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Cafe Shelly

Cafe Shelly 山あり谷あり

作者: 日向ひなた

 青天の霹靂、というのはこういうことを言うのだろう。突然、予期せぬ出来事が私の身を襲った。

「皆藤くん、君、クビだから」

「えっ!?」

 私が務めているのは、社員八名の小さな貿易会社。取り扱っているのはスクラップ製品で、日本で出た廃材から使えるものを分けて、それを海外へ売るという仕事。

 私がやっているのは、スクラップ屋からものを買い集めるという、いわば営業の仕事。私を始め、三人でスクラップの買い集めを担当し、二人が輸出先の営業担当。二名が事務で社長がいるという構成。

 その社長から、突然クビを言い渡された。

「ど、どうして私がクビなんですか?」

 私には特に落ち度はない。それどころか、スクラップ買い集め担当の三人の中では、一番結果を出している。

 ここの仕事について十年というキャリアもある。以前は車の販売営業をやっていたが、転職で今の仕事に就き、それなりにがんばってきたつもりなのに。

「理由もへったくれもあるかっ! そんなの、お前が一番知っているだろう!」

 社長は何かに怒っている。しかし私にはその理由がさっぱりわからない。何か勘違いをしているのではないだろうか?

 私はただ、黙っているしかなかった。

 この会社、よくも悪くもワンマン社長。気性の荒い社長ではあるが、人情にも厚い。だから、社長から罵詈雑言を浴びせられてもここまでやってこれた。

 けれど、突然のクビ宣言はさすがにこたえた。今まで「やめちまえ!」と言われたことは何度もあったが、それは間違いなくこちらが悪いと自分でも認められた場合。

 今回は何も思い当たることはない。それどころか、最近は会社に貢献していると思っていたのだが。

 社長からクビ宣言をされて、私は肩を落とし、自分のデスクに戻った。

「皆藤さん、なにやらかしたんですか?」

 事務の比嘉さんが心配そうに私を見る。社長の大声は当然ながら狭い社内に響き渡ったので、私のクビ宣言はみんなに知られることになった。

「なにも…思い当たることがなくて…」

「ですよね。会社の中で一番成績を出しているのは皆藤さんですし。お客さまからも感謝されているんですから。社長、何考えているのかしら」

 比嘉さんの慰めは私の心に響いた。こういうのを心のオアシスというのだろうか。

 私のクビ宣言はまたたくまに広がった。社内だけでなく、今までお付き合いのあったお客さんにも。だからといって、社長の態度は変わらない。

 結局、クビを言い渡されてから一週間後には退職手続きも終わったため、私は会社を去ることになった。

「さて、これからどうしよう…」

 幸い、私には家族がいない。四十手前の独身貴族、といえば聞こえは良いが。単に女性に恵まれなかっただけ。まぁそれはそうだろう。身体は小柄でガリガリ、髪の毛も同世代の人より薄いし。営業をやっていながら、プライベートでの人付き合いはそんなに上手でもない。

 唯一の趣味は、読書とコーヒー。読書は文学小説と言われるものを好んで読むため、最近はやりのものは話題についていけない。コーヒーは一人で美味しいのを淹れるのが好きで、自分で焙煎もやるほど。

 どちらの趣味も、普通の人は理解してくれないだろう。

「ハローワークにでも行くかな」

 そう思った時に一本の電話が。

「あ、皆藤さんですか。オリエンタル工業の飯島です」

「あ、飯島さん」

 電話の相手は、取引先だったオリエンタル工業の調達部長の飯島さん。小太りでいつもにこやかに笑っている人だ。その笑顔の反面、我が社に厳しい条件を出してくる。人柄はいいのだが、営業先としてはやりにくいところであった。

「会社、辞めたんだって?」

「えぇ、まぁ…」

「じゃぁ、うちに来ないか。皆藤さんだったらうちの調達部で役に立ってもらえると思うし。実は今、即戦力が欲しくてねぇ」

 願ってもないチャンス。私は二つ返事でOKを出し、一応面接をすることになった。

 面接では型通りのことしか聞かれない。強いて言えば、過去の実績について深く聞かれたくらいで。飯島部長の強押しもあって、即採用の返事。

 さらに、給料は前の会社の1.5倍くらい高い。これは願ってもないことだ。

 翌日から早速出社。

「今日からお世話になる皆藤です。よろしくお願いします」

 そうあいさつはするが、ほとんどの人は私を知っている。私を知らないのは、一部の事務の女性くらいかな。その中で、ときめく女性を見つけた。

「皆藤さん、これが名刺です。それとこちらが社員バッチ。あと…」

 初めての私に会社のことをいろいろと教えてくれるこの女性。名前は白崎麻里さん。年齢は二十代後半といったところかな。髪が長くて目がぱっちりしていて。

 前の会社にも女性はいたが、おばさんと冴えないオールドミスの二人だったから。天と地の差がある。

 会社をクビになってよかった。そう思えた瞬間だった。

 けれど、この天国も長くは続かなかった。

「おい、なんでお前がここにおるんや!」

 私が会社を辞めて、オリエンタル工業の担当になったのは、誰あろう前の会社の社長であった。私は飯島部長に呼ばれて、その応接の場に出ることになったときに、私の姿を見て思わず叫んだ一言である。

