 ユーロさんの前に立つ、不思議の国のアリス。


 生きていた!? いや、化粧が落ちていない。さっきまで、私といたロップさんじゃない。


「ふっふっふ。僕の異能力は"分身(スケープ・ゴート)"なんだよ。気づかなかったでしょう?」


「ま、囮調査ってやつだな。悪く思うな、餡蜜」


 私の頭が、真っ白になっていく。

 ロップさんが生きていたことは、正直どうでもよかった。

 それよりも、それよりもだ。ユーロさんが、私を敵として見ているその視線が、私の思考を停止させた。


 もう、ゲームオーバーだ。

 "男の娘狩り"も、私の人生も。


 ()()()()()は、貴方に見放されたら存在する価値なんてないのだから。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 異能力を使って存在感を薄くした俺は、オリジナルのロップと共に部屋の片隅に息を潜めていた。


 俺の異能力"影"は、触れている対象にも効力を及ぼすことができる。


 目の前で繰り広げられた、ロップと餡蜜の熱い接吻に理性がブレそうになったが、今はそれどころじゃないと、自身を律した。


 本性を現した餡蜜に、俺は背後から声を掛ける。


 餡蜜は、茫然自失、といった表情で、(うつろ)な瞳で俺を見つめていた。


 餡蜜が、社長が言っていた通りの人間ならば、俺は餡蜜を責められない。

 人殺しはいけないことで、その罪に対する罰は受けるべきだと思う。

 だけど、じゃあ、彼をそうさせてしまった、彼を取り巻いていた環境を、誰が罰することができるというのかーー。


「ユーロくん! あいつら逃げるよ!」


 ロップの声で、現実に引き戻される。


 認識を取り戻した視界には、餡蜜の手を引き部屋の外へ出ていく、黒木天歌の姿が映った。


「追うぞ、ロップ!!」


 俺たちも部屋を出て、彼らを追う。


 黒木天歌は、人とすれ違う度に異能力を使い、俺たちの追跡を妨害してきた。だが、俺の"淡"の前には意味をなさない。


 とはいえ、ロップの手を握っていないといけないので、追うスピードも少し落ちてしまっているのだが。


「なんか……! 楽しいね……ユーロくん……!!」


 呼吸を荒げながら、隣の男の娘がアホなことを言ってくる。


「お前は後で不謹慎って言葉を調べとけ……!」


「えぇー……。あ! 今度は逆に追われてる設定でデートしてみない……!? ドキドキして楽しいと思うよ……!? そうだなぁ、場所はディ◯ニーとか……」


 こいつがこういう奴だってことはよく知ってるので、これ以上のツッコミはしなかった。

 ……正直、それも楽しそうだな、とか思ってしまっている俺も同罪だ。


 セブンアワーズの建物から出ると、人混みの隙間に餡蜜たちの姿が見えた。


 彼らの進行方向にいる人々がこちらを見る目は、明らかに"魅了"をかけられている目だ。

 俺たちを欲の捌け口としか見ていない、下卑た視線。


 今日は、金曜日。

 一軒目を終え、二次会に移ろうという人々で、通りは埋め尽くされている。


 "淡"を使ったところで、この人混みを抜けていくのは至難の業だ。


「……大丈夫。きっと酔っ払ってるから、明日には覚えてないよ」


 隣でロップがぽつりと言う。


 いずれにせよ、俺の頭じゃ()()しか思い浮かばない。

 ついさっき社長からも、今回に限り多少はいいよ、とお墨付を貰ったし、やってしまおう。


 俺は、さながらゾンビ映画のように、ゆっくりと距離を詰めてくる人々に視線を向ける。


 息を一つ吐き、ロップを右腕で抱き寄せ、発動する。


「"(オンブル)"……"(フォンセ)"」


 異能力。影を薄くする"(クレー)"とは真逆の、存在感の向上。すなわち、限界まで高めた、威圧感。


 人々の膝が笑い出す。

 ガクガクと震え、膝をつく。

 その様は、俺に近い所から、徐々に広がっていく。


 人の波は、俺たちに押し寄せることなく、夜の街に沈んでいった。


 視界が開けたことで、餡蜜たちを見つけやすくなった……筈だったのだが。


「あれ? いない?」


「いないねぇ……」


「ここまでやったのに!? 怒られる! 社長に怒られるぅぅぅう!!」


「社長そんなに怒らないでしょ」


 いや、口調も言葉も優しいんだけど、それが逆に怖いんだよあの人は。

 なんだかたまに"ガチ説教"されているように感じるのだ。被害妄想だと言われてしまえばそれまでなのだが。

 いや、心の中ではきっと俺のことをゴミ屑みたいに思っているに違いない。

 だって、あんなに美人なのだから。


