表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

他人の身体

床が光り輝き、視界が暗くなる。

何も見えない。

何も聞こえない。

何の匂いもしない。

何の味もしない。

ただ、身体を引き千切られるような痛みだけがある。


『ぐあぁぁぁぁぁぁ!』


声が出てるのかわからない。

ただ、心の中で叫んだ。







意識が飛び、気が付くと俺が目の前にいた。


「な、何で目の前に俺がいる?」


「いや、お前はルクス・アズライトではない。メルキウス・ラーゼルフォードだ」


「何を言っている?俺がルクスだ」


「そうだな。正しく言えば、お前はルクスの心と魂を持つメルキウスだ。自分の服装を良く見てみるがいい」


混乱していて気が付かなかったが、自分の服はメルキウスが着ていた魔術師団のものだった。


「して、どうだね?新しい身体は」


筋力もない細腕に、身体を流れる魔力も弱い。

出力だけでなく、容量も期待出来ない。

こんな身体で魔術師団の統括団長を名乗っていたのか……


「身体が重いな…」


悪い意味で思う所は沢山ある。

余計な事を言っても何も解決しない。

少しでも情報を引き出さないと……


「この身体は素晴らしいな。まさかここまで魔力回路が開いているとは思わなかったぞ。

身体も軽い。思考も面白いくらいに早く回る」


「そうか……」


「その身体には魔力が殆ど残されていないだろう?だが、それだけではない。寿命も十分に残っていないぞ。換魂の法を使うために悪魔に捧げたからな」


「……!?お前、やはり換魂の法を…」


「この身体が欲しかった理由は先程の雑談で話した通りだ。加えて言うなれば先が見えていたからな」


「先?昇進のことか?」


「そうだ。家の力で上がった私に今以上のは昇進は十年単位で当分ない。魔力回路も増えない。人望もない。上に立つ器もない。ではどうするかと考えた時に、これしかなかったのだよ」


「若い時に努力もしないで、人の積み上げてきたものを横取りか。お前らしいな」


「何とでも言うが良い。今は貴様の方が惨めだからな」


「……」

何も言い返せないな。


「だが、私も鬼ではない。これで余生を過ごすがいい」


決して大きくはないが、重量があり、中身が詰まった革袋を投げ渡され、中には金貨が詰まっていた。


「さぁ、出て行くがいい。さらばだ。ルクス・アズライト。いや、メルキウス・ラーゼルフォード」


俺は無言で部屋を出た。


王の話だと、退役の公表は後日行うとのことだった。

だからかわからないが、誰からも声を掛けられない。

すれ違う人や目に入った人は、好意的ではない目でこちらを見てくる。


これは堪えるな……


あいつ、毎日こんな目で見られていたのか……


この城に俺には何も残っていないが、剣だけは貰っていこう。

せめて最期に天聖騎士団の仲間には会いたいな。


自分の団の仲間に会うのに、緊張するなんてな……

詰所の前に立ち、深呼吸して扉を開ける。


「メルキウスだ。失礼する」


明るい雰囲気だったのが一瞬で凍りつく。


「……。メルキウス様、どうかなされましたか?」


ハドリアヌス……

最期にお前と話せるとは、天がせめてもの情を掛けてくれたか……


みんな露骨には顔に出さないが、それでも嫌そうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「剣を頂けないだろうと思ってきたのだが。ルクス殿から最近、仕入れた剣があるときいたのだが」