「皆藤くんがおたくを辞めたと聞いてね、私がスカウトしたんだよ。ホント、もったいない人材を手放したねぇ」

 飯島部長、ちょっと嫌味ったらしく社長にそう言い放った。

「飯島さん、こいつが何をしでかして会社をやめさせられたかご存知なんですか? こんなヤツ雇ってたら、ろくなことありませんよ」

「ほう、何をしたというのかな?」

 そういえば、私はどうして辞めさせられたのか、未だに知らされてなかった。

「こいつ、使い込みと不倫ですわ。誰あろう、うちの女房に手を出しやがって。さらに会社の金を使って女房と乳繰り合っとったんですわ」

 そんなの初耳だ。確かに社長の奥さんはまだ若い。私より二つ三つ年上くらいではある。が、正直タイプでもないし、そんなふしだらなことをしでかすことはない。

 だが、飯島部長は私をギラリとにらむ。

「そ、そんなことはやってません。それに、初耳です」

 さすがにここは反論。

「そんなことはあるかっ! うちのが白状したわ!」

 なるほど、このデマの出処は社長の奥さんか。社長の奥さん、建前上は会社の役員となっている。あくまでも建前上。実際にオフィスに出てきたことなどほとんどない。

 奥さんの役割は総務部取締役。そのため、経理などもある程度把握している。推測するに、どこかの男にお金を貢いだお金がバレてしまい、その穴埋めが必要となったので私のせいにしたのだろう。

 けれど、その証拠がない。さて、どうしたらいいのだろう。

 結局、その場は私が退席することでおさまったようだが。あとから飯島部長にいろいろと尋問された。もちろん、私は正直に話をした。例の推測も含めて。

「まぁ、あそこの社長の奥さんならやりかねないことかもしれんが。だからといって、皆藤くんの疑惑が晴れたというわけではないからな」

 厳しい言葉。これに対しては、私の働きで証明していくしかない。とにかくしっかりと仕事をして実績を上げていかねば。

 ここから私の猛チャージが始まった。

 もともと仕事以外で時間を使うことがない人間だから。趣味の読書とコーヒーも、合間でできることだし、絶対にやらなければいけないということもない。

 この私の動きのおかげで、難しい調達の仕事もどんどんこなされていき、部長も私のことを認めざるを得なくなった。そのおかげで、あの社長の言葉が今の職場で広がることもなく、私の株はどんどん上がっていくことに。

 そんなある日、うちの部署のマドンナである白崎さんからこんなお誘いが。

「あの…よかったら週末一緒に行って欲しいところがあるんですけど」

 で、デートの誘い!? 私は耳を疑った。こんなに見た目が冴えないアラフォー男に、マドンナからお誘いがあるなんて。

「は、はいっ。よ、喜んで」

「あぁ、よかった。実は、私の高校時代の友達が喫茶店をやっているんですけど。そこのマスターがコーヒー教室をやるんです。皆藤さん、コーヒーが趣味だってお聞きしていたから、ぜひどうかなって思って」

「コーヒー教室ですか。それは興味ありますね」

 なんだ、単なる人集めか。まぁ、そのくらいしか私を誘う理由はないよな。

 あえてコーヒー教室に通うなんてこと、しなくても私なりに自分の淹れ方には自信を持っている。今更、という気持ちもあるが。

 けれど、白崎さんと一緒にいられるのだから、お得感は高いな。

「じゃぁ、今度の日曜日に。場所はここです」

 白崎さんから手渡されたのは、はがきサイズの案内状。

「カフェ・シェリー、か。初めて聞く名前だな」

 私はコーヒー通とはいっても、喫茶店などを渡り歩くタイプではない。ひたすら自分でコーヒーを極めていくというタイプ。まぁ、単に人と交わるのが面倒なだけなのだが。

 しかし、この白崎さんとのやり取りを見られたのがまずかった。この日の午後から、周りの目、特に男性社員の目がとてもきつく感じる。きついのは目だけではない、言葉遣いや態度までがそんな感じ。