「……とりあえず、ここから逃げるか」


「あ、じゃあ部屋戻ってプレイの続きを……」


 タフだなぁ、と思いながらも、なんだか無性に誰かに受け入れてもらいたくなっていた俺は、再びセブンアワーズの408号室に戻ることにした。


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月24日、21時21分。


「やぁ、あそこのホテルからなら、ここを通ると思っていたよ。餡蜜君」


 煌びやかな通りの灯りが僅かに差す、薄暗い路地裏。


 私が予想していた通り、黒髪の男の娘と金髪の女はここにやってきた。


「ユーロ君とロップ君を巻くなんて、中々やるじゃない、君たち」


「あ……なたは……風音……社長……?」


 驚きと緊張が、こっちまで伝わってくるよう。

 無理もないわね。まさか、我々が敵だとは思いもしなかったでしょうし。


 悪事はバレ、ロップ君は殺せず、最愛のユーロ君にも見放されてしまった。

 まぁ、ユーロ君はこの程度で相手を見放すような人間じゃないけれど。

 餡蜜君としてはそういう認知でしょう。


「この……!!」


 黒木天歌がこちらに踏み込んできた。

 触れてしまえば自分のものだ、とでも思っているのでしょう。

 ロップ君相手に使わなかったのは、彼の能力が分身だからかな。明らかに相性が悪いものね。


 けれど、私相手にも通じないよ。


 私の異能力は、風を操ること。

 彼女は私に触れる前に、突風にさらわれ、宙に舞った。


「さて、私は別に君たちを捕らえて食べようとしている訳じゃあない。ただ、お話をしたくてね」


「お話……?」


「そ。そしてあわよくば、勧誘したい」


 そう話したところで、私は一つ、あることに気づいた。

 餡蜜君の震えが酷い。ただ緊張しているだけだと思えない程度には。


(餡蜜君の震えは、ユーロ君の"影"に当てられちゃったからかな? となると、威圧感からあれを連想したか)


「孤児院時代の職員たちを思い出しちゃったかな? ユーロ君はそんなに酷い人じゃないよ」


「……どうして、それを……」


「君たちの素性は調べさせてもらったわ。天歌ちゃんは10歳、餡蜜君は9歳までは、円満な家庭で育ったようね」


「円満な家庭……?」


 コンクリート上に伸びていた天歌ちゃんが、自嘲気味の笑いと共に呟く。


「失礼。大事な言葉が抜けてたわね。……"世間から見れば"円満な家庭、だったわ。世間体にはかなり気を遣ってたみたいね。君たちのご両親は」


 肯定したのか、2人は何も話さない。


「当時のご近所さんやご両親の同僚に話を伺ったわ。纏めると、かなり君たちに手をかけてたって印象。周りはご両親の優しさ、と捉えたようだけど。私の仮説は少し違う。ご両親は()()()だった。違う?」


「違わないわよ。私たちの意見なんて聞いちゃくれない。私たちはただの操り人形。あいつらの自慰行為のための存在。まぁその時は、それが家族の普通の形だと思っていたけれど」


「そうね。幼い頃は、自分に近しい世界が全てだもの。そう思うのは、至極当然のことだと思う」


 2人は、何も言葉を返さない。


「両親が事故死した後、親戚筋のいなかった君たちはとある孤児院に入ることになった。異能力の発現は、そこに入ってからだった。これはどうかな?」


「……合ってます。当時優しくしてくれた男の子を、私はそれで殺してしまったから」


 餡蜜君が答える。

 おっと、それは初耳だった。傷を抉ってしまっただろうか。……まぁ仕方ない、話を続けよう。


「異能力、私は"ギフト"と呼んでいるけど、これの発現条件は、"自己の価値観が確立している状態"で"命の危機に瀕する"こと。元々才能ある人間がこの条件を満たすことで、自身の内にあるギフトの箱が開く」


「自己の価値観なんて、未だに私は持ってない……」


「いや、君は能力が発現する前になっていたんだろう? 男の娘という存在に。……そして、それは君を君たらしめる個性だった」


「……否定はしません。けれど、逆に私にはそれしかない。男の娘狩りも、私が私である証を守りたかっただけ。私以外に男の娘が存在するなんて、耐えられなかった」


「自己を自己として認識できなくなるから、か。……孤児院の話、もう少し続けるよ? その孤児院は、孤児院とは名ばかり、虐待が横行していた世界だった。だからこそ君たちは異能力に目覚めることになった訳だが、まぁ、その程度には虐待されてきたんだろう。これが明るみに出たのは3年前。餡蜜君、君が17歳の時だ。程なくして、外部の捜査が入った施設は事実上の閉鎖となった」