「あぁ、こちらですね。どうぞ」


「すまない、ありがとう」


メルキオスが驚いた顔で目を見開いた。

他の団員も声を発しないが驚いていた。


複雑な気分だ……

俺の立場でもメルキウスが下の立場の者にお礼を言っているのを見たら驚くけどさ。


「いえ、何でもございません。失礼致しました」


それくらい珍しいことなのは俺にも良く分かる。

本当に申し訳ない。



あとは最期に、これだけは言っておこう。


「ハドリアヌス殿……」


「はい、何でございましょう?」


今までの感謝と、これからの願いを、心を込めて告げる。


「私は今日で退役なんだ。みんな今まで……ありがとう。騎士団を、どうか……宜しく……頼む……!」



こうして俺は騎士団を去った。



他人の身体でも涙は出るんだな……


騎士団の皆には泣くところを見られる前に背を向けたが、別れを言うのがこんなに悲しいとは思わなかった。



城門に着くまで、誰にも会わなかったのは良かった。

例え他人の身体であっても、涙を流すのは見られたくない。



さて、これからどうするか。


王都に住むわけにはいかないし、今日か数日で起たないとな。

となれば高級な宿に泊まろう。


金もあるし。



とはいえ、一番高い宿だと大金貨レベルになってしまう。


一枚で足りるのか怪しい。

しかも一番良い部屋だといくらするか正直わからない。


大金貨一枚で五万ステラ。

普通の金貨は一万ステラ。


あまり無駄遣い出来ないな……


一通り王都の宿を巡って、大体の相場がわかった。

安宿で三千ステラから、普通の宿で一万五千ステラくらいまで、それからは幅広いが高級宿と呼ばれるが、それ以上もある。

一泊一◯万とかニ◯万したりするらしい。


王都で外泊することがないから、わからんよ。

くそ、せめて自分の金が下ろせればな……

商業ギルドの口座に金があっても、会員証もないし、無くした時にする体細胞での認証も出来ないからな。

もっとも、良い意味で口座にいくら入っているのかわからないが。


今日は一泊五万ステラの宿に泊まることにした。


広い風呂が部屋に付いていて、料理も部屋に運んでくれる。ルームサービスもついている。


素晴らしい。


そういえば、金はいくら入っているのだろうか?


ジャラジャラ音を立てて全部出すと衝撃を受けた。


一番上の見えるところにあったのが大金貨で、その下は金貨だが、圧倒的に銀貨と銅貨が多かった。

目算で四◯万はあっても五◯万は確実にいかない。


ケチというのでも有名だったが、人の人生を奪っておいて、まさかこれ程とは……。

これでは二ヶ月くらいしか生活出来ない。


何が余生だよ!

くそったれ!!


色々腹が立って、食いまくって酒を飲まずにはやっていられなかった。

ヤケ食いして、普段はしないヤケ酒をしてしまった。


酒を飲んでも飲まなくても、きっと泣いていただろう。

今まで努力して築き上げてきたものが、全て奪われたのだから。


悔しいのはある。

悲しいのもある。

過去にも現在にも未来にも。


何より、自分を支えてくれた皆に申し訳ない。


泣き止んでも、実家の家族を想うと涙が溢れてきた。


父さん、母さん。

せっかく育ててくれたのに、愛してくれたのに、ごめん……。

もう会えないかもしれない。




酒やそれ以外で摂取した水分以上に涙を流したせいか、眠くなってきた。


もう、無理……。

明日考えよう。


そうして、俺は目蓋を閉じた。

こうして悪夢のような一日が終わった。














なんて、ことはなかった。

一日はまだ終わっていなかった。


誰かが部屋に近づいて来るのがわかり、目が覚めた。

念のため、結界を張っていたが突破されたようだ。


ベッドの中で剣を持ち、寝たふりをする。


静かに扉を開けられ、そっと近づいてくる。


半目で動きを確認すると、何かを持っていた。

おそらくというか、絶対に刃物だということがわかる。


そして


振りかぶってきた!!!



剣を抜き、弾く!



相手が体勢を崩した。


迷わず、斬りつける。

袈裟に斬り、とどめに喉を刺す。


この身体の力では勝てなそうだが、技なら張り合える。


剣を貰って良かった……。

ハドリアヌス、ありがとう



この宿にいても狙われるだけだ。


逃げないと。


どこに?


……


……


……


研究用に購入した小屋しかないな……。



死んでたまるか!!



まだ、夜は終わらない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