 以前なら

「皆藤さん、見積書の提出おねがいします」

だったのが

「見積書、はやく」

と、そっけなく乱暴な言い方になった。しかも、私をにらんでいる。

 原因が白崎さんにあることは間違いない。みんな、特に独身男性が狙っている白崎さんと仲良さそうに話している姿を見られたのだから。

 別に、私が誘ったわけじゃないのに。私って、ツイているんだかツイていないんだかわからないな。

 そんなこんなで、ちょっと職場でギクシャクしながらも、待望の日曜日がやってきた。私は白崎さんからいただいた案内状を手に、地図に示された通りへと足を運んだ。

「あ、この通りか」

 久々にこの通りを目にする。

 若いころは、一人で街をぶらぶらしていた。そのときに見つけた街中の小さな路地。道幅は車が一台通るくらい。その道の両側には、煉瓦でできた花壇があり、華やかさを盛り上げている。通りはパステル色のレンガで敷き詰められており、なんとなくワクワク感を感じる。

 何か目的があるわけではない。ただなんとなくこの通りが好きで、よくぶらぶらしていたものだ。もう何年も来ていなかったな。

 この通りにカフェ・シェリーはある。ちょうど通りの真ん中くらいだ。

「ここか」

 見つけたのはカフェ・シェリーのメニューが書いてある黒板。そこにはこんな言葉が書いてある。

「人生は山あり谷あり、だから人生は面白い」

 山あり谷あり、か。まさに今の私の状況だな。今日は白崎さんと一緒にいられる。ということは山の状態なのかな。そう思うと、ちょっとワクワクしてきた。

「あ、皆藤さん」

 ふいに声をかけられ振り向くと、なんとそこには白崎さんの姿が。オフィスでは制服姿しか見たことがなかったが、私服がとてもかわいらしい。思わずドキッとしてしまった。

「あ、こ、こんにちは」

 思わずどもってしまった。が、次に目に入ったもので、私は山から谷に突き落とされた。

 白崎さんの横には、若い男が立っていた。おそらく白石さんと同じくらいの年齢。背も高く、顔もいい。傍から見れば、間違いなくこの二人はカップルだという感じ。

「あ、こちらは同じ会社の皆藤さん。とてもコーヒー好きな人だから、今日の会にお誘いしたの」

「そうなんだ。初めまして、榊原といいます。よろしくお願いします」

 うっ、礼儀正しくてなかなかの好青年じゃないか。私に勝てる要素は一つもない。

「さ、行きましょ」

 白崎さんの言葉で、私たちは喫茶店カフェ・シェリーへと足を踏み入れていった。だが、その足取りは先程までのものとは違い、とても重たい感じになってしまった。

「マイ、二人を連れてきたよー」

「あー、麻里、ありがとー」

 若い女性二人の会話だなぁ。なんかキャピキャピして弾んでいる。それに比べて私ときたら、なんか気持ちが沈んでいる。

 決して白崎さんが悪いわけではない。私が勝手に勘違いをして、一人ではしゃいでいただけなのだから。

 今日はコーヒーで楽しむことに意識を向けよう。それにしても、こんな喫茶店があったとは。店内はそれほど広くはないが、きちんと整理されている。白と茶色をベースとして、とても落ち着いた雰囲気。

「こんにちは、はじめまして。ここのマスターをさせていただいています」

 不意に後から声をかけられた。振り向くと私より少し年上の渋さを持っている男性がそこに立っていた。

「あ、初めまして。今日はよろしくお願いします」

 私はこういう場面に弱い。初対面の人だと、ついペコペコしてしまう。今もそうだ。けれど、このマスターはなぜだか初対面なのに緊張しない。不思議な感じを持つ人だな。

「さて、みなさんおそろいになったのでこれからコーヒー教室を始めます。ぜひおいしいコーヒーの淹れ方を知って、まわりの人にふるまってあげてください」

 この教室に集まったのは全部で六人。私と白崎さん、そして白崎さんの彼氏であろう榊原さん。あとは女性が三人。周りの女性の目は、間違いなく榊原さんに向いている。男性の私から見てもかっこいいのだから無理もない。