「……さっきから、私たちの傷を抉って何のつもり?」


 黒木天歌が私を睨む。

 当然の反応だ。


「……なんと言えばいいのかな。勧誘したいと言ったろう? そのために君たちのことを知りたかったのさ」


「姉さんは立派な人だよ。いつでも私を助けてくれる。こんな、中身が空っぽの弟でも。けど、私には何もない。何もできない。雇われるだけの価値なんて、私にはないです」


「そんなことはないんじゃないかな。君たちは悲惨な過去を生き延びてここにいる。これは凄いことではないのかい?」


「違いますよ……。死ぬ勇気も無くて、ただ生きていただけだから……」


「ロスト・ワン」


「……?」


「君は大人しくて、その行動は模範的な点が多いように見える。よく言えば、優等生。悪く言えば、自分がない」


「だから、そう言って……」


「大人しいとか、模範的とか、それ自体は問題ではないよ。寧ろそれが本音なのであれば、それが個性になるでしょう。でも君の場合は違う。君のその言動は、"そうしなければならない"という強迫観念から来るものだ。君は、目立ちたくないんだ。目立たなければ、人間関係は深まらない。深まらなければ、自身の心が傷つくこともない。傷つかなければ、この世界に存在し続けることができる」


「ちょっと貴女、乱歌を諭そうっていうの!? これまでずっと辛い思いをしてきた乱歌を!!」


 金髪の彼女が激昂する。その目には怒りに紛れて、侮蔑の感情も感じ取れた。


「違うわよ。自分の今の心の状態と、その原因が分からなければ、これからどう行動していいかも分からないでしょう? 単にそれを伝えようとしているだけよ」


「どうだか。貴女はただ、乱歌を混乱させたいだけなんじゃないの?」


「……天歌ちゃん。君も、彼と同じ環境で生きてきた筈。あんな世界にいて、精神が健全に育つって、そう言い切れる? 君なら分かる筈よ。君たちがこうなってしまった原因は君たちには無い。だけど、それをどうにかするのは君たちしかいないんだって」


「……勝手なこと言わないでよ」


「そう、勝手。世界なんて、社会なんて、勝手なのよ。真の意味で、相手の状況に立って考えられる人間なんていない。それは生まれた場所も時間も、育ってきた環境も、受け継いだ遺伝的な能力も違うのだから、当然なのよ。……だから、自分でどうにかしなければならない」


「私には、できないよ……」


 餡蜜君が静かに答える。

 頬には、一筋の涙が光っている。


「君たちは、健全な精神の成長過程を与えてもらえなかった。だから、自己肯定感と自尊心がマイナスに振り切れてしまっているの。……大丈夫。自分でどうにか、とは言ったけれど、私が全力でサポートするわ。君たちが()()()()()を生きられるように」


 2人は、何も答えなかった。


「うちで働く気になったら、明日の15時、事務所に来てね」


 そう言って、私はその場を去った。この先は、彼らが決めること。

 これまで道を選べなかった彼らが、自分の意思で決めること。


 この事件に、()()()()()()()()

 ただ、みすみす異能力者を反社会的な組織の手中に収めさせたくなかっただけ。


 けれど、商売柄、餡蜜君や天歌ちゃんのような人たちと出会うことは多い。

 体の成長に、精神の成長が追いつかなかった人。追いつかせてもらえなかった人。


 そういう人を見ると、どうしても手を伸ばさない訳にはいかないと、私の心が訴えかけてくる。


 相手をそうだと断定することも、とても良くないことだとは思うし、何より、相手の面倒ばかり見て、私こそ私の人生を生きることができていないような気もするんだけどね。


 だけどまぁ、また2人、私の探偵社の社員が増えたってことをまずは喜ぼう。


 さーて、事件も解決したし、ユーロ君たち捕まえて飲みに行くかぁ!


 ♦︎ ♤ ❤︎ ♧


 05月25日、14時45分。


「過干渉でもダメなんですか?」


 事件解決の翌日、相変わらず書類が散らばった事務所の中で、俺は社長に聞いてみた。


 だってそうだろう。それは見方によっては、親の愛情なんじゃないのか。


「過干渉もネグレクトも、この点に関しては似たようなものだよ。自分の主張が受け入れられないと言う点に関してね。自分が何を言っても受け入れられない状態が続くと、人は、何をやっても無駄だ、と学習してしまうものなの」


「餡蜜は、それで大人しい振る舞いを学習しちまったってことか」


「そういうこと。彼の心が、彼が生きていくために防御機構を設置した、ってところかしら。けれど、それだけでは耐えきれなくなったから、自身のアイデンティティを守るために、今回の事件を起こした」