 マスターによるコーヒーの淹れ方教室は、とても丁寧で初心者でもわかりやすいものだった。私も素直に一から学ぼうという気持ちがあったので、とても勉強になった。

 ここでも私と榊原さんの差が出てしまった。私は自分のことしか考えられなかったが、榊原さんはさりげなく周りに気を使っている。

「榊原さん、ありがとうございます」

 マスターまで榊原さんにお礼を言う始末。きっと恋人の白崎さんも鼻が高いだろうなぁ。ふと白崎さんをみると、会社では見たことのない笑顔で微笑んでいる。

 あんな笑顔を毎日見られたら、幸せだろうなぁ。

「おや、皆藤さんどうかしましたか?」

「えっ、あ、いや、ちょっとボーっとしちゃって。すいません」

 マスターから声をかけられ、あわててしまう始末。

「さぁ、いよいよこれからコーヒーを淹れてもらいます。ここで一つおまじないです。心のなかで、飲んでもらいたい人を思い浮かべてください」

 私が思い浮かべる人、それは間違いなく白崎さん。けれど、白崎さんには榊原さんがいる。ふと弱気になる。が、ここは思い浮かべるだけなんだから、自由なはず。

「その人が、あなたの淹れたコーヒーをおいしく味わっている様子をしっかりとイメージしてください」

 私の淹れたコーヒーを味わう白崎さん。うん、とてもいい。今までそうやって人のためにコーヒーを淹れたことなんてなかったからなぁ。思わず笑顔になるのが自分でもわかる。

「その気持のまま、お湯を注いでください」

 ゆっくりとお湯を注ぐ。おいしくなれ、おいしくなれ。

「ではみなさん、コーヒーを淹れ終わりましたね。そのままご自分で味わうのもいいのですが、それではおもしろくありません。目の前のコーヒーを右隣の人に渡してください」

 右隣といえば白崎さんだ。私の淹れたコーヒーを白崎さんが飲んでくれる。私は白崎さんの顔を思い浮かべながら、白崎さんがおいしく味わっている様子をイメージしながらコーヒーを淹れた。

 どんな反応をしてくれるんだろう。ドキドキしてきた。

「ではお飲みください」

 私は自分の飲むコーヒーよりも、白崎さんの反応にばかり意識が向いている。白崎さんの動作一つ一つが気になる。が、あまり見つめているとあやしまれるので、さりげなく観察を続ける。

「うわぁ、おいしい。コーヒーってこんな味がするんだ。マスターの淹れてくれたのもいいけど、このコーヒーはまた違う味がする」

 白崎さんの反応は上々。よし、と心のなかでガッツポーズ。

 私はここでやっと自分が手にしたコーヒーを口に入れる。正直なところ、普通のコーヒーだ。おいしいのだが、まぁそれなりって感じ。隣の人は初めて会う女性だし、これといった特徴もない赤の他人だし。

 だが、ここでまた私の心が折れそうになる出来事が発生。

「榊原さんの淹れてくれたコーヒー、すごくおいしい!」

「えっ、私にも飲ませて」

「私も」

 初対面の女性三人が、榊原さんのコーヒーを我先にと味見をし始めた。私のコーヒー、白崎さんはほめてくれたのにそんな反応はない。

 やはり男は外見なのか。いい男が淹れたものは人気があるということか。

 私がショックを受けていることをさとられないように、あくまでも普通に装っていた。が、喫茶店の店員さん、マイさんが私にそっとこう囁いた。

「皆藤さん、大丈夫ですよ。次にいいこと、必ずありますから」

「えっ!?」

 マイさんはニコリと笑って私に微笑む。白崎さんがいなければ、思わずマイさんに惚れてしまうくらいの笑顔だ。

 そういえば白崎さんは榊原さんのコーヒーを飲もうとはしなかった。それどころか、私の淹れたコーヒーのカップを両手で大事そうに包み込んでいる。それが唯一の救いだ。

 そこからしばらくはおしゃべりの時間。といっても、男性陣はただだまって女性陣の話にうなずくだけ。営業をやっていた私は、人の話に合わせるのはうまい方だと思っている。が、それ以上に榊原さんは上手だ。なにをやっても、いい男には勝てないのか。ショックの連続だ。

「さて、そろそろマスターの淹れた魔法のコーヒー、シェリーブレンドを体験してもらいましょう」

 マイさんがそう話を切り出した。

「魔法のコーヒー?」

 私は耳を疑った。なんだ、その魔法のコーヒーって。

 私が驚いた顔をしているのを察したのか、白崎さんがシェリーブレンドについて説明をしてくれた。

「ここのマスターが淹れたコーヒーを飲むと、その人が望んだ味がするんです。まれに、望んだものの映像が浮かんでくることもあるんですよ。とても不思議なコーヒーなんです」

 まさか、そんなことが。けれど白崎さんが言うのだから間違いないだろう。なにはともあれ、その味を確認しなければ。

「噂のシェリーブレンドか。初めて飲むからワクワクするな」

 どうやら榊原さんも初めてのようだ。白崎さん以外の女性三人も同じみたい。期待感いっぱいの顔つきで、マスターの淹れるコーヒーを待ちわびている。

「おまたせしました。シェリーブレンドです」

 テーブルの上に並べられたコーヒー。私は早速その一つを手にする。

 まずは香りを楽しむ。鼻の奥をくすぐるこの感じ、間違いないと確信。味に対しての期待感がいっそう高まる。そしておもむろにカップに口をつける。

 コーヒー独特の苦味、そしてあとからついてくる酸味。いや、それ以外にも何かある。これはなんだ?

 その味の奥を舌先で確かめると、一つの感覚に気づいた。舌の先で味が変化している。いや、変化というより上下しているという感じ。コーヒーの味が濃くなったり、薄くなったり。違う、爆発的に広がったり、急に小さくなったり。うぅん、なんと表現してよいのかわからない。

 けれど、間違いなく言えることがある。それは、この味の変化を楽しんでいる自分がいるということ。どの味が良いとかではない、変化そのものを楽しむ。これが私なのだ。

「みなさん、どんな味がしましたか?」

 マイさんの声で我に返った。現実に引き戻された感覚だ。さっきのは何だったのだろう?

「すごーい、私、コーヒーって苦いものだと思ってたけど、甘さもあるんですね」

 甘さ? そんなのは感じなかったぞ。

「私はちょっと突き刺さる味がした。なんだろう、刺激って感じかな」

 刺激も感じない。まさか、これがシェリーブレンドの魔法なのか?

 今度は榊原さんの発言。

「そうですね、例えて言うならダンス。舌の先で味が跳びはねる。そんな躍動感のある味でした。こんな味、初めてだ」

 いい男がそういうセリフを言うと、男の私でさえ本当にかっこよく感じる。周りの女性が放っておくわけがない。例の三人とも、あこがれの眼差しで榊原さんを見つめている。

 白崎さんもきっとそうに違いない。そう思って白崎さんの方を向くと、なぜだかさっき私が淹れたコーヒーを飲んだ時と同じポーズをしている。コーヒーカップを両手にかかえ、大事そうに包み込んでじっとそれを見つめている。

「麻里はどんな味がしたの?」

 マイさんが白崎さんに声をかける。すると、そこでやっと我に返ったような表情をする白崎さん。

「あ、え、えぇ。私は…」

 言葉に一瞬ためらいを感じた。だが、意を決したように次の言葉を続ける。

「私はさっき飲んだコーヒーと同じ味がした」

 その後、なぜだかはにかむ表情を浮かべる白崎さん。それってどういう意味なんだ?

「あはっ、なるほど、そうなんだ」

 マイさんはその意味がわかったらしい。ふとマスターの方をみると、ニコニコ顔で白崎さんの方を向いている。マスターもその意味がわかったのか?

「じゃぁ、次に皆藤さんはどんな味がしましたか?」

「えっ、私ですか?」

 みんなの視線が私に向けられる。頭の中で、さっきの味を思い出す。

「私が感じたのは、味の変化です。舌の上で味が濃くなったり薄くなったり、爆発的に広がったり急に小さくなったり、なんて表現すればいいのかわからないけれど、この変化を楽しむ自分が感じられました」

 私の言葉に、みんなはなんともいえない表情。それはそうだろう。私自身もよくわからないのに、みんながわかるはずがない。

 ところが、ただ一人私の言葉に別の表情を浮かべている人がいた。白崎さんだ。

「ということは、皆藤さんは変化をいろいろと感じていたいんですね」

「変化を楽しむ?」

「はい、シェリーブレンドはその人が望む味がするから。だから、味が変化する自分を楽しむ自分を楽しみたいっていうのが願望なのかなって」

 変化を楽しむ。そんなこと、考えてみたことはなかった。けれどここ最近を振り返ると、さまざまな変化が起きていた。

 前の会社の社長から突然の解雇通知、かと思えば今の会社に拾われて給料は高くなった。さらに白崎さんという女性に出会った、さらにコーヒー教室に誘われた。けれど、それが周りから疎まれてしまった。他にもこんな感じで、いい事とわるい事が交互に訪れる。まさに、人生山あり、谷ありだ。

 ここでこの言葉を思い出した。

「人生は山あり谷あり、だから人生は面白い」

 このお店、カフェ・シェリーに入る前に見た黒板の言葉。まさに今日の私のために書かれたものといってもいいだろう。それを楽しみながら生きていくこと。これこそ人生と言ってもいい。

「今、気づいたことがあります。私、このところいろいろなことが起きていました。まさに山あり谷ありです。山になれば喜び、谷になれば苦しみ、そこにどんな意味があるんだろうと思っていたんです」