「無理やりに生命力を奪おうとしなかったのも、アイデンティティを守る、ということから来ているんですかね」


「かもしれないわね。男の娘は"女性的な男性"だから、受け手に回るような殺害方法をとったのかもしれない」


「あれ? でもさ、じゃあお姉さんの方はどうだったのさ? お姉さんは餡蜜くんと同じタイプには見えなかったけど」


 M岡市の観光ガイドから顔を上げ、ロップが社長に尋ねる。


「彼女も、自分の心を守るための機構はちゃんとあったわよ。イネイブラーってやつね。厳密には違うみたいだけど、近いのにはリトルナースとかもあるわね」


「リトルナース?」


「今、かわいいと思ったでしょ、ユーロくん」


「……まぁまぁ、話を続けようぜ。社長、そのなんとかっていうのは……?」


「他人に世話を焼くことで、自分の問題から目を逸らしてる人のことね。解決すべき本来の目的から目を逸らすことで、自身の心を守っていた」


「今回の場合の目的は、"男の娘狩り"をやめさせることかな」


「でしょうね。本当に相手のことを思っての行動ならば、殺人行為をやめさせようとした筈。だけど、彼女は寧ろその行為を助長させた」


 客観的に聞いていると、逆にそうじゃない人間がどれだけいるんだろう、って気もしてくるな。

 俺だって、ロップが同じ状況になってたら、手助けしちゃいそうだし。


「ま、本来は、こういう風に単純にタイプ分けするのもあまり良くないんだけどね。今回は分かりやすくするためにあえてやったけど。生まれも育ちも人それぞれってことは、その結果形成される精神だって人それぞれなんだから」


「何にせよ、僕の心には防御機構なんて必要ないね。だって、傷つきそうになってもユーロくんが守ってくれるから」


 そんなに期待されると、プレッシャーがやばいんだが。


「それに、個性も十分すぎるくらいのものを持ってるからね」


「男の娘だって以外に何かあんのか?」


「あるよ! 君が僕のことを好きだってこと。君が僕のことだけを好きでいてくれる限り、それって唯一無二の個性でしょ?」


 いやぁ幸せだなぁ、と言いながら、ロップは俺に抱きついてくる。


「ユーロくんパワー充電!! じゃ、M岡出張行ってきまーす!!」


 くるくると水色のスカートを翻し、不思議の国のアリスは事務所を出て行った。

 元気なやつだ。まぁなんだ、さっきの言葉は俺の心に結構刺さったので、帰ってきたら何か奢ってあげようじゃないか。


「……ところで社長。あの2人を雇うってことですけど、一応、"男の娘狩り"の罰とかって与えなくていいんですか?」


「あー、それね。大丈夫。もう、3年前に()()は粛清しておいたから」


 社長は笑顔で言う。これだ、たまに見せる恐い笑顔。

 ……あれ? ってか、それってつまり、例の孤児院の解体って社長が……?


 その言葉を聞いて、正直、良かった、と思った。

 6人も殺したんだ。普通の倫理観からしたら、まともな感想じゃないのは分かっている。

 だけど、そんなまともな倫理観を持った自分と、どこかで餡蜜を赦したいと思っている自分の争いを、俺が後者側の観客席から見ていたのは確かだった。


 だから、良かった。餡蜜は、これから自分の人生を生きることができるんだ。これまで歩むことが赦されなかった、自分だけの人生を。


 そんな、他人に話したら激怒されかねないことを思っていると、ガチャリ、と事務所の扉が開いた。


「あ、あの。今日からよろしくお願いします……」


 黒髪の、年齢の割に幼い顔立ちの男の娘。


「それで、あ、あの。姉さんは、少し遅れてくるそうです……」


「あれ、そうなの? どうせだったら2人揃ってから色々と説明したかったんだけど……。それなら、天歌ちゃん来るまで自由にしてていいよ。丁度おやつ時だから、2人で甘いものでも食べてきたら?」


 黒髪の男の娘と目が合うと、彼は申し訳なさそうに、にこっ、とはにかんだ。

 何か、言葉を待たれているような気がしたから、提案する。


 ーーそれじゃあ、こないだの和菓子屋に餡蜜でも食べに行くか?

 ご覧いただきありがとうございました!


 いかがでしたでしょうか?

 少しでも、男の娘って可愛い! と思っていただけましたら、一人の男の娘好きとして最高に嬉しいです。


 同じく男の娘を題材としたハイファンタジーも連載しておりますので、気になったら見てやってください。

★オトコノコ神話〜マイノリティが認められないこの世界で俺はこのコを神にする!〜

https://ncode.syosetu.com/n0492ge/


 それでは皆様、改めまして拙作をご覧いただき、本当にありがとうございました!!

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