 ふと気づくと、私の言葉にみんな意識を向けている。さっきまでイケメンの榊原さんに意識を向けていた女性三人も、そして榊原さんも、もちろん白崎さんもだ。

 私は言葉を続けた。

「山もあれば谷もある。だからこそ人生なんだって。その状況を楽しみながら生きていくことが大切だって、今わかりました」

「じゃぁ、今度はどんな山を登りたいですか?」

 マスターがにこやかな顔で私に質問してくる。

「そうですね、仕事もがんばりたいです。転職して間もないし、周りからまだまだ信頼を得られていない。だから、もっとここでがんばって、周りから認められたいです」

「なるほど、他にはありませんか?」

「他に、ですか?」

 ちょっと考えてしまった。

 どんな山に登りたいのか。心の奥ではそれがわかっている。けれど、今口にだすのはちょっと恥ずかしい。なにしろ、その相手が目の前にいるのだから。

 緊張して喉が渇く。私は無意識にコーヒーを口に含んだ。

 ん、何だこの味は? 私は味を確かめるためにもう一度コーヒーに口をつける。

 甘い。いや、単なる甘さではない。そこから広がりを感じる。すべてを包み込む広がり。その先にあるのは安堵の気持ち。

 あぁ、そうか。山もあり谷もあるけれど、最後にたどり着くのは安堵の気持ち。何をしていても安心していられる場所があること。これを私は求めていたのか。

「何かに気づかれたようですね」

 マスターの言葉で我に返った。私はなぜだか素直に今感じたことを口にすることができる気がした。

「私がほしいもの、それは安堵感です。山を登ろうと、谷を越えようと、その先には安堵する気持ち、安心して過ごせる居場所、そんなものを求めていたんだ」

「では、その安堵感を得るためには何が必要だと思いますか?」

「何が…それはやはり、人生をともにするパートナーかな」

 ついうっかり、私の意志と関係なく口が先に動いた。そう、私が登りたいもう一つの山がこれなのだ。

 言った後、しまったと思った。恥ずかしい思いと、白崎さんに対しての思いとが交錯して、顔が急に火照ってくる。きっと真っ赤になっているんだろうな。

「人生をともにするパートナーか。いいですね。私もマイと一緒になって、いろいろと苦労はありますが安心させてもらっていますよ」

 えっ、マイさんとマスターって夫婦だったのか。歳の差はかなりありそうだが。ということは、年齢差ってあまり気にしなくてもいいのかな?

「あれっ、マスターは私と一緒になって苦労してるんだ」

 マイさんが意地悪そうにマスターに言い寄る。

「ま、まぁ、夫婦になるといろいろあるからなぁ」

 マスターはごまかすようにそう言う。そこでみんなから笑いが飛び出す。私もこんなパートナーを得て、安心した暮らしをしてみたいものだ。

 それからは他愛もない話で時間を過ごし、コーヒー教室は解散となった。だが、気になるのは白崎さんと榊原さん。いくら私が白崎さんに恋心を持っても、榊原さんというイケメンで何の不足もない相手がいるのなら、あきらめるしかない。

 そう思い、肩を落としてカフェ・シェリーをあとにした。

「皆藤さん」

 えっ!? 不意に声をかけられ振り向く。

「し、白崎さん」

 そこにいたのは白崎さん。だが、あることに気づいて周りを見回す。が、その姿はない。

「あれ、榊原さんは一緒じゃないのですか?」

「あ、彼はさきほど知りあった女性の一人に誘われて、どこかに消えちゃいました」

「えっ、榊原さんって白崎さんの彼氏じゃないんですか?」

 その言葉に驚いて、私は思わずそう尋ねてしまった。

「あはは、そう思っちゃったんですね。そういえばちゃんと榊原さんのこと紹介していませんでしたね。彼は私の姉の旦那さんの弟なんです。大学を出たばかりで、いろいろと社会勉強中。私にとっても弟のような存在なんですよ」

「そ、そうだったんですね。いやぁ、てっきり彼氏かと思ってしまって」

 ちょっと安心した。

「彼氏かと思ったら、どうなっちゃうんですか?」

 白崎さんが意地悪っぽく私に聞いてくる。その顔がまたチャーミングで、思わずドキッとしてしまった。

「あ、いえ、べ、別に…そ、それより私に何か御用でも?」

「はい。これからどうするのかなって気になっちゃって」

「これから、ですか?」

 えっ、これって白崎さんからデートのお誘い? いや、まさかそんなことは。でも、少しくらいは期待してもいいのかな。

「お昼ごはん、一緒にどうかなって思って」

 間違いなく私を誘ってくれている。夢ではないだろうか?

 ほっぺたをつねろうかとも思ったが、さすがにそこまではしない。これは間違いなく現実なのだから。

「は、はい。ぜ、ぜひご一緒にっ」

 声が裏返ってしまった。それを見て笑う白崎さん。ちょっと恥ずかしかったけれど、それ以上に有頂天になってしまう自分がいた。まさに天国だ。

 それから白崎さんが先導して、和食屋さんへと足を運ぶ。だが、ここで天国から地獄に落とされる事態に。

「あれ、白崎さん」

 お店に入った時にそう声をかける人が。なんと同じ部署の男性社員が二名もそこにいるではないか。この連中が、白崎さんと仲良さそうに話しているところを見て、私に対して乱暴でそっけない態度をとったやつらだ。

「えっ、なんで皆藤さんもいるの?」

 私の姿を見て驚く二人。今度こそまた何か言われるに違いない。きっと私に対して嫉妬心を抱くはずだ。

 そう思うと、さっきまでのあの天にも登る気分はどこかへ吹き飛んでしまった。それよりも、来週からどうしようという不安が襲ってくる。

 このとき、ふとあの言葉を思い出した。カフェ・シェリーの看板のあの言葉。

「人生は山あり谷あり、だから人生は面白い」

 昨日までの私だったら、この谷の出来事に対して恐れおののき、避けて通ろうとしていただろう。けれど、谷の状況もまた楽しむこと。今日はこれを学んだ。

 よし、ちょっと気持ちを切り替えてみるか。

「さっきまで白崎さんと一緒に、コーヒー教室に行っていたんです。私、コーヒーを淹れるのが趣味で、今日もすばらしい方に学んできましたよ」

 このとき、私の頭のなかでは自分を榊原さんに置き換えていた。榊原さんだったら、おそらくこんなセリフをすらすらっと言うんだろうなって。

 すると、白崎さんが私の言葉に対して援護射撃をしてくれた。

「皆藤さん、コーヒーを淹れるのが趣味だって聞いていたから。私の高校時代の同級生がやっている喫茶店なんですよ。あ、ぜひみなさんも行ってあげてください」

 すると、二人はさきほどまでの勢いを失い、はぁそうですか、という顔をしている。

 なんだ、簡単なことじゃないか。谷の状態を恐れずに、きちんと向かっていけばなんてことはない。臆病になって避けていたから、結果が悪くなっていただけの事だったのか。

 ということは…私の頭のなかで一つのことがひらめいた。

 そのあと、白崎さんと食事を楽しむ。ここで私は臆病にならずに、きちんと向き合って自ら谷の状態へと臨むことに。

「あの…白崎さん」

「はい」

「今回、どうして私なんかをコーヒー教室に誘ったんですか?」

「だって、皆藤さんがコーヒーが趣味だってお聞きしていたから」

「確かにそうなんですけど。けれど、だからといってどうして私を誘ったのかなって。まだ転職してそれほど経っていないし、私のことをそんなに知らないはずなのに」

「知っていました」

 えっ!? 一瞬耳を疑った。知っていたって、どういうことだ?

「私、皆藤さんのこと、転職される前から知っていました」

 あ、そういえば私はオリエンタル工業を取引先にしていたから、何度も会社には足を運んでいる。私が白崎さんのことを覚えていなくても、ひょっとしたら白崎さんは私のことを知っていた、ということか。

「私、ずっと気になっていたんです。皆藤さんって、どうしてあんなに仕事を熱心に取り組めるんだろうって。前の会社でも、今の会社でも」

 気になっていた、というのは別に恋愛とは関係なさそうだが。けれど、こうやって私のことを気にかけてくれていたのはありがたい。

「ありがとうございます」

 白崎さんの言葉は、素直に嬉しい。だが、それだけでは終わらなかった。

「だから、私は皆藤さんのことがもっと知りたくて…」

 ここでうつむく白崎さん。えっ、い、今の言葉ってどういうこと? 私のほうがとまどっていたが、白崎さんはさらに言葉を進めた。

「私、今日のシェリーブレンドの味と皆藤さんが淹れてくれたコーヒーの味が一緒だったんです。そこで確信しました」

 そういえばそんなことを言っていたな。あのとき、マイさんやマスターは白崎さんの言葉を聞いて、ニコニコしていたよな。その謎がまだわからなかった。

「私の想い、つらぬいていいんだって。私が欲しかったのは皆藤さんの味。だから、この想いはずっとこのままでいいんだって」

 恋愛に鈍い私でも、いい加減気づいた。でも、まさか、どうして私なんだ?

「白崎さん…あ、ありがとうございます。でも、私なんかでいいんですか?」

「私なんか、がいいんです」

「かっこ良くないし、趣味も地味だし、年齢もいいかげんオヤジだし」

「私、そういうので選んだんじゃないんです。皆藤さんって誠実だし、マジメで仕事熱心だし。それに、なんだか気になっちゃって。好きになるって、理由はいらないですよね?」

 好きになる、そう言われるのって初めてだ。急に恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になるのがわかる。だが、それ以上に白崎さんは照れている。よほど勇気を持って私に告白したに違いない。

「し、白崎さん、ありがとうございます。こんな私ですが、よ、よかったらお付き合いください。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる。

「私こそ、よろしくお願いします」

 お互いに頭を下げあう。なんだかその光景がおかしく感じて、二人とも笑い出してしまった。

 だが、このあと会社の若い連中から、間違いなくパッシングを受けるのは目に見えている。次の谷をどう乗り越えようか。このことを白崎さんに話したところ

「えぇっ、そうなんですか? まったく、気持ちの小さい人たちだなぁ。人の幸せを願うくらい、大きな気持を持たないと女性には嫌われますよ」

 その言葉は私に勇気を与えてくれた。よし、これなら頑張れるぞ。谷を恐れるのではなく、きちんと向かい合って進んでいこう。

 こう決めたこの日から、私の見る世界が大きく変化していった。

 翌日、前にいた会社から嫌がらせとも捉えられる要望があがった。

「この値段でなければ、御社からの廃材は取り扱いません」

 明らかに、私に対しての報復措置だ。

 以前の私なら、ここでうろたえて判断を上司に任せていたところ。けれど、この谷の状況にあえて正面から立ち向かうことを決意した。

「オリエンタル工業として、この会社は必要なのか? 別に廃材を取り扱う業者はいるし、そこへの受注量を増やしてあげたほうがメリットが大きいぞ」

 そう考えて、このことを飯島部長へ伝えてみたところ

「そうだな、別に取引先としてあの会社にこだわる理由もないし。というか、今までこだわっていたのは皆藤くん、君がいたからなんだよ」

 この言葉は驚きだった。飯島部長いわく、私の人柄と信頼で今までつきあいを続けてきたが、私が抜けてからあの会社に対してメリットを感じなくなっていたとのこと。

「ちょうどいい機会だ。あの会社、切ろう」

「はいっ!」

 ということで、社長を呼び出してその旨を通達することに。

「えっ、ど、どういうことですか? 飯島部長、そりゃないですよ」

 飯島部長から社長へ、取引停止の旨を通達。このときのあの傲慢で強気な社長の弱った顔は見ものだった。

「それと、君の奥さん、評判良くないよ。かなり会社の金を使い込んでいるようだね」

「いや、そ、それは…」

 社長は言葉に詰まっている。それにしても飯島部長、前回は社長の言葉を信じていたようだったが、どうしてこんなに態度を変えたのだろう?

「お願いします、取引は続けさせてください」

 終いには立場逆転、社長が土下座をして飯島部長にお願いをする立場に。

「そうやってお願いをするのは私ではない。担当の皆藤くんに、じゃないのかな?」

 社長は私の方を見る。すごく悔しそうな目をしている。が、大口の取引先であるオリエンタル工業から見放されると、会社はさすがにうまくはいかない。これは私がよく知っている。

「か、皆藤くん」

「皆藤さん、じゃないのかな?」

 飯島部長は冷たくそう言い放つ。

「皆藤さん、今回のことはすまなかった。き、君をいわれのないことで解雇してしまって。頼む、取引停止だけは…」

 私はここで、冷静になって社長にこう伝えた。

「私自信に対してのことはどうでもいいです。それよりも、まずは適正な会計処理をお願いします。ケチって奥さんに経理を任せずに、ちゃんとした会計士をつけて、今一度会社の経費の無駄を省いてください」

 これは前から思っていたこと。それを言葉にしてみた。私の言葉は更に続く。

「それから…」

「それから?」

 まだ何かあるのか、という表情をうかべる社長。私は落ち着いてこう伝える。

「会社では話し合いの場、これをきちんと持つようにしてください。私たち社員が意見をしたくても、きちんと言う場がありませんでした。せっかくのコストダウンの提案、新規営業先の提案、さらには社内の改善の提案など、言いたくても言える場がなかったのです」

 この際だからと、私は前の会社にいた当時のことを思い出して伝えた。

「わかった、わかった。やる、やるから」

 ここでまた飯島部長がギラリと社長を睨む。

「わ、わかりました。やらせていただきます」

 社長は言葉を変えた。まずは社長の意識改革、これがなされないとこの会社は本当に危ない。おそらく相手が私だから、まだ昔の社員感覚で話をしてしまうのだろう。

「では、これらの改善がきちんと実行されたことを確認してから、取引を再開させていただきます」

 この時の社長の「えぇっ」という驚きの顔は忘れられない。

 今回のことは、決して社長をいじめているわけではない。私は心から、あの会社が良くなればと思って出した言葉。飯島部長もここは理解してくれていた。

「皆藤くん、今回はよく言ってくれた。ありがとう」

 飯島部長からもお褒めの言葉をいただいた。あとからわかったことだが、例の嫌がらせとも思える価格の釣り上げの要望、あれは私への嫌がらせであった。こうすれば私が困るだろうという社長の短絡的な考えが、逆にあの会社をピンチに陥らせてしまった。

 いや、ピンチではない。むしろ会社を立て直すチャンスだったと私は思う。あの会社にとって、今回のことは谷の出来事かもしれないが、ここをしっかりと乗り越えれば、確実に山に向かうチャンスとなるのだから。

 人生山あり、谷あり。谷を谷としてとらえずに、山に登るチャンスだと考えると、谷も悪くないなと感じ始めた。

「皆藤さん、ちょっと」

 そんなことがあった日の夕方、私は同僚の二人から呼び出された。間違いなく白崎さんのことだ。

 きっと何らかの脅しがくるのではないか。これは十分に考えられる。

 以前の私だったら、恐れおののき、相手の言うがままにしていたかもしれない。が、今は違う。白崎さんは私のことを想ってくれているのがわかっているから。

 さぁ、これからどんな谷が襲ってくるのか。私は逆にワクワクしながら同僚二人の元へ。これがどんな山に変化していくのか、今は楽しみでいっぱいだ。


<山あり谷あり 完>

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